第27話【二つの日は沈み行き。】
「突っ立ってねぇで、はよ歩け」
ゼセルがヘリオスの背を叩く。謎の感染症が発生したにもかかわらず、ジェネは活気に満ちている。様々な種族が地を埋めつくし、空飛ぶ人力タクシーが空を覆う。
「こんなにも人を招いて大丈夫なのかな」
「閉鎖する方が大丈夫じゃねぇよ。ジェネは見ての通り観光に力を入れた国家。経済のだいたい三割を観光占めてる。閉鎖した暁にゃ、衰退まっしぐらだな」
ジェネは小さい国であり、かつ天空都市もある。それ故、第一次産業に力を入れられず、土地が広く第一次産業の強い隣国のガイルザーと同盟を組まざるを得なかった。
「そこはどうでもいいんよ。さ、情報収集にでも行くぞ。病院とかでいいだろ」
「そんないきなり行って話聞いてくれるとは思わないけど」
「なんで?」
「ほら、俺たち外部の人間だし。しかも観光に力を入れているときたら、感染症が発生したという情報が流れでもしたら観光業に大きな打撃を受ける」
「あぁ、確かに」
良く考えたと言わんばかりにゼセルは指をさした。
「じゃあどうすんだよって話だがな」
「関係者の信用を得るしかないね」
「はっ、身も蓋もねぇな」
ゼセルはため息混じりに声を漏らした。八方塞がり目前である。
「まぁ、観光でもしながら考えようぜ。せっかくこういう所にきたんだから。ほら観光地には人が大勢いるから情報とか入ってくるかもしれないし」
観光に重きを置いているジェネ、その中でも国の玄関口として機能しているポルツ。建築物に食に撮影スポット。気を引くものは多々あった。
「勝手にしな。俺ァおめぇに着いてくだけだかんな。そもそも観光地にいる奴らなんぞ、ジェネに関係ねぇ奴ばっかだろ」
「そう言えばそうか。まぁいいや。ここの観光ガイドの記録ってある?」
「ほら。俺に聞くな。自分で調べろ」
ゼセルはぶっきらぼうにガイドブックを手渡した。
「あぁ、ありがと――。えそれどっから出したの?」
「アフィンが代わりに倉庫番やってんだよ。俺を追い出した罰だ」
アフィンの役職である総長の仕事は基本、他星他国の関係安定化と空いている役職の代理である。代理は他の部門担当者が請け負うこともあるが、基本は総長の仕事だ。
「この看板が立ってるところは空飛ぶ人力タクシー、アエロキシの停留所らしい」
「ほーん。高いんか?」
「流石に観光地だから高いとは思うけど…… 払ってくれるの?」
「払うわけねぇだろ。そもそもICカードがあんだから」
そう会話している隙に、彼らの背後に近寄る影が一人。物音も気配も無く近寄る影に二人は一切気が付かない。影はヘリオスの尻ポケットから少し顔を覗かせていた財布に視線を定める。
大勢の人々は空中都市がある上を見たり、端末の画面がある下を見たりと、影を横目に見ることもなく通り過ぎる。ゆっくりと財布目掛けて手を伸ばし、ヘリオスが完全に停止するタイミングを狙って優しく財布をつまむ。
今だ!と財布を引き抜いた瞬間、誰かに腕を掴まれた。
「あかんで」
影は滑ったように倒れ込む。ヘリオスとゼセルは声のした方向へと顔を向けた。
「流石にな、そういうのはあかんと思うわ。白昼堂々と。昨今はまぁ、色々言われてるところあるけどな。やっぱりやるとしても本人に断り入れたりとか、交渉したりとか、それこそ宣言したりとかしたらええんちゃう? まぁ、やっぱり抑えられへんとこはあると思うからしゃーないけどさ。でもあかんで、痴漢は」
「スリだよ馬鹿野郎」
「じゃあアカンやんか」
「痴漢でも許可とか交渉とかしねぇだろ」
ゼセルは冷静に言う。
「ゼセルはこの状況に動揺してくれよ! 財布盗まれるところだったんだから」
この場面で動揺してるのはスリ犯とヘリオスだけである。
「危機感の無ぇおめぇが悪い」
「すんません……」
現行犯で捕まえたプテリーガ人は、易々とスリ犯の腕を引っ張って歩き出す。
「ほな交番行こな。迷子なったら警察呼んだるしな」
「今呼べよ。あいや呼ぶな」
