第81話 神速の爪牙
「ククッ……『きもい』か。照れ隠しにしては過激だが、そこまで俺を意識しているとはな……。安心しろルナ、その男をバラバラにした後で、たっぷり可愛がってやるからよ」
ヴォルフが予備動作なしの踏み込みから、一瞬にして美咲さんの眼前に現れた。
「きゃ!?」
ガキィン!
美咲さんの悲鳴と硬質な剣戟の音が辺りに響く。
ヴォルフとほぼ同時に動き出し、待ち構えていたかのように横薙ぎに払ったルナの鋼のショートソードと、瞬時に受け止めたヴォルフの黒曜の牙が激しく交わった。
素早くバックステップで距離をとり、訝しげに首を傾げて二刀を構え直すヴォルフ。
「どうなっている?……ルナ……お前いったい?……敏捷が1から上がらなかったはずのお前が……聖女の魔法か? いや、どれだけ魔法や魔道具で底上げしようとも、元のステータスが1ではどう考えても今の身体速度は出せない……」
「にい様なら必ず初手でミサキさんを拉致すると思っていましたよ。私がどう変わったかなど、にい様に教えてあげるはずがないでしょうに……しかしそうですね……あえて言うならば、タクミ様の愛の力によって私はここまで変わりました」
「なにが愛だ。臭いことを言いやがって……しかし……そうか、一生上がらないと思っていた物理系ステータスが上がったのならば、ますます俺の嫁に相応しいな!」
またもやヴォルフが予備動作なしの踏み込みから一瞬にして僕の側面に現れ、首と腰の上下二段を薙いできたが、かろうじて短槍形状にしてある鋼骨の斧槍を差し込み、半回転させて二刀を同時に弾く。
再び距離をとるヴォルフ。
「……タクミ=トクモト……お前まで俺のスピードに反応するだと?……」
「ふぅ」
ヴォルフが茂みから現れる前に臨戦態勢を整えた時に鑑定し、僕とルナのステータスを整合して俊敏特化で再構成しているからね。加えて美咲さんの支援魔法と神聖魔法で身体能力を強化してある。
そこまでしてもヴォルフにはまだ余裕がありそうなのに対して、こちらはぎりぎりの挙動だった。たった一合のやり取りではあるが、ヴォルフの黒刃を見て首筋がゾクリと冷える。
「闇を切り裂く聖なる光よ、我が指先に集い、邪悪を貫く一筋の矢となれ! 『聖光矢』」
「おっと。そんな直線的な攻撃魔法が俺に当たるもんかよ」
美咲さんの魔法の光を危なげなく躱し、嬉しそうに笑うヴォルフ。
「聖女は魔法が使えないと聞いていたが、これも嬉しい誤算だな。魔封じの首輪をはめてやってハーレムに加えて徹底的に分からせてやっても良し、ゼニス王国へと連れ帰ったとしても褒美が増えそうだ」
「どちらもお断りよ!」
「俺の女になればそのうち気が変わるさ」
ヴォルフが神速で接近するやいなや、僕の心臓を狙って漆黒の忍者刀『黒曜の牙』を突き出した。
まずい! 間に合わない!?
とっさに重心を垂直に落とす狼牙封禍拳――【沈み】を繰り出し、かつ鋼骨の斧槍の柄を振り黒曜の牙の切っ先を首から斜め上へと逃がす。
だが、ヴォルフは突き抜けた刀を引き戻さず、左手の『猟犬の爪』で僕の斧槍を峰側の櫛型の切り欠きに絡め取り、更に捻りを加えて右手首を極められてしまった。
「ぐぁっ」
強制剥奪か!? 右手首を破壊され、鋼骨の斧槍を奪い取られる寸前に、ルナのショートソードがヴォルフの左腕を狙って銀閃がきらめいたが空を切る。
「タクミ様、大丈夫ですか!?」
ルナとヴォルフが疾風のように切り結ぶ間に美咲さんから『生光治癒』の光が飛び、すぐさま僕も戦線へと復帰した。
僕は美咲さんや魔馬をいつでも庇える立ち位置をとり、二人の『狼』の激しい食い合いを横から支援し、三人で連携して必死にヴォルフと渡り合う。
ヴォルフも使う狼牙封禍拳はルナから僕へと伝授されている。敵の手の内を予め知っていなければ、ヴォルフの神速による猛攻を凌げずとっくに殺されていたかもしれない。
更に、柳に風、と受け流すこの技を極めたヴォルフには僕らが三人がかりで攻撃しても、なかなか突破口は見出だせなかった。
ヴォルフの【影踏】をルナが防ぎ、その隙に僕が【顎砕き】をねじ込み、避けざまにヴォルフが【楔打ち】で迎撃する。
同じ技、同じ思想、同じ型。
知っているからこそ、一手の遅れが死に直結する。
鎬を削る音が、まるで飢えた獣の咆哮のように辺りに響き渡った。
「光よ、我が剣となりて理を刻め。不浄を断ち、聖なる道を切り拓かん。――『聖十字光』!」
合図と共に放たれた一際大きな神聖魔法の光を避けて僕とルナが大きく飛び抜くと、取り残されたヴォルフを光が飲み込んでいく。
「やったか?」
「死ね!」
残像を残していつの間にか追い縋ってきたヴォルフの急襲をなんとか凌いだ。すぐにルナもヴォルフに対して立ち塞がる。
「ちっ、面倒な連携だ。……二人きりで楽しもうぜ、タクミ=トクモト。女共の『声』が聞こえない場所でなぁ」
「あいにくと男と二人きりで楽しむ趣味はない」
「ほざけ!」
アイテムボックスにしまったのか、ヴォルフの右手から黒曜の牙が消えた。更に隠形を発動したのか姿も陽炎のように希薄になるが、僕の神眼にはしっかりと映し出されている。
瞬時に美咲さんの側面に移動したヴォルフの後を追い、美咲さんを庇う。更に高速移動されて美咲さんをつけ狙うので遅れまいと付いていくと、突然タイミングを外されて何か黒い、布を丸めたような物を投げつけてきた。
くっ! 避ければ背後の美咲さんに当たる!? もう鋼骨の斧槍では間に合わない!
反射的に、左手の甲で払い落とした瞬間――へそから体が裏返るような感覚を味わい、景色が一変した。
側にあったルナと美咲さん、メイとラヴィの気配が一瞬で掻き消え、真の闇と恐ろしい程の静寂に包まれた空間に一人立っていた。
足元には、たった今払い落とした黒い手袋のような物が転がっている。神眼の鑑定で映し出されたその名前は『暗黒決闘の手袋』。
そして……十歩ほど離れた先には闇に溶け込み、輪郭さえ曖昧なヴォルフが、二本の「牙」と「爪」を弄びながら悠然とそびえ立っていた。




