第28話【暖かい陽光の下へと。】
「ほんで? なんでここ来たん? 見た感じ他の星から来たっぽいけど」
イステルスは親しげに話しかける。
「そりゃおめぇ、ここで感染症が流行ってるっつうから」
「は?」
「え?」
この男はつくづくそうだ。
「感染症…? どこで知ったん? それ」
イステルスから笑顔が消え、ゼセルを真っ直ぐと見つめる。
「どこって言ったってそりゃ、あま――」
ヘリオスがゼセルの頭を机に叩きつける。食器が軽く揺れた。
過去にアマチュアの探偵がジェネの感染症について調査したブログを公開していた。現在は削除されているが。
「アマチュアの探偵が感染症の調査ブログを公開してて。今は削除されてるけど、それを見て俺らも気になるなって…… ?」
焦燥に駆られて食い気味に答えたヘリオス。イステルスは身体を仰け反らせながらも、彼の誤解を訂正した。
「あぁ、いや。別に探ろうとはしてへんねん。自分もそれに関してちょうど調査しようとしててな。ほら。ほら言うても分からんか。自分とこの同僚もその感染症を不思議におもててな。そういう罹患者がおるとは聞いてるんやけど、一回もその患者さんこうへんし、運ばれてもこうへんし。ほんまにおるんかいなって。同僚のうちの一人も政府直属の医療機関が管理しとんちゃうか〜、って。ほら、なんか裏ありそうやん?」
イステルスは最後のみ小声で言った。ゼセルが上体を起こして呟く。
「類は友を呼ぶってこった。お互い情報交換してこうぜ」
「せやな。改めてよろしゅうな」
「じゃ、俺らは近場から調査すっから。集合場所はここでええか」
ゼセルは立ち上がり、部屋に戻ろうとする。
「え? 自分とは一緒には行かへんのけ?」
「いや、別に。おめぇ飛べんだろ?」
「え? 自分飛べへんよ?」
暫く空気が停滞した。二人は彼女の立派な翼を見つめる。彼女も視線を感じて翼に目を向ける。
「あ、これ? 義翼やで。てか両腕どっちも義肢やし」
「あ、ごめん……」
ヘリオスはバツの悪そうに謝罪した。
「ええんやで。どちらかと言えばこれは誇りやしな。子供ん時に両腕失って、治療と管理してもらってるんやけど。まぁそのお医者さんがめっちゃ真摯に向き合うてくれて。そんで医者目指したんや。この翼では飛ばれへんけど、未来には飛び立てたって言うか。あ、やば、めちゃめちゃ喋っとったわ。結構自分のこと言うタイプやからな。ほな明日早いやろうしここでお暇するわ。寝てたら起こしてや。一緒に行くし」
イステルスはそそくさと食堂を出た。饒舌なまま退散した彼女に呆気にとられ、二人は顔を見合わせる。
「嵐のような人やったな。あ、やば移った」
ヘリオスは口を押さえた。
二人は部屋に戻り、荷物を机に広げる。お互いに管理しやすいよう、二人用の部屋だったようだ。
「中は思ったより綺麗だな」
木製の床、色褪せた壁紙、吊るされた電灯。風呂トイレは別であり、清掃が行き届いている。ヘリオスは生前住んでいた祖父母宅を思い出した。
ゼセルは直ぐさまベッドに横になった。
「そう言えば、調査してることについて正直に答えてたけどどうして? 危なくない?」
ヘリオスは備え付けのテレビのチャンネルを変えながら訊いた。
「正直に言わねぇと進まねぇだろ。俺ら二人じゃ二進も三進も行かねぇのは明白。警察にそれとなく訊いてもはぐらかされたし、中の公的機関は当てにならん。外国の奴らは以ての外。じゃあどうするか。個人で動いてる奴に頼ればいい。そこでアイツだ。アイツは医者だ。それにこんな辺境にいるってことは個人経営か、将又なにかしら事情があるか。事情があるとしても政府と繋がってりゃもっと良いとこ泊まんだろ。結局アイツはここの経営者の姪っぽかったがな。要するに賭けだ」
