第30話【天へと至って。】
機械製品のカタログには、様々な種類の鳥様機械が見受けられる。天の川支部が設定したコードで呼称するならば、C-襲撃者、C-撹乱者、C-隠遁者、C-伝達者、C-編集者、C-旅行者、C-収獲者、C-徹甲者など。
嘴の長さや太さ、翼面積、胴回り、尾羽の形状。どれも似て非なるものだ。ここが似ている、そこが似ていると挙げれば、それは全ての鳥が似ていると言っているのと何ら変わりはない。
「まぁ、色々考えられるな」
「エクスロテータが特注で製作したとか、エクスロテータから盗んできたとか、今はもう売っていない製品だとか?」
ヘリオスが候補を列挙していく。
「あとは、そもそもエクスロテータのロゴはただの印刷であって、アイツとエクスロテータの間に何の関係性もねぇことも考えられる」
「考え出したらキリがないな。まぁ何かしらアクションを見せてから考えよう」
「いや、その考えは甘ぇな。エクスロテータの機械製品は何かしらの特長を持っていることを忘れんな。異常なほどのアイツのポスター、あれはアイツのカリスマ的な言動に限らずあの鳥公の何かしらのサポートが入ってるかもしんねぇ。だからもし接触すんなら出方には注意しろよ」
イステルスとの共同調査一日目はオセロに関する情報を得て終了した。
「今日は何すんの?」
朝食を終えたイステルスが尋ねた。
「オセロと接触してみようかなって。感染症が噂される中で、こうして影響力を持っているってことは何かしらの裏がありそうだなって。ほら、混乱を招かないようにするためとか、な何かを隠すためとかに注目させる役みたいに」
ヘリオスは、天の川支部との連絡断絶の理由を探るとの目的を隠して言った。
「あぁ、確かにそれやったら知ってそうではあるな。でもなぁ、あの人と会うんは結構ムズいと思うで? 理由は外出てから話すわ」
二人は食器を戻しに、ゼセルは部屋に戻って行った。
「風が心地えぇなぁ。こんな時に空飛んだら絶対気持ちえぇやろ。まぁ自分は飛べへんねんけどな。あ、笑えへんか」
イステルスは無邪気に笑った。
「よくまぁそんな自虐できるな」
ゼセルは若干引き気味に言う。
「お酒の席で言ったら大体ウケるしな。癖になってんのちゃう? でも流石に相手からおちょくられたら気分悪いけどな。他人の欠けてるところおちょくられて気分えぇ人なんか、ドMかコレになる人ぐらいやん」
イステルスは指を鳴らした。
「え、何それ」
ヘリオスがその手振りに疑問を投げかけると、彼女はキョトンとした。
「え? あぁ、他所から来たんやったな。そりゃ知らんか。お金のことやで。プテリーガって紙幣しかないから、それをめくる動作が変わってこうなってん。ちなみにこれで鳴る人は大体お金持っとる人やで」
「お、あっこにデケェSCがあんじゃねぇか。行こうぜ」
ゼセルがここぞとばかりに先導した。
「自分は鳴らせるだけやで」
ゼセルは力無く倒れた。
「それで、オセロと会えない理由って何なの?」
ヘリオスが話題を戻した。ゼセルは医者のくせして持ってないのかと不満を垂れ流しながら着いてきている。
「あぁせやった。よう覚えとんな。コンピュータかいな。まぁ会えへん理由っていうのは単純に身分が高いからやな。身分高い人らは基本的にあの天空都市の中心で暮らしとんのやけど、入るには専用のカードキーとパスワード、網膜と羽紋の認証がいんねん。ちなみに羽紋ってのは、羽毛にある個人特有の模様のことな。ほんでたっかい壁に囲まれとんのやけど、それを無視して上から行こうもんなら顔と羽紋が戸籍データと照合されてすぐさま警察に通報。それでも強行して侵入したら射殺。自分らみたいな下級の人間には無理や。道路がアスファルトなんかコンクリートなんかすら分からん。ほら見えるやろ? あのたっかい綺麗な壁。あの周りフォトスポットになっとるから観光客とか全然知らへんと思うけど、あれ越えたらお縄かお墓やで」
「えぇ……じゃあどうしたら……」
「仲良うなって招かれるしかないなぁ。そんなんできたら苦労せぇへんねんって話やけど」
「門の前まで行くだけ行ってみようぜ。なんかの間違いで開くかも知んねぇだろ」
「それで入る方が間違いやと思うけどなぁ。まぁ行くだけなら」
イステルスはあまり乗り気じゃないが、天空都市への入口へと向かった。
時は昼、天空都市行きの高層エレベーターの麓へとやってきた。しかし、夥しい数の観光客やプテリーガ人が列を成しており、上へ着く頃には日は暮れているだろう。
「すっげぇ並んでら」
「プテリーガの人も並んでるんだね」
