第25話【理が操る器具を持ち。】
ヘリオスは、教わったことを書き留めるべく自室に戻った。幸い彼は物覚えが良い。情報を取捨選択しながら歯車の特性を紙にまとめた。
「砕理……」
ヘリオスは要項を開いて当該項目を指でなぞりながら読む。
⑥砕理について
・一切の使用を禁止する。使用した如何なる恒護も即時処分される。
・また、他者に砕かれ、尚且つ計画性の見られない不慮の使用であった場合、銀河会における全ての機械仕掛けの神に対して、何が砕かれたのかを詳細に報告しなければならない。情報に不足や余剰が見られた場合、計画性のある行為であったと判断し、処分される。
「明らかな重罪なんだよなぁ…… 即時処分て」
次に出会った際に質問できるよう、何度も読み直しながら頭の中で情報を単純化する。しかし、方法や起きた場合の現象について一切記されていない以上の単純化は困難を極めていた。
「まぁ、その分からない部分について訊けばいいんだがなぁ。方法と現象…… あとはこの部分か」
"他者に砕かれ"。
「歯車は他人が視認できたり、触れたりするのか」
その時、扉から軽い音が鳴る。返事をすると、スノウが入ってきた。
「どうです? 分かりました? 難しいですよねぇ。僕もほぼほぼ感覚でやってるんですよ」
スノウは恥ずかしそうに笑いながら言った。
「これは?」
スノウがヘリオスの書いていたノートを覗き込む。
「わぁ、見やすい。――あれ、砕理については訊かなかったんですか?」
「ちょっと暗い雰囲気になっちゃって。訊くに訊けなくてさ」
「あぁ、これなら僕が教えられますよ。なんてったって何度も何度もドゥべーさんに戦い方が危なっかしいと注意されてますから」
スノウは飛禽による高速移動が主体のため、意図せず砕理を発動させる危険性を孕んでいる。ヘリオスがお願いすると、スノウは子供が仕入れた知識を親に伝えるように語り始める。
「まず、砕理というのはですね、禁忌なんです」
「それはまぁ、知ってる」
「で、方法はですね、歯車を単純に殴ったり蹴ったりして砕けばいいです。実際にやったら処分されるんでやらないでくださいね」
「やらないよ。それでちょっと疑問なんだけど歯車って、当たり判定があるの?」
「まぁ精密機械ですので。他人にも見えますし、他人も砕けますし。なんで、能力使おうとすればすぐにバレます。ヤバい人なら砕きに来ますね。相手は壊したらどうなるか知らないんで、遠慮なく来ます。一応能力を使わずに隠す方法もあるんですけど、まぁ神レベルなんで現実的じゃないですね。恒護で唯一使えるのもドゥべーさんだけなんで」
「でも、偶然能力が使える一般人も歯車を顕現させられないってドゥべーさんに教わったんだけど、それとはまた違うの?」
「歯車は剣のようなもので、我々はその剣を抜いて戦うことができます。でも、恒護ではないが能力を使える人々は、剣を持ってはいますが上手く使えない、鞘に入ったまま戦っているような状態です。対して歯車を隠せる方々は、剣は確かに持っているのに見えないし、そのまま斬ってくるような感覚ですね」
「そんなにすごい人だったのか…… ちなみに歯車が砕けるとどうなるの?」
「世界からその歯車のことが消えます。情報なら、その情報が消えたり認識されなくなったり。物理なら、その場から引力が消えて入った瞬間にバラバラになるとか、星の光が消えるとか。空想ならその事について考えられなくなります」
「えぇ……」
「まぁ聞いた話なので、本当のことは分かりませんけどね」
砕理は過去何度か発動している。
「それはそうと、理操器の使用方法について説明しに来たんです。着いてきてください」
「えぇ、また座学か…… 世界観の情報量多すぎて疲れるんだけど」
「今回は実技です」
スノウはヘリオスの手を引っ張り、トレーニングルームへと押し込んだ。
「理操器を出してください」
