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機械仕掛けの宙を廻りて  作者: ドフォー
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第24話【ドゥべーの歯車講座】

「ある程度上達しましたね」


 スノウに身体操作や体術などを教わってから地球換算で数週間が経過したヘリオス。クリースでの一件以降、他の恒護の任務について行くのみで、特に大きな任務を受けなかった。そのため、その合間を使ってスノウに教鞭を執ってもらっていたのだ。自身の理操器の扱いにも慣れてきている。


「やっぱり助言した通り、基本は鎌形態を使った方が良いかなと。普段は素早く動くことができる鎌、相手が手強い時は攻防一体の直剣、相手が好きを見えた時には攻撃力の高い大剣というようにですね。でも最初よりかなり上達したと思いますよ。次からは分からないことがあったり、ただ単に練習したかったりと来たい時に来るような感じで良いかと」


「ありがとうございます」


 ヘリオスは頭が上がらなかった。これでヘリオスには基本的な戦闘技術が身についたのだ。しかし、この授業計画で唯一入っていない項目があった。


「では次は具体的な能力のことについて聞きに行ってみてください。最初に言っていた通り、能力の操作については簡単に身につくのですぐ終わりますよ」


「誰が良いとかあるかな」


「ふーむ、僕自身が上手だと思うのはアフィンさんかドゥべーさんのお二人ですかね。あのお二人は特に能力主体で戦われることが多いので」


 ヘリオスは二人を探すためにトレーニングルームを出た。そして扉を出たところで再び頭を下げる。


「いやぁ本当にありがとうございます。色々教えてくださって」


「いやいやいいんですよ。僕自身これしか能がないもので。へへ」


 扉が閉まると、ヘリオスは速やかに探しに向かった。しかし、ヘリオスの不安は大きい。なぜならこの二人は特に出会うことが無いからだ。

 他の職員は大抵この基地内にいることが多い。対してアフィンは気が付けば現れ、気が付けば消える、正に神出鬼没。ドゥべーに関してはクリースの一件での集まり以降姿すら見ていない。


「どうしようか……」


 ヘリオスが考え込みながら歩いていると、何かに衝突した。前方不注意。


「――あっと、すみません」


「いえいえ、こちらこそすみません。私も前を見ていなかったものですから」


 背の高い女性が過ぎ去って行った。ヘリオスにとっては見たことがない人物だ。


「新しく入った人なのかな」


 そう思い踵を返して後を追うと、偶然トレーニングルームから出てきたスノウとその女性が鉢合わせていた。


「あ、ドゥべーさん。ちょうど良かったです。ヘリオスさんに能力についてのことを色々教えてあげていただけませんか? 今ここ空けますんで」


「え、あんな見た目だったっけ……」


 ヘリオスの記憶では、巫山戯ているかの如く筋肉量の多い男性だった。筋肉のせいでタンクトップが虐められていたという記憶もある。


「ヘリオスさんもこちらに」


 スノウが手招きしている。


「あぁ、はい」


 スノウに誘導されるまま、二人はトレーニングルームに入った。


「改めまして自己紹介をさせていただきましょうか。ドゥべーと申します。所属は整備部門、主な業務はこの基地本体と備品の修理や、各星における国家に配置した我々直営の銀行『散光星雲』の建築や維持、被害に遭った地域の復興などです。勿論、筋肉の整備も欠かしておりません。どうです? 私腹斜筋が一番好きなんですよね。見た目だけですが変えて差し上げましょうか?」


「はい、ご遠慮させて――」


「あぁ、すみません。もう変えてしまいました」


 服を捲るとそこには見事なワンパックに走るバキバキの腹斜筋。大根おろしが作れそうだ。


「わっ、すごい……見事すぎる。剥ぎ取ってオークションに出したら絶対高値で売れますよ」


 スノウが口元に手を当てながらマジマジと見つめている。


「ワシントン条約で保護されてるからダメだよ」


「因みにこれは私の能力『投影操作』によるものです。簡単に言えば幻覚を見せるものです。通常、幻覚は認識する側が主体ですが、こちらは幻覚が主体となります。なので同じ幻覚を複数の対象に、それに加えて立体的に見せることが可能です。話の邪魔なのでその腹斜筋戻しておきましょうか」


「あぁ…… 勝手にやられたけど、戻されたら戻されたで虚しいな」


 ヘリオスの腹は元のツルツルに戻ってしまった。サルスベリか?


