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機械仕掛けの宙を廻りて  作者: ドフォー
第3章【続く旅路は天高く。】

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第29話【白と黒の狭間にて。】

 見渡す限りの緑陽。暖かな陽光。温帯の特徴。

 高い気圧にも慣れ、足取り軽く道を行く。


「人居ないね」


 背に一対の突起を携えた小動物が、三人の前を通り過ぎる。


「そろそろ雑木林抜けて田んぼに出んねんけど、そしたらじいちゃんばあちゃんらがぎょーさんおるで。にしても新鮮やなぁ。訪問とか普通せえへんから。ほら、患者さんの方から来はるし」


 イステルスの言う通り、広々とした田園地帯へと周囲が移った。陰鬱で閉塞的な林道とは打って変わった開放的な空間だ。

 平屋立ち並ぶ散村。アクリルガッシュで描かれたような、境界がはっきりと見える深い青と濃い緑。空がいつもよりも近く見える。ヘリオスの顔も爽やかになった。


「久しぶりに見たな、こんな景色。すいかと虫取り網と麦わら帽子が欲しくなってくる」


 草は揺れ、風が可視化される。しかし、感傷に浸る間も許さずゼセルは先々に進む。


「ただの田舎だろ。聞き込み出来るような奴が住んでればいいが」


「風情が無いなぁ」


 ヘリオスとイステルスはゆっくりと風景を眺めながら後に続いた。

 ゼセルは最も近かった家の前に立った。インターホンも無い扉だ。ただ乱暴なだけか、老人の耳にも聞こえるようにするためか、ゼセルは扉を強く叩いた。

 ガシャガシャとガラスと格子が喚く戸が、ゆっくりと横へと滑る。


「はい、どちらさん?」


「突然の訪問失礼致します。住民の健康について調査してます。こういう者です」


 ヘリオスは偽装された名刺を提示した。


「あらま、見ない顔やねぇ。って、あらシェンちゃんやないの。お二人はお仲間さん?」


 ジェネ=イステルス・シェンピサプ、もといシェンちゃんがお婆さんに手を振る。


「そんな感じやな。どっか悪いところとかあらへん? いつもより喉痛いとか、関節痛いとか。あと気がついたら変なとこおったわみたいな」


「いっつもどっかしら痛いから気にしたことなかったわ。でもあんま変わったとこは無いなぁ。お爺さーん、あんたどっか悪いとこあらへんかってシェンちゃんが」


 お婆さんは内に向かって声を張った。廊下から、壁に手を付きながらお爺さんがやって来た。


「おぉ、シェンちゃんやんか。久しぶりやなぁ、元気しとったか」


「ぼちぼちやっとるで」


 そのままイステルスは雑談を始めた。


「なぁ。俺らは何を見せられてんだ?」


「まぁいいじゃんか。ご老人と話す機会は大切にしないとね」


 結果としては、お爺さんも特に変わった点は無いとのこと。


「暫くそこの叔父さんの旅館に滞在するつもりやから、ちょこちょこ顔出しに来るわ」


「はえぇ、そうなんや。ゆっくりして行きやぁ。またあん時みたいにお菓子食べたかったら来るんやで。いつでも出したるから」


「もう、そんな歳ちゃうって。でも嬉しいわ。また来るしな」


「ほな気ぃつけてや。シェンちゃんが暫く居てくれるんやから、もうそれだけで幸福やわぁ」


「せやなぁ、まだ長生きできるわ」


 三人が去った後も、玄関から仲睦まじい会話が聞こえていた。砂利道を進み、畦道を通り、二軒目の前で足を止める。

 ここでも、イステルスを老夫婦が歓迎した。そして異常もなくそのまま去った。


 三軒目、四軒目、と聞き込みに回ったが、特にめぼしい情報は得られず日の南中高度は最高に達した。三人は食堂に集合し、昼食の用意を始める。


「みんな幸せそうだったね」


「せやろ? 自分はここのアイドルやからな。夏休みに遊びに来る度、全員に歓迎さてなぁ。全員から俺ん家の孫や、あたしん家の孫やって。家系図おかしなるて、逆向きんなったみたいになるわっていっつも言ってたんやけど。あぁ、ほんで次どうするん? 目的の情報無さすぎて半日で終わったけど」


