第79話 ハウンド
「ルナ……兄様って……この人はルナのお兄さんなの?」
表情の抜け落ちたルナの顔が苦渋に満ちたものへと変わり、俯いてしまった。
「いえ……私の……年の離れた従兄弟です。彼の名はヴォルフ。お祖父様も一夫多妻で父同士は異母兄弟なので……正確な血縁で言うともう半分遠いですが……他の従兄弟姉妹達も合わせて、実の兄妹同然に育ちました……」
「……そっか……」
……違う……本当に聞きたかったことはそこじゃない……目を、目を逸らすな……
ヴォルフが眼帯をずらし上げ、ルナに似た焦げ茶色の瞳を爛々と光らせ、にやりと笑う。
「ん? その黒髪に黒目……さっきタクミって呼ばれていたよな? よく見たらお前、手配書にあったタクミ=トクモトか? おお、こいつはラッキーだ!
男はどうでもよ過ぎて気付くのが遅れてしまったが、手間が省けたぜ。まさか行方不明だった召喚者を二人共確保しているとはな。ルナ、よくやった! さすがは俺と並んで将来を嘱望されていた『猟犬』だな」
「ハウンド?」
「お? なんだ知らなかったのか? こいつは傑作だぜ! そいつの名前はルナ=ハウンド。ゼニス王国一の諜報部隊『猟犬』の一族。族長の孫娘で、次期頭領候補の一人だったやつさ」
ヴォルフの口角がいやらしく引き上がり、僕のことを心底馬鹿にしたように言い放った。
「……ゼニス王国の……『猟犬』……ルナ、ヴォルフの言ったことは本当なの?」
「……はい……」
今にも消えてしまいそうな、か細い声で答えるルナ。
「ヴォルフにヒントを……僕達を追跡できるように手がかりを残してきたっていうのも……本当なの?」
弾けるように顔を上げ、懸命に首を横に振るルナ。
「違います! それは違います! 私はそんな事はしていません! 信じてください! 私の素性のことは今まで黙っていてすみません……タクミ様には……どうしても言えなくて……
でも……でも! 『猟犬』にも勘付かれないように、ルボンドダンジョンから脱出する時だって、あれからしばらくはミサキさんの匂いをモスグリーンで消して追跡できないようにしたんです! 私は心からタクミ様をお慕いしています! ミサキさんの事も大切に思っています! ……どうか、どうか信じてください!」
「くっくっくっ、俺は本当にルナからのメッセージでここまで追跡してきたんだぜ。お前はルナに裏切られたんだよ」
「いまさら疑うものか! 僕はルナを信じる! ルナは……ルナは僕の道を照らす光だ!」
「タクミ様……」
声を詰まらせたルナの美しい瞳から涙が滲み出る。
「随分入れ込んでいるんだな。いいのか? もう隠す必要がなくなったんだ、背中を見せた途端にぶすりと刺されるかもしれないんだぜ?」
「ルナはそんなことを絶対にしない! それに……例え僕がルナに殺されたとしても、それは裏切りではない」
「あん? 何言ってんだ、お前?」
「僕が裏切られたとはこれっぽっちも思わないからさ。ルナが指し示す道が『歪みのない街』だとしたら、僕は喜んでルナと共に行くだけだ」
「……タクミ様……ありがとうございます……」
涙を溢れさせたルナが僕の胸に飛び込んできた。ヴォルフへの警戒は解かずにルナの頭を優しく撫でる。
「お前……けっこうイカれた奴なんだな」
「イカれてるのはあなたの方でしょ。黙って聞いてればルナちゃんの事を悪しざまに言ってくれちゃって! 私も当然うさん臭いあなたなんかより、ルナちゃんの方を信じるわ!」
僕と同じく、この状況に驚いて成り行きを見守っていた美咲さんも、力強くルナのことを肯定してくれている。
「おいおい……マジかよ……」
「ぐすっ……ミサキさん……感謝します……」
ルナは顔を上げ美咲さんに答えると、もう一度臨戦態勢を取り直した。
「私達の仲をかき乱して楽しかったですか? 相変わらず最悪な性格ですね、にい様は」
キッと、ひと睨みしてルナが告げる。
「うーむ、俺は親切心で教えてやっただけなんだがな……まあいい。俺が聖女の捜索を命じられて、最初にやったのはダンジョンの出入り口の捜索だ。あらかじめ渡されていた捜査資料を使ったが……確かにダンジョンから外へと出る聖女の匂いはなかった。だが……そこで、ある懐かしい匂いに辿り着いた」
アイテムボックスから白いシーツを取り出し、クンクンと匂いを嗅ぎ、恍惚の表情となるヴォルフ。口ぶりから察するに……資料とは美咲さんが使っていたシーツか?
「うっっわっ! 最悪!!」
美咲さんが露骨に顔をしかめた。
「はっはっはっ、確かに聖女は一度は喰ってみたい最高の女の匂いがするが……見つけたのはお前の匂いだよ、ルナ。お前は幼い頃からとびきり可愛かったからな。他の従姉妹達よりも目をかけていたものだ。成長するのが楽しみだった。それなのに、いつの間にか行方不明になった時はマジで焦ったぜ。
だが、ルボンドダンジョンでお前の匂いだと確信した俺は、聖女の捜索よりもお前の匂いを優先した。そうすべきだと俺の勘が囁いたからな。お前の匂いから、時には魔馬の匂いを追い……ある時から聖女の匂いが混じりだした時には神に感謝したものだ」
再び表情が抜け落ちるルナ。どうやらヴォルフへの嫌悪感からこうなってしまうようだ。
「どうやらすでにタクミ=トクモトにやられちまった後みたいだが……俺は別に処女には拘らないんだぜ?
ステータスには恵まれなかったが、お前の天才的な武術の才能と類まれな賢さは本物だ。俺とお前の子供こそ次代の頭領に相応しい。さあ、里に帰るぞ。帰ったら早速子作り開始だ。喜べ、お前は昔から俺の事が好きだっただろ? この俺が何度も孕ましてやるよ」
「にい様……」
「おう、さあ来い! 俺がすべてを上書きしてやる」
ヴォルフが両手を広げ、待ち受けるポーズをとった。隙だらけに見えて、どう動いても即座に喉元を断たれるような威圧感がある。
「シスコンきもいです」
「な!?」
「私はすでに身も心も余すことなく全てタクミ様のものです。兄様にあげるものなど、ほんの少しの気持ちはおろか髪の毛一本たりとも残っていません。
あぁ、過去の可愛い私の思い出ぐらいは持っていてもいいですよ。キモいことばかり言うので、可能ならそれも兄様の頭から消し去ってしまいたいですが……私は昔から不快な視線を向けて来る兄様の事が……大っっっ嫌いでした」
「……なんだと!?」