ヘリオスは、大剣をどこからともなく出現させる。能力は自由な状態変化。分子それぞれが配列を記憶しており、気体になっても風で拡散されることはなく、液体になっても水で希釈されることはない。熱力学第三法則に反した代物である。
「まぁすぐ終わりますから。理操器も僕たち恒護と同じく、能力にエネルギーを使います。送り込む場所はどこでもいいです。しかし、メインとなるのはここ、この黒い玉です」
ヘリオスの剣にも、スノウのナイフである飛禽にも、鍔の辺りに黒い玉が埋め込まれている。
「この玉がエネルギーを使って能力を発動します。その方法は、多少技術はいりますが簡単です。剣は振ったら斬れるし、弓は引いたら放てるし。同じようにエネルギーを送ったら能力が発動します」
「あぁ……」
いまいち理解ができないヘリオスだったが、言われた通りエネルギーを送り込むことにした。
送り込む方法が分からない。
「こうやってギュッとやってシュッと」
スノウは飛禽の柄を強く握って押している。
「ギュッと……」
ヘリオスは手のひらと柄との間に何かが開通した感覚を覚えた。
「シュッと……」
ヘリオスの剣は、淡い赤の閃光と共に霧散した。
「あの、消えたんですけど」
「消えましたね」
「えっ、終わり?」
「まぁ、無いものを教えることはできないので。今回の講義はこれで終わりです。お疲れ様でした」
スノウは軽く頭を下げた。
「えっ!? ちょっと待って」
「あ、レポートですか? 期日は今日の深夜までに」
「うわダルぅ…… この授業切るか。そうじゃなくて、理操器が無いと恒護人生も終わるんだけど」
すると、ヘリオスの手から黒い玉が転がり落ちた。
「あ、あった。ずっと手に持ってたのか」
黒い玉から橙色の光が見え隠れしている。
「多分手から何かが流れ出てるような感覚にあると思います。それを遮断してみてください」
すると、ヘリオスの手から飛び出すようにして剣が現れた。
「……手品してる場合じゃないですよ」
「明らかにそういう能力でしょ。それはそうと、能力がどういうものなのか把握する方法ってあるの?」
「理操器と向き合えば自ずと分かります」
「練習あるのみか」
「道具というのはそういうものですよ」
剣の振り方を軽く教わっていると、ヘリオスの胸に言葉が響く。
『ヘリオス。少し通信室まで来て欲しいんだが、今時間あるかな』
『アフィンさん? お疲れ様です。すぐにでも伺えますが、どのようなご要件でしょうか?』
スノウと目配せしながら返答する。
『今環境調査部門である君に適した仕事が入ったんだ。緊急ではないからゆっくりで構わないよ』
『承知しました。では失礼します』
「アフィンさんからですか?」
スノウはヘリオスの剣を杖代わりにしている。
「俺に合った仕事があるらしい。ちょっと行ってきてもいい?」
「まぁヘリオスさんが良いのなら」
「ありがとう。じゃあちょっと行ってくる」
「頑張ってください。……あっ、ちょっと! 剣!」
無事に剣を受け取ったヘリオスは、通信室の扉を抜けた。その先ではアフィンに加え、ローゼン、フェアドレング、ゼセルが集まっている。何やら議論を交わしているようだが、ゼセルは傍らの椅子でクルクルと回りながらゲーム端末気を弄っていた。
「あ、ヘリオス。こっちだ」
アフィンが手招きをする。
「最近の調子はどうだ?」
「ぼちぼちですね。能力の操作もあとは練習を重ねるだけになります。それで仕事というのは?」
「まだ決まったわけじゃないんだ。ただ君の意志を聞きたくてね」
フェアドレングが刺すような視線をアフィンに向ける。
「彼はまだまともと呼べるような仕事をしていない。所詮、核が砂利の一部となるのがオチだな」
ローゼンが反論する。
「大きな仕事の経験も積むべきです。誰かが見ていれば問題無いでしょう。それこそスノウさんが適任だと思います」
「いや、私もそう考えたんだが彼女は顔が広すぎる」
再び議論が始まる中、恐る恐るヘリオスが質問をする。
「えっと、あのー…… なんの仕事か聞いてないんですけど……」
三人は顔を見合せた。