スリ犯は何としてでも逃げようともがく。腕や肩を押したり、脚を蹴り飛ばしたりするも、微動だにしない。
「くっそ、強靭強すぎだろ……」
スリ犯は拳を握り、プテリーガ人の顔に向かって正拳突きを放つ。だが、頭を軽く動かしただけで避けられてしまった。返しに腹へと拳を食らった。哀れ。
「いった……」
スリ犯はその場に力無く座り込む。
「はい、せーとーぼーえー。スリと痴漢飽き足らず暴力まで振るうんか?」
「だから痴漢はやってねぇって……」
スリ犯は諦めたのか、プテリーガ人にトボトボと着いて行った。プテリーガ人は振り返り、ただ呆然と見ているだけであったゼセルとヘリオスに言う。
「あぁ、あとあんたら二人も窃盗未遂の被害者やから着いてきてな」
「上手く警察を言いくるめれば情報は得られるな」
「ムズくね?」
ヘリオスの懸念の通り、警察からは何も情報が得られなかった。彼ら二人には突出した諜報能力を持ち合わせていなかった。
「くっそ…… うわ言みてぇに民の幸福のためだのなんだの言ってはぐらかしやがって」
「そりゃそうでしょ。さっきゼセルが言ったみたいに観光地な上、俺らは部外者なんだから」
「だとしてもよ、コミュニケーションぐれぇはとってほしいもんだ」
二人は公園のベンチに腰をかけ、自動販売機で買った限定の缶飲料を飲んでいる。日本円換算で一本300円。高い。特別美味しくもない。
「まぁコツコツやろうよ。千里の道も一歩からって言うしさ」
「善は急げ、思い立ったが吉日、鉄は熱いうちに打て」
「急がば回れ、果報は寝て待て、待てば海路の日和あり」
「う る せ ぇ」
気が付けば空は赤く、あらゆるものの影が伸びている。
「そういえば俺らの宿泊場所は?」
「そういやそうだな。アフィン、俺たちゃどこに泊まればいい? 特に聞かされてなかったんだが」
『無論、用意しているとも。座標データを送ったから参照してくれ』
入隊した際に装備したコンタクトレンズ。それにはクリースのアイスクリーン技術も搭載されている。視界には、予約された宿泊施設の場所と、そこへ向かうための道案内が示されていた。
「早速行こうか」
「飯が美味いとこ希望」
一行は宿泊施設へと到着。提供された夕飯を食堂で食べている。
「いやさ、飯は美味いんだけどさ」
「うん」
「まぁ古くせぇのは百歩譲っていいとして」
「趣がある感じでね」
「どこなんだよここ……」
虫は歌い、草は騒めき、川は囁く。ミルペルの明かりが外を淡く照らしている。はっきり言って田舎である。
「よくぞまぁ、ジェネにこんな未開発地域があるもんだ。もはや褒め言葉だぜこれ」
「あの空中都市、ガイルザーで見た時よりも小さいね」
アフィン曰く、通常は天の川支部が調査する時は優遇されるため良い宿泊施設に泊まることが可能。だが、今のジェネは情勢が情勢であり、且つ観光地であるために長期で予約を取得するのは困難であったのだ。
「だからと言ってこんな僻地に飛ばすこたぁねぇだろうよ…… 飯は美味いけどさ」
「ゼセルの表情的に不味そうだけどね」
ゼセルにも是せないことはある。
「あれ? どっかで見たことある思たら」
新たに食堂に入ってきた人物が二人に声をかけた。
「誰だっけ」
ゼセルが怪訝な表情でその人物に言った。
「誰って…… あの時助けてくれた人でしょ。その節はどうもありがとうございました」
「いやいやそんな畏まらんで。そんな当たり前やんか」
その人物は二人の隣に腰をかけた。
「ここ泊まるん?」
「そのつもりで。一ヶ月ぐらい」
「へぇ! そうなん? 嬉しいわぁ。見ての通り人全然おらんから。まぁこんな僻地に建てとるからなんやけどな」
その人物は陽気に笑っている。
「そういや自己紹介まだやったな。ジェネ=イステルス・シェンピサプって名前で、医者やってんねん。ちなみにここ経営しとんのが自分の叔父な」
その女性、イステルスが手を差し出した。ヘリオスは彼女と握手をする。その感覚はプテリーガ人の手の構造故か不思議であった。いや、もっと別の理由があるのかもしれない。