「えぇ、危なくない?」
「危ねぇが、結局ビンゴだったってわけだろ? 俺ァ不確定の事象は好きだぜ。何十億と生きてても、これだけはワクワクする」
ゼセルは感傷に浸るように腕を組んだ。
「じゃあ天の川支部まで言う必要はなかったんじゃ……?」
「あー。すまん口が滑った」
「スタッドレスの舌にしなよ」
「俺の舌はタイヤじゃねぇんだわ。滑舌、あいや、かちゅぜちゅもそれほど良くねぇしよ」
ゼセルは徐にガイドブックを開き、ジェネの地図を眺める。
「今はこの辺だな」
ゼセルはペンで現在地である旅館を囲った。周辺は何も無く、あるとしても小規模の滝程度であろう。
ヘリオスが横からガイドブックを覗き込む。
「明日どうする? イマイチ何をすべきか把握できないけど」
「アフィン、メモ帳をくれ」
近くでメモ帳がぽとりと落下する。
「今ある情報をまとめると」
・ジェネにおいて政府を巻き込んだ天の川支部反対運動が発生。加えて天の川支部と連絡を絶っている。理由は不明。天の川支部の恒護であると身分を明かすことは非推奨。
・詳細不明の感染症。粘膜からはウイルス、細菌などが見つからず、血液検査や検便なども陰性。媒介生物やヒトヒト感染における経路も未特定。規格不明の防護服を貫通して感染。
・主な症状は咳、鼻水、痒み、神経痛に加え、徘徊、幻覚、独語などといった譫妄症状。
・一般の医療機関には情報が共有されず。感染症の管理機関は不明。理由も不明。
「一般の医療機関にさえ情報が共有されてねぇっとこたぁ、街頭で聞き込みしようと無駄ってことだな」
「じゃあどうすれば?」
「そりゃおめぇ、然るべき機関に潜入するか、感染症に先に接触することだな。然るべき機関、即ち感染者の管理機関は政府直属との噂もある。俺らが入るのは虎穴も虎穴。俺らが捕えられたらどうしようもねぇ。そんなら、外を彷徨いてる虎子を捕えた方が手っ取り早ぇな」
「あてはあるの?」
「ある訳ねぇだろ。でもまぁ、周りと見比べて様子のおかしい奴を捕まえればいいっつう話だ」
ゼセルはゴソゴソと寝床を整えながら言った。
「あれ? 俺らって寝られるの? 基地にいる時も寝たこと無かったけど」
「俺らの身体は水素とかで構成された人体に過ぎん。一定の条件を満たしゃぁ、寝るこたぁできるな。じゃ、おやすみ」
電源を切った機械のように、ゼセルは動かなくなった。ヘリオスは明日の準備を整えながら、半信半疑でベッドに横たわる。
目を瞑り、力を抜き、ゆっくりと呼吸をする。吸って、吐いて、吸って、吐いて。瞼の裏よりも暗い、闇の中へと沈みこんでゆく。
そしてやがて、左から徐々に光が闇を上書きし、目を開けた時には日が部屋全体を照らしていた。
脚を枕にして寝ているゼセルを横目に、ヘリオスは身繕いを始める。汗も垢も分泌しない身体であるが故、風呂も着替えも必要は無いが、寝癖を治すのは必要なようだ。
「ゼセル、もう朝だぞ」
「そうか朝か」
「うぉびっくりした……」
まるで既に覚醒かのように、身体を起こした。PCでも起動にはもう少し時間がかかるのだが。
ゼセルは一切の身繕いをせずに、メモを手にして外へと出た。寝癖なのか癖毛なのかわからない、跳ねに跳ねた髪のまま。腕の二倍はあるジャージの袖は針金が入っており、ズルズルと引き摺られても形が保たれている。ヘリオスは踏んでみたいという欲を抑えて彼の後ろを着いていった。
「あ、おはようさん」
食堂で朝食を摂っているイステルスが挨拶した。
「おはよう」
ヘリオスは挨拶を返す。ゼセルは軽く手を挙げ、椅子に座った。
「なんでもいいから取ってきてくれ。俺ァ昨夜の情報を共有すっから」
