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第82話 暗黒決闘(前編)

「クックックッ、闇の世界の住人になった気分はどうだ? 何も見えず、天地さえ分からずに戸惑っているようだな。『暗黒決闘の間』へようこそ」


 ヴォルフが淡々と語りだした。

 

「ここは俺がダンジョンを攻略した際に手に入れた古代遺物(アーティファクト)『暗黒決闘の手袋』によって作り出された特別な決闘空間。この空間から外に出る方法は二つある。一つは決闘によりどちらかが死ぬ事。そして二つ目は片方が降参し、それをもう片方が受け入れる事」


「決闘だと?」 


 ヴォルフが降参を受け入れてくれるとはとても思えない。実質的には、どちらかが死ぬまで戦い続けなければならないということか……

 

「……その割には奇襲をすること無く、親切に待ってくれるんだな」


「残念ながらこの決闘空間は、決闘開始の合図である灯火が三つ点火される瞬間まで、いかなる攻撃手段も相手に通じない。そして公平にする為にお互いがルールを確認し終えるまでは決闘は始まらない。ああ、そうそう。期待した所で悪いが、灯火が点火されるのは開始の合図の瞬間のみだ。


 戦闘の手段は何でもありだから、できるんなら魔法や道具で灯りをつけてもいいんだぜ。魔法にスキル、手持ちの道具やアイテムボックス内も含めてあらゆる道具の使用も構わない。十分な食料を持っているのであれば、隠れ続けて相手が餓死するのを待ってもいい」


 ニヤニヤとしながら(・・・・・・・・・)ヴォルフが言う。……松明やランプなどの灯りを付けたとしても、戦闘開始と同時に消す気満々なんだろうな。ヴォルフの装備の性能を鑑みれば、暗闇の中での戦いこそが奴の真骨頂なのだろう。


 だが……わずかな星明かりさえも無い真の暗闇と言えるこの暗黒空間でも、僕には神眼でしっかりと見えて(・・・)おり、3Dスキャンとしても把握している。


 瞳を閉じれば、ヴォルフが放つ体温の残像が、冷え切った闇の中に熱を帯びた尾を引いている。無音靴でさえ消しきれない、奴の肺が空気を吸い込む微かな風切り音も聞き取れる。そして野生味溢れる強烈な狼の匂い。

 

 生まれつき病気で目が見えず、今まで二十五年間真っ暗闇の世界で生きてきた僕には、この空間は何の障害にもならない。


「他に何か質問はあるか?」


「……ない」


「それではまもなく灯火がつく。せいぜい足掻いて俺を楽しませてくれよ」


 余裕綽々のヴォルフはリラックスしてその時を待っている。僕はと言うと、ヴォルフの装備やステータスの再鑑定をし、自分自身のアイテムボックスやステータスを慌てて再点検だ。


 長年この世界で生き抜いてきたヴォルフと、まともにやり合って勝てるとはとても思えない。


 今の内になんとか打開策を検討しておかなければ……少なくとも俊敏はもう少し上げる必要がある。だが上げるとなると他を下げなければならない。何とも悩ましいな……


 ボッ!


 何もない空間に、急に明かりが一つ灯った。


 ボッ!


 もう次で始まってしまう!?


 ボッ!


「あばよ」


 十歩の距離に立っていたヴォルフが、その場に残像を置くほどの神速で僕の背後に回り込み、一息に首を刈っていく。


 ガキィン!


 とっさに鋼骨の斧槍メタルボーン・ハルバードを差し込んだが、筋力と耐久のステータス値を犠牲にした分、体ごと吹き飛ばされてしまった。


 間髪入れずに追いすがり、左右の二刀で僕を斬り刻むヴォルフに対し、短槍モードの鋼骨の斧槍メタルボーン・ハルバードでガードしては軽々と吹き飛ばされる僕。 


「おいおい……どうなってんだよ……まさかこの暗闇の中で、俺の姿が見えてんのか? 影纏の猟衣(シャドウ・スーツ)を纏った俺の攻撃を避けるなんて、夜目が効く獣人でも無理だぞ?」


「暗闇が得意なのはお前だけではない、ということさ!」


 果敢に反撃を試みるも、僕の短槍による連撃はあっさりとヴォルフに躱されてしまう。攻守が交代し、再びヴォルフが二刀を振るう。


 ガキィン! ドドドドド!!


 ヴォルフに弾き飛ばされた勢いを利用して上空に飛び、アイテムボックスに取り込んでいた大量の岩石を一気に落下させたが、スイスイと身を躱し、あっけなく逃げ切られてしまった。


 くそっ! 奥の手だったんだけどな……


「クックックッ、止まっているも同然のそんな攻撃、当たるはずないだろ」


 自由落下ではスピードが足りないということか。これならどうだ!?


 鋼骨の斧槍メタルボーン・ハルバードを横薙ぎに振る!


 ヴォルフが猟犬の爪(ハウンド・ダガー)で受けるタイミングで、突然ハルバードを縮めて短剣の衝突を避け、猟犬の爪(ハウンド・ダガー)を抜けたタイミングで再び元の長さに戻した。


 ビュワッ!


 ヴォルフの胸に赤い線が走り、ゆっくりと血がにじむ。くっ、浅かったか!?


「今の攻撃、ルナは初見で完璧に避けたよ」


「ほざけ!」


 逆上して大振りになってくれれば、と挑発してみたが、怒りの感情を切り離す術を心得ているのか、激情とは裏腹にどの太刀筋も最短でいながら鋭さを増している。スキルも交えた疾風怒濤のヴォルフの二刀の連撃を躱しきれず、僕の身体があちこち刻まれていった。


「うっ」


 傷は浅いが、かすり傷とはいえ、一度食らうと黒曜の牙オブシディアン・ファングの麻痺毒と猟犬の爪(ハウンド・ダガー)界理(ロゴス)吸収効果で、傷口から自分を構成する大事なものがが漏れ出していくような激しい虚脱感を覚える。


「清光!」


 僕の体に淡く透き通った光が降り注ぐと、侵攻しつつあった麻痺が身体から蒸発していく。


「ほう……なんだお前、魔法系のスキルも使えるんだな?」


 隠しておきたかった魔法系スキルも使わざるを得ず、こちらの手の内がどんどん丸裸にされていってしまう。

 

 まだ俊敏で負けているのが一番痛いな。このままでは丸裸にされて最後にはなぶり殺されてしまう……


 力が、もっと力が欲しい……


 その瞬間、脳内の『整合』回路が、激しく脈動したのを感じる。


「正剛!」



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