第78話 間道にて
「美咲さん、大丈夫?」
宿の客室に入ると、犬耳フード付きの外套をのろのろと脱いでいく美咲さんに声をかけた。
「……うん、大丈夫だよ。ゼニス王国に追われていたのは元々わかってたことだし……」
大丈夫だと言う美咲さんだが、言葉とは裏腹にその顔色は良くない。少しでも心の負担を軽くしてあげたくて美咲さんに寄り添い、かすかに震える手を握った。
「それに……愛さんと和正君、私の護衛だった皆の生存も確認できたし……悪いニュースばかりではなかったよ」
「そっか……そうだね。僕もお世話になった歪界者の人達の無事が聞けたから、その点では良かったかな。『モーギスの丘ダンジョン』が激戦だったから二日間くらい完全休養日にしようって話だったけど、歪界者達にまで依頼が出ているのなら明日の朝一でこの村を出たほうが良さそうだね」
「うん。そうしようか。巧君、ルナちゃん、ごめんね私のせいで……」
「ははっ、僕もお尋ね者みたいなものだし、美咲さんが気にすることじゃないよ」
「そうですよ! 私達は仲間なのですからミサキさんを守る為に行動するのは当たり前のことです! だから思い詰めないでくださいね!」
「巧君、ルナちゃん……ありがとう……」
ルナも「ふんす!」と、鼻息荒く美咲さんを励ましている。僕の掌に包まれた美咲さんの冷たかった手にも温かみが戻ってきた。
「でもこうなると……少しでも人目を避けるために、宿場町が連なる東西の本街道を進むより、夜営が多くなってしまいますが間道を通行したほうが良いかもしれませんね」
「そうだね。幸い、僕らには僕の『聖衡』と美咲さんの『聖域展開・界』と、いう二つの結界スキルがあるから奇襲を受けずに夜も休めるから間道でも問題ないんじゃないかな」
「それじゃあ、二人には負担をかけてしまうけど……お願いね」
「「いいってこと(です)よ」」
ルナと二人で見事にハモってしまい、三人で笑い合う。
「私は酒場に戻って、もうしばらく情報収集して来ます。タクミ様とミサキさんは先にゆっくりと休んでいてください。タクミ様、ミサキさんをお願いしますね」
「ああ、ありがとう。僕らではできないから、お願いね、ルナ」
ルナは意味深げにニヤリと笑って部屋から去って行く。
後に残された僕が美咲さんを抱きしめて慰めている内に、そういう雰囲気になってしまい六日ぶりにお互いの温もりを確かめ愛し合うと、ダンジョン攻略に加えて心労もたたった美咲さんはすぐに穏やかな寝息を立て始めた。
僕もうとうとし始めた頃にルナが帰って来た。すんっ、と一嗅ぎして微笑むルナ。
「ただいま戻りました。ミサキさんはだいぶおちつかれたみたいですね。良かったです」
「うん、まあね」
皆のことを考えて、色々と調整してくれているらしいルナのセリフに思わず苦笑してしまう。ルナが僕にズイッと近付くと妖艶に微笑んだ。
「ダンジョン内ではさすがにできませんでしたから、しばらくお預けだったので……私のこともたっぷり可愛がってくださいね?」
「あ、明日は朝早くから出発だから……お、お手柔らかにね」
発情期に匹敵するほど溜め込んでしまったらしいルナを全力でほぐし、愛を注ぎ込むと僕も倒れるように眠りについた。
夜が明け起き上がると、昨夜の頑張りの疲れは一切残っておらず快調な目覚めだった。
……性豪スキル、さすがだな……凄く疲れたはずなのに、むしろ大人しく寝た日より絶好調だよ……
宿でチェックアウトの手続きをし、魔馬に騎乗して本街道を西へと進む。途中で間道との分かれ道に差し掛かったので間道の方を選び、メイとラヴィは元気よく駆けて行く。
間道は街道と違い石畳で舗装されていない為、近隣住民しか通行しないので人通りもまばらだった。すぐ脇まで草木が生い茂っているので街道よりも速度は出せないが、僕達の狙い通り人目を避けて西へと進む事ができた。
夕方に差し掛かる前に、早めに少し開けた場所を見つけて夜営の準備をしテントを張る。火を起こしてアイテムボックスに溜め込んだ食材で温かな料理を作り、談笑しながら食事をとった。
夜になるとメイとラヴィに馬用の覆いを掛けてあげ、満天の星空の元皆で仲良く眠った。結界の二重がけに加えて、メイ、ラヴィの高い五感による察知能力もあるので安心して休むことができた。
間道を進むこと二日目。順調に駆けるメイとラヴィが突然警告を発するように嘶いた。鼻をひくつかせたルナもハッとした表情で後ろを振り返る。
ほんの少し遅れて、僕の神眼による3Dスキャンの探知範囲にも異常な速度で僕らを追うように並走して来る存在が確認できた。
メイとラヴィがスピードを上げたが、追跡者も速度を上げむしろ距離が縮まっている。
「どうしたの!?」
美咲さんが驚いて声をあげた。
「何者かに追いかけられている! 魔馬であるメイとラヴィよりも速いなんて!? しかも……少しずつだけど、だんだん近づかれている!」
「タクミ様、ミサキさん、後方から攻撃を仕掛けられたら不利です! 止まって立ち向かいましょう!」
「くそっ! 相手が敵対しているかどうかはわからないけど、それしかないか! 美咲さんもそれでいい?」
「ええ!」
木々の密生した場所から、少し拓けた見通しが利く所に丁度良く出たタイミングでメイとラヴィを止め、下馬して全員で臨戦態勢をとる。
こちらが止まったことで追跡者の速度は落ち、更に接近すると気配を断ち僕らの後方、進行方向である西へと回り込んできた。まあ、僕の3Dスキャンやルナ達の臭覚で存在は常に追い続けているが……
謎の追跡者はぴたりと止まり潜伏を続けていたが、常に正対して待ち構える僕らに業を煮やしたのか遂に動き出した。
木々の生い茂る陰からゆっくりと姿を現す追跡者。
全身を黒装束に身を包んだ身長185cmほどの長身に、均整の取れた引き締まった体つき。頭の上にある動物の……ピンと立った犬系の耳。おそらく犬系獣人だろう。まるで地面の上を滑るような独特な歩法で、ゆるゆると近づいてきた。
その立ち姿からは異様な圧を放っており、その両目は目から額にかけて包帯のような眼帯で覆われ、額の位置には目を模した絵が描かれている。
「よう! 久しぶりだなルナ! 後ろにいるのが噂の聖女だな? やれやれ、やっと見つけだぜ。お前が俺にヒントを残し続けてくれたお陰で追いつけた。ありがとうよ」
男の言葉が、鋭い刃のように僕の胸に突き刺さった。耳を疑うような発言を聞き、思わず追跡者から視線をきってルナへと振り向く。
「……にい様……」
顔から表情が抜け落ち能面のような顔付きとなったルナを……僕は呆然と見続ける。
西日に赤黒く照らされた彼女の横顔は、僕の知っている『愛すべき狼美少女』でも『頼れる仲間』でもなく始めて見る表情だった。