 イステルスは急激に話題を転換した。


「んぁ? あぁ。特に考えてねぇな。ここまで情報がねぇのは想定外過ぎる。完全ローカルな医者とかいねぇのか? 地図にも載ってねぇような、民間療法とか取り扱う病院とかよ」


「えぇ、天の川支部の介入あってそんなインフラ整ってないとこもう無いってぇ……」


 イステルスは呆れたように言う。

 ふと、ヘリオスはもう一つの調査目的について思い出した。それは、ジェネが天の川支部と連絡を断絶したこと。それを思い出した要因と言うのが、そう、彼の目の前にあるポスターである。


 肩に機械の鳥を乗せた男、オセロ。彼の横には"支配からの独立を、幸福への独立を"と書かれている。


 初め来た時は、何の変哲もない、古くからある個人経営の飲食店に貼られている昔の宣伝ポスター、もしくはこの土地に縁のある立候補者の選挙ポスターであると思っていた。

 しかし、この農村を探索してその印象は覆った。各家にこのポスターが貼られており、尚且つ掲示板にも貼られている。かと言って選挙ポスター掲示場がある訳でもなく、対抗となる者の張り紙も無い。それに何より目を引くのは、宣伝ポスターにあるはずの商品や企業の名前、選挙ポスターにあるはずの所属が一切書かれていないことだ。あるのは名前と顔と、あの文章のみ。


 多大なる違和感に駆られたヘリオスは、堪らずイステルスに質問した。


「あの人って誰?」


 イステルスは、ヘリオスの指先にいる人物を見つめる。


「お客さんちゃう?」


 彼女の目線の先には食事を摂っている人がいる。


「違う。その人じゃなくて奥のポスターの」


「あぁ、オセロさん? 顔ええやろ? ジェネの有名な革命家らしいで」


「他人事すぎねぇか?」


 口に食べ物を含んだままのゼセルが話に加わる。


「いやぁ、その人のことについてあんま分からんから。仕事忙しかったから、なんやかんやしてたら気ぃ付いたら独立してたし。まぁでも、あの人の言うこと割と信憑性あるからなぁ。やから自分は天の川支部反対派ではある」


「というのは?」


 ヘリオスが反射的に質問をした。かなり怪しい行動ではあるが、イステルスは特に気に留めていないようだ。


「半分受け売りやけどな? まぁやってること割とブラックボックスやし、ちゃんと貢献してくれとんのかも分からんし。実際にこの前も、クリースを侵略から救いましたー、って報道されとったけど、遠すぎるが余り実感できんかったわ。体感としては映画に近いやん? 遠い惑星のそういう大事件って。それがほんまなんかようわからんし、なんであのエクスロテータが侵略し始めたんか分からんし。ほら、エクスロテータってロボットで結構有名やから、そんな悪いことするって思わんかったから。悪者に仕立て上げられたんちゃうかって人もおるわ」


 ヘリオスも確かによく分かっていなかった。彼は同意の意味で首を縦に振った。


「あとは、恒護って人以外の隊員の扱いが酷いって言うのも聞いた。薄給やとか、死傷者も出てて、それの福祉がなってないとか」


 それに関してはヘリオスは同意ではなく相槌の意味で首を縦に振った。決算会議の時、ローゼンが戦死させてしまった隊員達を皆の前で悼んでおり、彼らの家族に対しての保障をプレゼンしていたのだ。それは天の川支部が破産するのでないかという額であった。実際にフェアドレングが通したのはそれの半分の額であったが、それでも宝くじと見紛うほどであった。


