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機械仕掛けの宙を廻りて  作者: ドフォー
第3章【続く旅路は天高く。】
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第26話【空への道は。】

 二人はアフィンとフェアドレングに連れられ、経済管理室へと向かった。アフィンは彼らの偽装した身分証を手渡し、仕事がまだあるからと立ち去った。

 フェアドレングは素早い手さばきで機会を操作し、プテリーガへのワームホールを開通させる。彼はヘリオスに向かってゆっくりと口を開いた。


「今回は二人だ。その上、護衛部門と共にであれば多少の無茶も許されるだろうが、今は豆粒のような奴しかいない。辞退するのならばまだ間に合うがどうする」


 ゼセルはフェアドレングを睨みつける。ヘリオスはもう一度考えた。クリースの時にもめぼしい活躍はできてない。しかし、今は少数。今度こそ活躍する絶好の機会である。辞退という文字は彼には無い。


「いいえ、やります」


「ハッ、そうか。匹夫の勇とはこのことだな」


 嘲笑した彼は、自身のポケットに手を入れた。


「いざとなったらこれを使え。それを押せば誰かが駆けつける」


「今」


 ゼセルが淡々と言った。


「違う。今では依頼が破綻する。ま、原型を留めた状態で帰ってくるんだな」


 フェアドレングは渋々認めたように、のそのそと歩きながら部屋を出た。


「嫌な感じだな」


 ヘリオスは速やかに視線をゼセルに移した。だが、既に彼はそこにはいなかった。


「早く来い。どうせ何もねぇだろうからよ」


 ゼセルは彼を待たずに次々と歩を進める。ヘリオスは急いでそれに続いた。


「お待ちしておりました。ゼセル様、ヘリオス様」


 天の川支部直営の銀行『散光星雲』における転送用の小部屋を出ると、ゼセルよりも背の低い人物が彼らを迎えた。腕には、自身の身長よりも長いであろう翼。腰には、一回り小さい翼。足は短く、頭は小さく。皮膚は羽毛や鱗のような構造が見られる。

 その人物は銀行員らしく上品に背広を着こなし、締まりのない二人を会議室まで案内する。


「こちらで国際保健機関の方がお待ちとなっております」


 身振りと共に彼らに頭を下げる。ノックをし、中の人物に挨拶をしてから扉を開けた。


「ヘリオス様にゼセル様。お忙しい中御足労頂きまして、誠にありがとうございます。私、プテリーガにおけるガイルザー保健機関のガイルザー=アンゾフ・ネイシオと申します」


 アンゾフは深々と頭を下げた。背筋を伸ばして頭を下げるヘリオスと、前屈をするかの如く緩やかに頭を下げるゼセル。


「どうぞ、お掛けになってください」


 その言葉が発せられるよりも前に、椅子へと向かっていたゼセル。ヘリオスはその様子を、木が歩いている状況に遭遇したかのような表情で眺めていた。


「それでは改めまして、ガイルザー・アンゾフ・ネイシオと申します。此度は、ガイルザーの同盟国であるジェネの調査をして頂きたく、天の川支部の皆様方に依頼致しました」


「情報は既に俺たちの方で持ってるからブリーフィングは手短に頼む、アンゾフさん」


 アンゾフの名前を言う時、ゼセルはヘリオスに目配せをした。この星、そしてこの国の礼儀文化に戸惑い、緊張しているヘリオスを察したのだ。


「流石でございます。ご存知の通り、ジェネは現在天の川支部との連絡網を絶っている状態にあります。加えて、原因不明の感染症の発生。この二つの現象は同時期に発生していることを確認しています。我々ガイルザーが調査隊を二度、派遣致しましたところ、防護服を貫通して感染したとの報告を受けました。以降、彼らとの連絡は途絶えており、帰還は叶っておりません」


 好機と見たヘリオスはすかさず口を開いた。


「もし宜しければ、アンゾフさん。我々の――」


 脇腹を何かに突かれた。


「あの、どうされました?」


 ゼセルが、キャップ下からヘリオスを睨みながら言う。


「いや、交通費を出して欲しいってこった。善は急げと言うだろ」


「申し訳ございません、私としたことが失念しておりました。こちらが、ジェネ行きの特急券、ファーストクラス。そしてこちらが、ジェネで使用可能な交通系ICカードです。一ヶ月分の交通費がございます。不足分は申請頂けましたら追加致します。またご依頼終了後、交通系ICカードは情報の保護のためこちらで回収致します。どうぞご理解頂けますようお願いします。」


「OK。じゃ、行ってくる」


「良いお知らせをお待ちしております」


 ゼセルはヘリオスを連れて部屋を出た。出迎えてくれた銀行員に連れられ、メインフロアに差し掛かる。


「駅行きのタクシーを配車しております。どうぞご利用ください」


 落ち着きを払ったメインフロアを抜け、二人はタクシーに向かう。


「あまり俺ら側から依頼を引き受けない方がいい。良いように使われる可能性があっからな。例えば、犯罪の片棒を担がされるとか、口約束だけになって報酬を渡さないとか。依頼は正式に散光星雲を通して、且つ受けるかどうかを議論する必要がある」