「天空都市は許可証無いと直接は行けへんからな。あとここ数日オセロさんがあそこで撮影やってるし、見物しに行く人らも多いんちゃう? 自分も見に行きたかったけど、ここまで多いんやと無理そうやな」
「一応オセロさんにも訊きたいことはあるから、一回会ってみたくはあるかな」
「どないする?」
「どないしよ」
「向こうのタクシーでも使おうぜ」
ゼセルの指先には、空飛ぶ人力タクシー、エアロキシの停留所があった。運転手と思しき人物が、紫煙をくゆらせながら客待ちをしている。頬の痩せこけ、撚れた服を身に纏った、如何にも草臥れたおじさんであった。目付きが悪く、話し合っている三人を鬱陶しく思い、睨みつけているようにも見える。
「もうちょい待つ……?」
イステルスは乗ることに乗り気では無いようだ。
「観光地だからなかなか捕まんねぇぞ。乗れるんならさっさと乗った方がいい」
「でも高いやろ……?」
「大丈夫、ICカードに結構旅費入れてるから」
ヘリオスが懐からカードを取り出す。イステルスは一瞬にして老けたような表情をした。
「とりあえずマスクだけつけさせてもろてもええか? タバコあんま好きやないから」
ヘリオスは先に運転手に話しかけることにした。
「あの、あそこの天空都市に行きたいんですけれども」
「あぁ、ちょっと待ってろ。あと二分で吸いきる」
しゃがれ声で応対した運転手は、荷台にもたれかかり煙を吸った。
やがて、タバコがフィルターのみになると、荷台に備えてあった灰皿に擦り付ける。
「丁度プテリーガの時間で二分」
数えていたのか、ゼセルが呟いた。
「ほら、乗れ。運賃は五千だ。現金か? ICか? 電子か?」
運転手は手のひらを差し出した。
「ICカードで」
ヘリオスのカードを受け取ると、機械に認識させて返却した。運転手は軽く羽ばたき、荷台の上に乗った。慣れた手つきで脚を固定し、飛び立つ準備を整える。3人合計で、少なくとも100kgは超えている。それに荷台を加えた重量。ヘリオスは本当に飛び立てるのか不安であった。
「発車しま〜す」
テンプレートの掛け声を言った瞬間、空気が力強く押し出される音と共に、地面が窓の底へと沈んだ。
みるみるうちに地上は遠くなり、天空都市は近くなる。高層エレベーターを軽く追い越すほどの速さだ。
ヘリオスが景色に見とれているさ中、後ろから呟く声が聞こえた。
「なんでタバコ吸ってんのに飛べんねん……」
気が付けば、天空都市の表面に到達していた。力強い飛行とは打って変わった優しい着地だ。
「到着しました〜。足元と頭上にご注意を」
荷台から降りると、そこは地上とは全くもって印象の変わった景色が広がっていた。日の光を淡く反射する、滑らかで艶やかな建築。対して刻まれた彫刻は繊細で、落ち着きを孕んだ影を纏っている。それらが囲むようにして立っている高壁。尖塔が所々から顔を出し、都市の中央には最も高く、最も尖った塔が鎮座していた。
都市の形状は円錐型となっているようだ。落下防止用の柵も、高貴な雰囲気を醸し出す石畳と見事に融合している。
魅了されたかの如く、ヘリオスは徐に歩き出す。口を無顎類のように開け放ち、目は泳ぎ、腕は垂れ下がり。地球にはありそうでなかった、彼にとっては憧れ止まりであったファンタジーのような光景。あの彫刻は、あの屋根は、あの道は、どこに目をやっても心は踊る。ここは現実なのかとより一層分からなくなる程に、美しい。
「……い……おい。ゾンビみてぇに徘徊しやがって。用事だけ済ませんぞ」
「あ、あぁ……」
ゼセルに裾を引っ張られるまま歩き出す。しかし後ろから誰かに呼び止められた。
「おい、そこのお客さん共」
彼らを移送した運転手だ。指を細かく動かし、彼らを呼び寄せる。
「お前らお客さんはオセロに会おうとしてるんだろ?」
「まぁ、はい」
「はぁ…… 遠い星からご苦労なことだな。どいつもこいつもあいつに会いたいって。あいつのどこにそんな魅力があるのやら」
「何か知ってるんですか?」
「あぁ、知ってるも何も。あいつは俺の息子だ。前まで六畳半の部屋に引きこもってたくせに、急に変な鳥を肩に乗せてほっつき歩いて、かと思えばテレビに引っ張りだこだ。宗教みたいなものも作ってやがる。とにかく、あいつは特に魅力もなんもねぇやつなのに急に名が売れたんだ。何か裏がある。原因は鳥だかなんだか知らねぇが、あまり近づかねぇ方が吉だな」
「肝に銘じます。ご忠告ありがとうございます」
ヘリオスは頭を下げた。運転手は軽く手を上げ、そのままタバコに火をつけた。
「あの鳥、やっぱそうなんやな」
イステルスが何かを悟ったように呟く。
「何が?」
ヘリオスが聞き返した。
「いやさ? ほら、可愛い見た目しとるやん」
「俺にゃ生意気で腹立つ顔にしか見えんが?」