「そういえば、初めてお会いした時は筋肉モリモリマッチョマンだった気がしたんですけど、その姿に変わられてるのも能力によるものなんですか?」


 ドゥべーは自身の姿を見せるように回転しながらそうだと言った。


「ヘリオスさんは滅多に会ってないと思うので知らないと思いますが、この人会う度違う姿してるんですよ」


「元の姿を覚えてないもので…… 5億年前からいる故なのかもしれませんが」


「じゃあその姿はオリキャラってことなんですか?」


「ちゃんとファッション雑誌から選んでますよ。モデルさんごと」


「それ何かしらの権利とか法律に抵触しません!?」


「平気ですよ。きちんと私的利用の範囲なので。それよりも見てください。ここの上腕三頭筋とか拘って――」


 ドゥべーが目を輝かせながら腕を捲ったところで、スノウが咳払いを一つ。


「ドゥべーさん、話が逸れまくってるのでそろそろ能力の話を」


「これは失礼。白熱しかけるところでした。それでは早速基礎のところから」


 ドゥべーの傍に青色の歯車が出現した。


「これは歯車です。……あ、食べないでくださいね?」


「馬鹿にしないでください、赤ちゃんじゃないんですから。……え、実は美味い?」


「ヘリオスさんも乗らないで――あ、ぶどう味」


 仮面を頭の横につけたスノウが紫色の歯車を齧っている。縁日だろうか。

 青色の歯車の近くに赤色の歯車、そして黄色の歯車がそれぞれ出現した。歯車は、一番大きな歯車を基礎に、小さい歯車が、そしてそれを基礎に小さい歯車が重なっている。それぞれの段の歯車は精巧な時計のように複雑な機構を持っており、また歯車全体も時計回りにゆっくりと回転していた。


「能力は大きく三つに分けられます。『物理』『空想』『情報』。味はいちご味、レモン味、青色一号味」


「それかき氷じゃないっすか。てか滅多にブルーハワイを着色料の方で言わないでしょ」


「ではC37H34N2――」


「早く進めてください」


 スノウが紫色の歯車を口に咥えながら注意した。ドゥべーは軽く咳払いをし、三種の歯車をヘリオスの前に動かす。それぞれが色の三原色のように噛み合い、ゆっくりと等速で時計回りに再度回転し始める。


「気を取り直して。歯車、一文字で表すならば(ことわり)、二文字ならば基礎、三文字ならば無常観、四文字ならば森羅万象。この世の全てを表すもの。それがこの歯車というわけです」


「そんなものを俺たちは操るんですか?」


 ヘリオスは自身には手に余るものだと思っているようだ。


「そう恐れることはありません。我々が操るのはほんの小規模です。通常は人一人分、できて都市一つとかの規模。そもそも操作するためのエネルギーが莫大なのでね。だから我々は核融合でエネルギーを作り出してるわけです」


「じゃあこの宇宙全体に干渉できる程の人はいないということですか」


 ヘリオスは安心したように言う。


「現状機械仕掛けの神ぐらいですね」


「えーっと、アズマさんでしたっけ?」


「後はアンドロメダ支部のF・ドミンとファントム支部のリナリアですね。我々が接触できるのはこの三人です。では、それぞれの歯車の種類について解説していきましょうか」


 融合した歯車から赤色の歯車のみを取り出して、ヘリオスに見せた。


「物理。文字通り、この世の物理的な現象を表す歯車。この歯車が無ければ存在することができない、即ち世界の基盤。物質、運動、波。ありとあらゆる物理法則を支配し、手中に収める能力です。主な使用者はスノウさんですね」


「はい、出番ですか?」


 奥でロットネスの素振りをしていたスノウが振り返り、ドゥべーの横へと歩いてきた。


「スノウさんの能力はどのようなものでしたか?」


「僕のは光線操作ですね。単純にこうやって」


「うおっまぶしっ」


 ヘリオスの目に光が照らされた。上から降り注ぐ電灯の光が曲げられ、ヘリオスへと向けられたようだ。


「教わる側にしない方がいいのでは……?」


「確かに」


 ドゥべーの目に光が照らされた。


「あっ、眩しっ。私にやれば良いという話でもなく」


 スノウの前にいたドゥべーは、気が付けば彼女の背後から肩に手を置いていた。


「え? あっ暗っ。ああぁぁぁ…… 」


 スノウは頭を壁にぶつけたり転んだりとゾンビのように去っていった。


「目を塞ぐ幻覚を作りました。暫くあのままにしておきましょう。話を戻して、彼女の能力は光の操作。屈折反射や収束拡散、それを利用して索敵や通信も可能だとおっしゃっていました」