 ヘリオスはスノウに言われた言葉を思い出した。「皆に協力する味方ではあるが、正義の味方ではない」と。

 もしかしたら自分の思っていた組織では無いのかもしれない。そう、今更ながら思い始めた。だが、かぶりを振ってその考えを打ち消す。この仕事をこの組織で続けなければならない。


「今回はあくまでも調査依頼だけ。ま、簡単な内容ならついでに解決してやってもいいがな」


 ゼセルは冗談交じりに言った。タクシーの扉が開き、二人は乗り込む。

 タクシーの窓は静かに後ろへと流れ、運転手の翼は慣性に乗ってゆったりと揺れる。歩くプテリーガ人もいるが、殆どは空を飛んでいた。腕と腰の翼をピッタリとくっつけ羽ばたく者。腰の翼をたたんで滑空する者。空を飛びたいという夢を叶えられた唯一の人間である。


「ジェネに観光ですかな?」


 暫く走行した後、運転手が話題を振った。


「えぇ、そんな感じです。初めてで」


 ヘリオスが対応する。


「ジェネは建築が一際素晴らしいですからね。観光に要したお金よりも遥かに高い価値がございます」


「そんなにですか。楽しみです」


「しかし、ご存知かと思われますが、現在ジェネは情勢が不安定ですからね。なんとも、天の川支部との連絡を絶ったとか、感染症が流行っているとか。ですが、ご安心ください。よくジェネへのお客様をお迎え致しますが、皆様楽しんでおられました。いつもあの景色を見られて幸福だと仰っております。お客様に幸福をお届けできて、私も幸せを感ぜざるを得ません」


「そこまで深刻では無いんですかね」


「えぇ、その様です。感染された方に接触しない限り、患うことはないと耳にしております」


 そうして十分程経ったであろう頃。立派な駅が窓の向こうに見え始めた。


「そう言えばご存知ですか? 今月、戴冠日蝕なるものが見られるようです」


「おぉ、マジか」


 珍しく、ゼセルが興味を抱いた。


「えぇ、マジです」


「え、何それ」


 勿論、ヘリオスは知らない。


「ここ、プテリーガは連星を主星とする惑星です。アセバシノックスとクリーリー・ディデュと言います。その二つと衛星ミルペル、そしてプテリーガが一列に並んだ時に見られる日食です。この時に、ミルペルが冠を被ったように見えるので、戴冠日蝕と呼ばれています」


「へぇ、連星なんですね」


 ヘリオスは空を覗いた。日が二つあるように見える。だが、眩しくて本当はよく見えなかった。ただの幻覚かもしれない。彼は目を擦った。


「そろそろ到着でございます。お忘れ物は無きよう、よろしくお願い致します」


 四角く白い。現代風な駅である。運転手は彼らに頭を下げ、次の客を待つために移動した。


 中は様々な種族のヒトが入り乱れている。計画的に配置された柱や階段。幾何学に彩る店の数々。そんな冷淡さを上書きするように、そして自らを主張するように葉を拡げる植物。ヘリオスは新たな土地に来たということを実感し、見蕩れていた。


「特急は俺らを待ってくんねぇからな。さっさと乗んぞ」


「えっ、ちょ待っ」


 ゼセルは駅に一切の興味を持つことなく改札へと足早に向かう。


 ファーストクラスはやはり快適であった。生前の生活では絶対に実感できなかったであろう椅子の感触。暖色を放つ上品な照明。無駄な情報を取り入れさせないシンプルなデザイン。ヘリオスはここに住みたいとさえ思った。


 だが、現実は非情だ。気が付けば目的地に到着していたのだ。恒護は莫大な時間を生きるため、時間感覚が短くなるようになっている。その感覚に加え、時間を感じさせない静かな走行、心身共に安らぐ座席、そもそもの特急の速さ。国境を跨ぐとはいえ、秒単位で到着したとしか思えないほど早かったのだ。


「うっし、降りるか」


 ゼセルは本当に安らいでいたのだろうか。ヘリオスはこの座席から離れたくない感情と抵抗していたが、ゼセルは一般の電車に座っていたかのようにひょいと立ち上がった。

 ヘリオスは置いていかれないためにすぐに立ち上がった。


「おっも……」


 ガイルザーからジェネに辿り着いた者は必ずそう言うであろう。初めて来たであろう観光客もまた、同じ一言を呟いていた。


「そりゃそうだ。プテリーガはそもそも気圧が高ぇからな。ガイルザーは標高が高ぇもんで他の星とはなんら変わんねぇが、それ以外は海抜0m。急激な気圧で体調不良になる。俺たちの場合はただ単に、大気圧が高くなった影響で身体が押されてるだけだがな」


 慣れるのにそう時間はかからなかった。だが、駅は広く、そして上下に入り組んでいる。それだけこの土地が発展しているのか、数多くの人間がごった返している。もはや絶えず変化する迷宮であろう。

 駅を十分以上かけて踏破し、そして外へと出た。


「うぉぁ…… これは、すげぇや」


 その光景は誰しもが息を呑んだ。実際はガイルザーから小さく見えていた。だが、実際にこの土地まで足を運べば、見る角度も変化する。

 見るものを圧倒する存在感。天国と呼ばれるのも頷ける。


 天空都市、ジェネ。浮遊する幾つもの都市が空を覆い、日の光で作られた梯子を掛けている。

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