夢でも現でも
久しぶりに夢を見た。
初夏の昼下がり、朝陽と月詠が家の近くの雑木林で遊んでいた夢だ。
まだ小学校に入って間もないくらいだろうか。
当時は今ほどネットが普及しておらず、家の経済的にゲームとかおもちゃを買ってもらえなかったから、放課後や休みの日は月詠と二人でよく探検と称して外に出て遊んでいた。
畦道だったり、川だったり、野原だったり。
とにかくあっちこっち駆けずり回っていた幼少時代だった。
その頃はまだ月詠も病気になる前で、どこに行くにも「お兄ちゃん!」って、朝陽の後をついてきていたっけな。
「はぁ、はぁ……お兄ちゃん、まってー! 走るのはやいよー!」
「しょうがないな。転ぶとあぶないから、気をつけてゆっくりおいで」
「っ、うん!」
朝陽が雑草を踏み分けた足跡を辿りながら、ぱたぱたと月詠が駆け寄って来る。
その様子を朝陽は、微笑ましく見守っている。
程なくして月詠は朝陽に追いつくと、満面の笑みを浮かべて朝陽の腕にぎゅっとしがみついた。
「へへっ、つーかまえた!」
「こら、くっつきすぎだ。歩きにくいだろ」
「だって、こうでもしないと、お兄ちゃんどんどん先にいっちゃうんだもん」
「……もう、しょうがないな」
朝陽は穏やかに唇を吊り上げたままやれやれと肩を竦めると、徐に月詠の手を取り、そっと握り締めた。
「ほら、これならあんしんだろ」
言って、にこりと笑いかければ、月詠もにっこりと笑い返して朝陽の手を握り返す。
「えへへ、お兄ちゃんだーいすき!」
それから肩に身を寄せぴったりと密着して、上機嫌に朝陽の隣を歩き始める。
暖かな木漏れ日が二人を柔らかく照らしていた。
やがて二人は雑木林を抜け、細い砂利道へと出る。
風に乗って運ばれる緑の匂いと穏やかな陽だまりを浴びて朝陽は心地良さそうに目を瞑る。
——そして、再び瞼を持ち上げると、さっきよりも目線が高くなっていた。
朝陽からの視点ではない。
これは——俺自身の目線だ。
(……え?)
朝陽の立ち位置にそのまま俺が入れ替わっていた。
あまりにも急な切り替わりに当惑していると、
「——お兄ちゃんっ!」
隣から弾むような声が聞こえてくる。
月詠の声ではない。
柔らかく透き通った声音——振り向けば、そこにいたのは望月詩葉で、彼女を家に送った時の別れ際に見せたあどけない笑顔で言ってみせる。
「これからは、ずっと一緒だよ!」
* * *
目覚ましが鳴ると同時、俺はベッドから跳ね起きる。
スマホのアラームを止め、時刻を確認すれば画面は六時半ぴったりを示していた。
「……くそ、変な夢見ちまった」
結局、アパートで別れてからも望月のことが頭から片時も離れなかった。
今に至るまで——いや、今現在も尚——彼女が放った「お兄ちゃん」の一言が脳裏に焼き付いてしまっている。
前世の頃の夢を見たのも、最後に望月が出てきたのも間違いなくそれが原因だろう。
(やっぱり、あいつが月詠なのか……?)
正直、未だに信じ難くはあるが、そうと考えればこれまでの事全てに辻褄が合う。
あり得ない現象だと一蹴しようにも、他でもない俺自身が前世の記憶を持っている時点でその可能性は完全に否定しきれないわけだし。
「……というか、これから望月とどんな顔で接すればいいんだよ」
ただの関わりの薄いご近所さん兼クラスメイトとしてか、前世で死に別れた兄としてか。
これまで殆ど接点がなかったとはいえ、だとしてもいきなり接し方を改めろというのは厳しいものがある。
けれど、もう既に俺の中で望月と月詠の存在が重なってしまっているのも事実なわけで——。
「……ああ、ダメだ。何もまとまらねえ。とりあえず起きて学校行く準備しよ」
何一つとして折り合いがついていないものの、ここでぐだぐだ考えても仕方ないので、ベッドから降りて朝の支度を始めることにした。
それから顔を洗ったり、朝食を用意したりしている間も頭の片隅で考えを巡らせ続けてはいたが、結局どうするべきか結論をつけられないまま俺は家を出た。
アパートを出て、程なくして昨日望月と遭遇した電柱が見えてきて——足が止まった。
そこに望月が立っていたからだ。
両手で鞄の取ってを握り締め、しゃんと背中を伸ばして佇む様はまさに大和撫子。
そこにいるだけで否応なく周囲の目を惹きつける神秘的な華やかさがあった。
「っ、」
彼女の存在に気づくと同時、俺は思わず息を呑む。
困惑、気まずさ、緊張。
彼女を一目捉えた瞬間、これらの感情が込み上げてきたが、それよりも真っ先に浮かび上がったのは——、
(良かった、元気になったみたいだな)
——不思議にも安堵だった。
昨日と比べてずっと血色の良くなった頬を見て、俺はほっと胸を撫で下ろしていた。
きっと前世の記憶の影響なのだろう。
弱っている望月を見ていると、どうしても月詠を思い出してしまうから。
しかし、それも束の間。
彼女からほんの微かな違和感を覚える。
上手く言葉に表せないが、とにかく何かが引っ掛かった。
——俺は、一体何に対して不安を抱いているんだ。
漠然とした違和感の正体を見つけられないまま立ち止まっていると、俺に気づいた望月が、ぱあっと目を輝かせながらこちらに駆け寄ってきた。