「すまない、悪い癖だな。ゼセル、もう一度あの記録を出してくれないか?」
「メモ取れよ」
「出した方が早い、与えられた役割を果たせ物資部門」
「欲しくてこの能力になってるわけじゃねぇのに」
ゼセルは、フェアドレングに向かって舌を出しながら歯車を顕現させた。眺めていると、不思議と内容が頭に入ってくる。
「ありがとう、ゼセル。見てわかる通り、プテリーガのとある国から調査依頼が来たんだ」
調査対象は依頼した国の同盟国。天の川支部への反対運動が突然、爆発的に拡大した。その運動は政府も巻き込み、現在は天の川支部との連絡でさえも断絶されている状態にある。
「その理由からあまり顔の広い者は使えない。現状適任と思えるのはヘリオスとゼセルだけでね」
「あいつ一人でいいんじゃねぇかな」
ゼセルは巧みなボタン操作で敵の攻撃を回避している。
「それは他人に仕事を押し付けるための言葉では無いですよ…… たまには外へ出たらどうですか?」
呆れたようにローゼンが言った。
「俺が呼ばれた理由は分かったのですが、これ俺たちが介入しても良い案件なんですか?」
「私もそう思ったんだが、どうやら本命はそれではないようなんだ」
ヘリオスは記録の内容を更に入手した。
その二国では現在病原体不明の感染病が発生しているようだ。粘膜からはウイルス、細菌などが見つからず、血液検査や検便なども陰性。媒介生物やヒトヒト感染における経路も未特定。症状は特に進行しているのが調査対象の国家であるため、その病原体の調査も兼ねて依頼している。
主な症状は咳、鼻水、痒み、神経痛に加え、徘徊、幻覚、独語などといった譫妄症状も見られる。
ゼセルの操作にミスが増加した。視線も、ブツブツと記録を読むヘリオスに向いている。
「大丈夫ですかね。一応、専門は生物学ですけど医学は分からなくて……」
「あくまで調査が目的であって解決が目的では無いから安心して構わないよ」
フェアドレングが隙をついて問いただす。
「専門ではない者を向かわせるのは不慮の事故を招きやすい。その場合はどのような補填をするつもりだ?」
「状況によるが故に未定だが、勿論真摯に行うつもりだ。責任は采配をした私にある」
「彼が虚偽の報告をした場合はどうする」
「その為のゼセルでもある。彼の記録操作の真髄は調査において遺憾無く発揮される」
記録操作。それは文字通り記録に関する能力。主に天の川銀河が有するほぼ全ての記録のデータベースと言えるだろう。彼はそれらの記録を自由に検索できたり、情報の正誤判定を行ったり可能である。また、その記録は他者も閲覧が可能だ。無論、国家の機密情報であろうとも。
だが、それらは情報の機械仕掛けの神により、許可が得られない限り一切の閲覧が禁止されている。故に、閲覧が可能な機密情報は誰かの日記や夢小説程度であろう。
「あ、おい。まだ俺ァ行くとは行ってねぇぞ」
しかし、ローゼンは彼の様子を観察していた。
「本音は行きたいご様子ですが。ゼセルさんがそこまで興味を示すことは、そうそう無いことですからすぐに分かりましたよ」
そう言って彼の手に指を向けた。その方向には、手が止まったことにより現れたGAME OVERの文字が。
「あっ。はぁ……行きゃあいいんだろ? 行きゃあよ。じゃあさっさと準備してくれ。こういう事にダラダラしたかねぇんだ俺ァ」
「その前にゼセル。これを被って行ってくれないか? 別に君のことを揶揄したいとかそういう訳ではなく、ただ依頼の関係上――」
アフィンはキャップを手に持っていた。ゼセルは暫くそれを怪訝に眺めていたが、何かに納得したように手に取った。
「あぁ、OKOK。別にアイツみてぇな問題は起こさねぇから、そんな歯に衣着せんなって。おめぇも早う終わらせてぇだろ。さっさと着いてこい」
ゼセルはヘリオスに向かって指をちょいちょいと動かした。
「本当に行かせるのか? 後悔する事になるかもしれんぞ」
フェアドレングは最後まで納得がいっていない様子だ。
「経験をさせないのもまた後悔の種だよ」