 適応したのか、これも修行の一つだと考えたのか、暴れ回るサンドバッグに打撃を打ち込んでいた。時々反撃を喰らいながら。

 ドゥべーは続けて青色の歯車を前に出して説明を始める。


「情報。この世の全てを記述する歯車。この歯車が無ければ、存在しているか分からない、即ち世界の個性。記録、伝達、五感。ありとあらゆる情報を手に入れ、上書きする欺瞞の能力です。主な使用者は私ですね。能力は散々見せたので次に行きましょうか」


 要するにドゥべーの能力は、"世界に上書きし、幻覚がまるでこの世に存在しているかのように大多数に認識させる能力"とでも言おうか。

 ドゥべーは次に黄色の歯車を前に移動させた。


「空想。この世ならざるものを表す能力。この歯車が無ければ、存在していないものを作り出せない、即ち世界の希望。数式、仮説、虚偽。不可能を可能に、可能を不可能にしこの世に抗う能力です。主な使用者はカロリックさんですね」


 ヘリオスの視界に映る壁や床が細かな粒子によって満たされる。これもドゥべーの能力の一環だ。


「熱素。どこかの土地で誰かが提唱し、そして否定され消失した仮説。彼女はそれを現実に落とし込み操ることができる。まるで熱素説が真実だと抵抗しているかのように。そういう感じの能力です」


「要するに物理と情報の補集合ということですか?」


「厳密には違いますが、感覚的には同じですね」


 厳密の部分を説明するならば、情報と物理と空想の集合にも共通部分がある為、補集合にはならないということである。そもそも補集合が存在しない。


「一見すると範囲が広そうで漠然としてたんですが、結構単純そうですね」


「そうとも限らないんですよ。"魔法"ってありますよね。正しく空想の産物筆頭の。手のひらの上で炎がメラメラと燃え盛ったり、雷が手からバチバチと走ったりしますが、それはどれに三つのうち分類されると思いますか?」


 ドゥべーは手の上で炎や稲妻を投影した。


「空想……いや、物理です。炎の場合は運動エネルギーを加えて、雷の場合は電荷を偏らせるみたいなことができるので」


「そう、その通りです。空想の能力はこの世ならざるものを表す能力。この世のもので実現できる事象は空想には分類されません」


「でもさっき数式も空想に分類されると。それって数学とかの事ですか?」


「えぇ。アフィンさんの能力が分かりやすいですね。彼の能力は座標操作。簡単に言えば座標空間をこの世に適用するもの。確かにこの世には座標という概念が存在します。惑星上の場所を緯度経度、即ち地理座標系で表すこともあります。しかし地上には元から緯線経線なんて引かれてる訳ではありません。人間が勝手に作り出したものです。あなたは野生の導関数を捕らえたことはありますか? 写真を撮ったらcosθが映りこんだことは? 無いですよね。そういうことです」


「でもそれって情報に分類されるのでは?」


「鋭いところを突きますね。しかし安心してください。数式をこの世に落とし込むのが空想。数式を書き換えるのが情報です。例えば、ヘリオスさんを微分するのが空想の能力、ヘリオスさんにf(x)=x^2をf'(x)=xと誤認させるのが情報の能力ですね」


 ヘリオスは納得したように声を漏らした。


「現時点で質問はありますか?」


 一つの引っかかる点、ここまでの説明を聞いたならば必ず訪れるだろう。


「スノウの歯車、赤でも青でも黄色でもないですよね。混ざってるんですか?」


「良い着眼点ですね。そうです、複合能力です。ただ、複合と言っても珍しいものでもなく、寧ろ標準です」


 ドゥべーは、赤色の歯車と青色の歯車を複雑に噛み合わせて、一つの歯車へと変えた。それは三つが噛み合わさっていた時とは異なり、完全に融合していて色も紫色に変わっている。


「能力は基本的に情報と何かのセット、もしくは情報単体であることが多いです。物理と空想が単体であることは少なく、ここでも使用者はカロリックさんのみ。物理と空想のセットは三つの支部の中で同時に存在しても二人か三人。三色同時となると歴史に残るレベルです。記録上でも、現在一人しか確認されてません。ところで、ヘリオスさん。宜しければあなたの歯車も見せて頂いても? 対象は適当にあのベンチでも」