「あとはまぁ、実際に治安維持できてんのか分からんっていうのやったり。散光星雲っていう直営の銀行が、あんましその辺の銀行と大差なかったり。結局何してる組織なんかよう分からんかったり。なんか悪口みたいやな。堪忍な。まぁそんな感じやな。多分思い出せてないだけで他にもあると思うわ」


 ヘリオスはまだ来たばかりであるため、それら批判が正しいものであるのかは判断できなかった。ゼセルも口をモゴモゴと動かすだけであり、それが誤りであるため呆れているのか、真であるため黙っているのか、単純に聞いていないのか分からなかった。


「あぁ、せや。もう一個思い出したわ。オセロさんが『ここだけの話』って言うといてテレビで大々的に報じとったから、どっちやねん思て覚えてんねんけどな。天の川支部が事件を見て見ぬふりしたせいで、ある惑星が滅亡したらしいで。結構やば――」


 都市伝説を語るように小さく話していたイステルス。そこでゼセルが急に立ち上がった。


「ちょ、おま――あいや、何でもねぇ」


 ゼセルはそのまま食器を手に持ち、棚へと戻しに行った。そして二人に一瞥も寄越さず、部屋に戻ってしまった。


「どないしたんやろ。今回はあんたに返しに行けって言わんかったし」


「確かに。お腹でも痛いんかな」


 ヘリオスは話を合わせた。


「腹痛であんな反応はせんやろ。え〜気になる〜。それよりどうする? 今日は終いにするけ?」


「思った以上に早く終わったからなぁ。他に行くところが無いなら終わりでもいいけど」


「自分もあんたらと出会う前に、もう知り合いの病院に聞いて回ってたんやけど特に収穫とかは無かったしなぁ。情報隠されてたら別やけどな? やから特には無いかも」


「じゃあ今日は一旦終わりにしようか。また思いついたら連絡して。じゃあお疲れ様」


「お疲れさん、ほなまた明日な」


 ヘリオスは部屋に帰った。そこにはベッドに座ってテレビを凝視しているゼセルの姿があった。彼は上の目と左の目でテレビを眺め、右の目でヘリオスを見つめる。


「見ろ。オセロが出てる」


 ヘリオスもベッドに腰掛けた。オセロはバラエティ番組に出ているようだ。ポスターでは表情を作っていたため判断しかねたが、確かに顔が良い。


「こんなのにも出るんだね」


 ヘリオスは単純に番組を楽しんでいた。


「違う。肩の鳥を見ろ。足の付け根にあるロゴだ」


 純白の筐体の中に黒い何かが映っている。古いテレビであるため画素数が少なく、デザインが潰れていた。

 しかし、一度見たのであれば記憶の片隅には置かれるであろう特徴的なロゴ。天の川支部の契約星に機械製品をバラ撒いたエクスロテータのロゴ。赤子以外であれば知っているロゴ。


 だがヘリオスは見たことがなかった。改めて考えてみればそうだ。彼がクリースで出会ったのはC-捕食者とC-停止者。C-捕食者は一般に流通しない戦闘特化の機械であるためロゴは印刷されていない。C-停止者も遠目に見ただけであるためロゴは認識していない。


「わからん」


 ゼセルは額に手を当てた。


「しゃあねぇな。じゃあこれ見ろ」


 ゼセルか歯車を顕現させる。そこから、エクスロテータが運営していた機械製品の通販サイトを見ることができた。そこにはテレビの鳥に印刷されていたものと特徴が合致するロゴが描かれている。


「エクスロテータがなんで?」


「知らん。エクスロテータの供給範囲はとんでもねぇから、それを持ってても普通だがな。だが一つ引っかかる点がある。カタログのところを見ろ」


 ヘリオスはカタログ欄を開いた。そこにはズラリと機械製品の写真と3Dモデルが並べられている。


「一通り見たか? じゃああの鳥を見ろ」


 ヘリオスは見た。そしてもう一度カタログを見た。


「特に変わった点は――え?」


「気づいたか? あの鳥がそこには載ってねぇんだよ」

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