第84話 誓口(ヴォルフ視点)
――Side ヴォルフ――
常勝不敗の『暗黒決闘の間』から現実世界へと戻ってきた。俺は今、膝をたたんで座りこみ、いつでも落とせるようにと、頭を垂れて首を差し出している。
――なぜだ!? どうしてこうなった……
「タクミ様!」
「巧君! 無事なのね!?」
ルナの悲鳴のような呼び声。聖女ミサキの不安気な声も続いた。ちっ! 忌々しい……なぜこの俺が……こんな男に屈辱を受けねばならないのだ……
俺とタクミ=トクモトの足元には古代遺物『暗黒決闘の手袋』と二本の剣、手首から先の左右の手が転がっている。
両手首の痛みに耐え、極限まで筋肉を引き締めて止血したが、『暗黒決闘の間』の中で止血に成功するまでにかなりの血を失ってしまった。
今ならまだ間に合う。とにかく下手に出て早く交渉を終わらせ、最上級ポーションで手首を繋げなければ……
「ルナ、美咲さん、ただいま」
「巧君、一体、何がどうなったの!?」
「タクミ様がにい様を屈服させている……それが全てですね……タクミ様が無事で本当に良かったです……」
鼻がもげるほどの臭いがまだ奥にこびり付いている為に感度は落ちるが、忌避の封眼がなくともわかる。二人がタクミに飛びつき、ルナが蔑んだ視線を俺に向けているのを感じた。
タクミが悠長に二人へ事情説明を始めた……この馬鹿が!
のんびりしてんじゃねぇ! とっとと話を終えなければ、俺の手首が繋がらなくなるかもしれねえじゃねえか!
「……タクミ様……ひょっとして……私に気を使って、にい様を殺さなかったのですか? 危険です! タクミ様を殺そうとした輩に生きている価値などありません。今すぐにい様を殺しましょう。ゴミを片付けるのに、タクミ様が手を汚す必要はありません。ここは私自ら……」
ルナ!?
思わずガバリと首を上げルナを見ると、暗い目をしたルナが冷ややかに俺を見下ろしていた。
「まあ少し待ってよ、ルナ。ヴォルフを殺したら、一生しつこくゼニス王国に追われそうだからさ。生命を見逃すかわりに嘘の報告をして、今後僕達に害を及ばさないようにすると約束してくれたんだ」
そ、そうか!? ルナはあえて最悪の例を出して俺を貶め、逆説的にタクミから俺を殺すことのデメリットを示し、選択を奪ったんだな。
「そうだ! 俺は必ず約束を守る! 俺を生かして返すことが、お前達にとっても一番価値があることなんだ!」
「……むかつく。巧君に一対一の決闘で負けたくせに……なんか偉そうだね」
なにを!? 聖女ミサキめ! 舐めた口をききやがって! タクミが卑怯な手段を使わなければ、俺が余裕で勝っていた!
一度戻って部下を使う以上、もう聖女ミサキを俺のハーレムに加えることはできないが、必ず捕らえてゼニス王国へと引き渡す前にヒーヒー言わせてやる!
「……にい様が口約束を守ってくれるとは思えませんが」
鼻をひくひくとさせたルナが言う。おい、ルナ! 余計な事を言うんじゃない! お前は将来の族長の嫁なんだぞ!
「大丈夫だよ。ヴォルフはこれから誠心誠意、自分の魂と部族の誇りにかけて、僕達に有利になるような証言や立ち回りをすると誓ってくれるんだから。約束は必ず守ってくれるんだよね?」
「ああ、もちろんだ。男に二言はない!」
「……どうだか……」
クックックッ! 異世界から召喚された奴ってのはやっぱり甘ちゃんだぜ! こんなに簡単に騙されるなんて! 鼻をひく付かせたルナが何か言いたそうにしているが、どうやらタクミの方が発言権があるみたいだからな。
おら! 早く俺を解放しやがれ! 手首のタイムリミットがあるだろうが!
「それじゃあ、僕と美咲さんとルナの前で誓いの言葉を述べてもらおうか。『誓口』!」
「お前達、聖女ミサキ一行のことは誰にも言わない! ここであった全てのことは、十歩歩いた後に俺の記憶から消し去る! 今後お前達に出会ったとしても、お前達の存在を意識しない!
ここまで追ってきたお前達の痕跡は、俺の勘違いだった。聖女の痕跡は西方面には一切なく、これ以上こちらを探しても無駄だとゼニス王国へと報告する!
以上の事を、部族の誇りと、俺の魂にかけて誓う!」
「わかった、その誓いを受け入れよう。美咲さん、ヴォルフの手と全身を治してもらっていい? 僕達と戦闘をしてない事になっているからね」
「え〜? この人キモいから触るの嫌なんだけど……」
聖女ミサキが、しぶしぶといった様子で俺の手首を拾って浄化の魔法を唱え、手首を患部にくっつけると回復魔法を唱えた。俺の身体が淡く温かい光に包まれると、右手と左手が問題なく使えるようになった。
……これは……ますます聖女の価値が上がったな。
「これも返すよ」
聖女ミサキが俺から離れると、タクミが持っていた忌避の封眼を俺に投げて寄越す。足元の剣も拾うように促してきた。警戒しているルナをチラリと見やり、敵意を隠すためにすぐに武器をアイテムボックスへとしまった。
「……これは僕がもらっておくよ」
『暗黒決闘の手袋』を一組拾い上げるとタクミが自分のアイテムボックスへと手袋を消し去った。
ちっ! それは古代遺物なんだぞ!
まあいい、いずれ必ず取り返すからな。お前達全員の匂いをもう覚えた。俺から逃げ切るのはもう不可能だ。
「じゃあな、約束を果たす為にもう行くぞ」
「ああ、もう二度と会うことはないだろうけど、しっかりやってくれよ」
心の中でつばを吐いて、ゆっくりと東へ向けて歩き出す。
クックックッ、はぁ〜はっはっは!
本当に馬鹿な奴らだぜ。敵である俺の言葉を信じ、武器を返し、怪我まで回復させるなんてな……笑いが止まらねえ。
この間抜けどもが!
束の間の平和をせいぜい楽しんどけ!
最後に馬鹿どもの顔を見ようと振り返った瞬間。
ナニかがふっと抜け落ちた気がした。
「……あ……れ?」
今何を考えていたんだっけか?
たまたま後ろを振り返ったが、そこには誰もいない。野良モンスターでも暴れたのか、地面が荒れているだけだ。
そう、この光景はさっき見たばかりだ。おかしな点は特になかった。
そうだった、聖女ミサキやルナの痕跡を見つけたと思ってここまできたが、それは重大な間違いだったと確信したばかりだったか。
ちっ! とんだ無駄足だったな。
この俺がここまでしても聖女ミサキの痕跡を見つけられなかった以上、西へのルート上には聖女ミサキは絶対にいねえ。
またルボンドダンジョン周辺を洗い直すか……その前にゼニス王国へ報告だな。
ちっ! だりぃな、おい。
空振りに終わったせいか無性に体がだるく感じるぜ……
面倒な仕事を押し付けてきた国の上層部への呪詛の言葉を口にしながら、これも仕事だと気を取り直して森を東へとひた走った。