 ヘリオスは自身の歯車をふと思い出した。確か黒色であったと。


「……これですよね」


 彼の隣にはゆっくりと回る黒色の歯車が一つ。ドゥべーはそれを様々な方向から観察している。


「……やはり。久しぶりに見ました。様々な感情が入り交じったあの時を思い出すなぁ」


「見たことがあるんですか?」


「えぇ、その言っていた一人というのは丁度私の代で、それもここ天の川支部所属の恒護だったんですよ。今はもう恒護ではないですが」


「あぁ、退職した後に転生するかみたいなの」


 観察を終えたドゥべーは、先程までの柔和な顔から一変して真剣な顔となっている。


「その使用者はとても苦悩していました。理由は操作が難しいからです。能力のジャンルの幅と消費エネルギーは比例、精度は反比例の関係にあります。情報・物理・空想の組み合わさってる種類が多いほど消費エネルギーが多くなり、少ないほど精度が良くなります。理由は処理する情報量が多いからですね。なので、不安を煽って申し訳ありませんが、ヘリオスさんはその能力を十全に扱うことができない可能性が高いです。努力でカバーできることではありますが、その努力量は尋常ではありません。その分、発揮出来るパフォーマンスは他よりも高くなりますね」


「そんな複雑なものだとは…… 能力名からてっきり単純なものだと」


「ちなみに能力名はなんと言われましたか?」


「引力操作と……」


「引力操作…… この歯車でそんな単純なはずがない。この幅なら引力以外にももっと出来ることがあるはず。引力だけならまるで情報と物理の複合のような――」


 ドゥべーは考え込むようにしてくるくると歩いていると、突然何かに気付いたように口を開けた。


「あれ今私アズマの優しさを無下にしましたか? ああぁぁ……すみません。そうですね、確かに空想の部分を無視して情報と物理を極めた後に空想も考慮したら上達しやすいですね。よしそれでいきましょう」


「えぇ、まぁ、はい」


 何が何だか分からないヘリオスはそのまま了承した。


「では次は歯車の基本的な構造を――少しうるさいですね」


 背後で鳴り響く殴打音。ドゥべーは複数に分身し、スノウへと歩いていった。


「はい。いやうるさいと言われましても他にすることがないので。あ、ちょっと。僕今前見えないので――あっちょわぁぁぁ!」


「勝ちました」


 スノウがドゥべーをズルズルと引っ張ってきた。


「勝手に話逸らすのやめてもらっていい?」


「筋肉にもできないことがあるんですよ。うるさい云々の前に大規模になるので場所を移しましょうか。スノウさんもご協力ありがとうございました」


「いえこちらこそ。それよりも早く能力解除してもらってもいいですか?」


 場所は変わって大部屋。トレーニングルームよりも天井が高い。


「では基本的な構造について説明していきましょう」


 青色の歯車が天井の高さに匹敵するほどに拡大された。


「見にくくないですか?」


「見にくいですが、少し我慢してください。ではこちらと比較して何か気付く点はないですか? 両方とも同じものを表す歯車です」


 巨大な歯車の隣には先程までと同じ歯車が回転している。


「えー? あぁ、層の数とか」


「正解です。そうです、層の数です。わざとでは無いですよ。実はこの小ささの歯車でも、この量の層があったというわけです。加えて歯車の数も、肉眼で見える量が違います。こんな感じで歯車は三種の要素に分けられます。歯車そのもの、(けい)(しつ)、分類における歯車の特徴。では一つ一つ説明していきましょうか。まずは歯車そのものから」


 ドゥべーはどこからともなく指示棒を投影させた。便利な能力だ。


「歯車が2種類あることが確認できると思います。時計回りの大きな歯車と反時計回りの小さな歯車。ここで意味を持つのは大きい方です。我々は普段この大きい方を操作します」


 大きな歯車が別の小さな歯車と噛み合ったり離れたりを繰り返している。


「この大歯車にこの世界のことが格納されています。情報であれば例えば腕に関する遺伝情報とか、物理であれば物体Aと物体Bの間に働く引力とか、そんな感じです。対して、小歯車にはそれぞれを繋げる働きがあります。物体Aと物体Bの間以外にも物体Cと、物体Dとの間にも引力はありますよね。それぞれを同じ現象とするためにこの小歯車の接続が必要となります。裏を返せば、物体Aと物体Bの間に働く引力のみを取り除く、ということもできます。少々お待ちください」


 ドゥべーは倉庫へと入っていった。数分後、戻ってきたドゥべーは様々な色の球を抱えていた。手には磁石も持っている。


「本来なら磁石二つで事足りると思うのですが、それだと電磁気力専門みたいになりますものね。ゴムボールも持ってきました。ではまずは歯車の接続の練習から。棒磁石が二つ、くっついてますよね。これをくっつかないようにしてください。方法は何でも構いません」