「あぁ、OK」
ヘリオスはカウンターへと向かった。主食、主菜、副菜、汁物の順に並べられている。しかし、主食には白米やパン、況してや粟稗黍さえも無い。あるのはお粥のような液状の食物しか並べられていない。黒や茶、赤、緑、黄など種類は様々だ。
主菜は誰であろうと肉だと認識できるものだ。だが、一尾丸ごと提供されている焼き魚はどこか異質だった。背鰭とは異なっていると明らかに分かる、背に一対の触手のような器官が長く伸びている。好奇心に駆られたヘリオスはこれもお盆に載せた。ゼセルには最も手前に置いてあった料理を取った。
副菜は特に異質さは無く、緑色の野菜に関連する一般的な料理が並べられていた。汁物も、恐らく野菜をすり潰したスープなのだろう。
ヘリオスは二人分の料理を載せて、席に戻った。ゼセルは一通りイステルスに説明が完了したようだ。ゼセルの分の料理を配膳し、ヘリオスも近くに座った。
ゼセルは周辺の地図を見つめている。公共交通機関に青丸を、病院に赤丸を、交番や政治家などの政府関係の施設には黄丸を、と種類別に囲っている。
「色々情報集めてるんやねぇ」
イステルスが感心したように言う。ゼセルは彼女に感染症関連のことを話したようだ。
「もうちょいで終わっから、先食っといてくれ」
ゼセルは定規で直線距離を測ったり、公共交通機関の時間を調べたりしながらヘリオスに言った。
「OK、じゃいたたぎます」
ヘリオスは手を合わせ、お粥を一口啜った。
「あぁ、意外と味あるな。しょっぱめで」
「ここの食文化は初めてなん?」
「あんまり外食とかする暇なかったから」
「へぇ、いいやん。じゃあその魚の背中についてるやつとか初めて見るやろ?」
イステルスは魚に生えた触手を指した。
「これ水流とか水圧とか感じる感覚器官やねんな。どっかの星でな、どこやったかな。まぁいいんやけど、そこの魚で言うところの側線の役割持ってんねん。背骨から骨が根元まで出てて、ほんで他全体は筋肉で出来てて。まぁ魚がこれ持っとるっちゅう訳やから、当然進化先の自分らも同じような場所に何かしらあって。ほら、これ」
イステルスは腰から生えた一対の小さな翼をパタパタと動かした。
「自分らはこれで気流とか気圧とか感知してんねん。おもろいやろ? 知ってると思うけど相同器官っちゅうやつやな」
ヘリオスは興味深げに眺めている。彼は生物系の学部出身。学生時代に持っていた好奇心が蘇りつつある。
「魚類がいるってことは他にも動物界の真核生物とかはいるの?」
「まぁおるな。魚類、両生類、爬虫類、鱗鳥類、鳥人類、哺乳類。あとは背中にこの一対の器官を持っとらん両生類もおるわ。ゲノム的に明らかにここの星の魚類から進化したようには見えんから、多分外来種やけどな」
「ちょっと待って。哺乳類もいるの? あと、りんちょう類って?」
「哺乳類はおるで。まぁ天下は自分ら鳥人類のもんやから、あんたらみたいなでっかい身体の種はおらへんけどな。あと、鱗鳥類ってのはあれや、爬虫類と鳥人類の中間。羽生えた爬虫類みたいなん」
アーケオプテリクス等の始祖鳥に近いだろう。
「ほんでどうなん? 目星ついた?」
「感染症てこたぁ人の多い都市か、大型の病院もねぇような田舎の二択。調査するなら、まずここ周辺でもいいだろ」
「おっ、そんなら自分詳しいから案内したるわ。確かに大型病院無いんなら自宅で療養する人もおるわな」
「じゃあ行こうか」
ヘリオスは立ち上がり、食器をカウンターへと返却しに行った。ゼセルはその小さな口からは想像もつかない程の速さで料理を掻き込み、横を通り過ぎかけたヘリオスに渡した。