「何でもと言われても……」


 離す、一般的には斥力があるだろう。他にも持ち上げた時にもう一つが繋がっていないという状態も考えられる。

 クリースにて、ナイフを引き寄せる時には感覚的な面が大きかったため簡単にできたが、具体的な方法を行うとなると難しいものである。


 磁石を見つめ、歯車を顕現させる。は車を通して二つの磁石に働く電磁気力が磁力線として見える。重力が下に働いている。垂直抗力がかかっているのが分かる。終いには磁石を構成する分子の、原子の、原子核の間に働く力が。

 様々な力が線として見えているためか、徐々にヘリオスは目眩を引き起こし始めた。


「おっと」


 倒れかけた彼をドゥべーが受け止めた。


「得てしまう情報量が多いんですね。そうなると情報を処理するためにエネルギーと時間を無駄に使ってしまいます。まずは、磁石と磁石の間に働く力だけを考えてください。どこからどこに、どのくらいの力で、このようにピックアップするんです」


「どこからどこに……」


 そう意識すると、二つの大歯車が小歯車と噛み合い、その後ろにさらに一回り大きな一つの歯車が共に回転しているものが出現した。見た目が近いものと言えばギ○アルだろうか。

 それを通して、磁石と磁石の間を忙しなく往復する線が複数、ヘリオスの目に映し出されている。


「あ、確かに楽ですね。それに歯車も小さくなってます」


「良いところに気付きましたね。そこは形と質の部分に繋がってきます。ですがまずは課題をクリアしてみましょうか」


 課題、磁石と磁石が離れるように。斥力を働かせるには引力とは逆の方向に力を働かせる。しかし逆方向に働かせるにはどうすれば良いのか。逆回転? 歯車を裏返す?

 まだ習っていないことは控えた方が良いだろうと考えたヘリオスは、引力を働かせないという方法に変更した。


 ドゥべーが言っていたことをそのまま行うならば大歯車を小歯車から離せば良い。だが、ヘリオスにはどれがどれか分からなかった。


「それは一つだけを見ているからだと思いますよ。広く見てみてください。見える世界が変わってきますよ」


「広く……」


 ヘリオスは先程まで歯車から通した世界のみを見ていた。広く、そして歯車全体を見ると答えは瞭然であった。


「あっ、大歯車二つと小歯車一つだけだ」


 実は単純な話だったのだ。

 ヘリオスは大歯車一つを小歯車から離した。


「さ、一つを持ち上げてみてください」


 言われた通り、ヘリオスは磁石を一つ持ち上げた。文字通り一つだけ。


「あっ、繋がってないです」


 普通なら二つ繋がったまま持ち上がるだろう。余程弱い磁力で繋がらなくとも、持ち上げる時に少し引っ張られるはずだ。しかし、今は木の棒と木の棒が並んでいたかのように、一つ()()が持ち上がった。


「それでは、この棒磁石を手に持ってる方にくっつけてみましょうか」


 ドゥべーが、三本目の棒磁石を近づけると普段通りに引き合った。しかし、再度机に置かれている棒磁石とは引き合わない。


「これが歯車、世界の理です。机の棒磁石との磁力をnullにしたというわけです。続いては形と質について話していきましょうか。大歯車と小歯車の集合体が複数連なってますよね。この集合体が質です。そしてそれを飲み込むようにして回転している更に大きな大歯車がありますよね。それが形です。物理であるならば、素粒子から宇宙全体の物理現象。情報であるならば、素粒子の場所、運動量からグレートウォールの構造。それぞれが形であり、質です。空想は……すみません、分からないです。空想は少し他二つとは一線を画しているので」


「えーっと、つまり?」


「つまり、形は磁石に働く力についての歯車、質がその中の磁石同士に働く磁力ということになります。そして、磁石に働く力についての歯車が質であるならば、磁石そのものについての歯車が形になります」


「あぁ……うん、まぁ。はい――分からなくは無いです」


 苦虫を噛み潰したような顔を浮かべているヘリオス。ドゥべーもその気持ちがよくわかっている。


「お気になさらず、私もよく分かってないんですよね。誰が定義したんですかね。まぁ一応、そのようになっているだけで難しく考える必要はないですよ。腕を動かすために骨をこの角度で動かして、上腕二頭筋を何cm収縮させてとか考えませんよね。それと同じで歯車の操作もすぐに感覚で理解できます」


「少し安心できました」


「では次に分類における歯車の特徴について説明していきます。実は分類ごとに歯車の動き方が異なっていまして、特にわかりやすいのが物理です。物理の歯車は対称性というものを持っていまして。主に三つ、性質、空間、時間です。歯車を裏返すと電荷やスピンなどが逆転し、歯車そのものを鏡写しの状態にすると空間が反転し、歯車を逆回転させると時間が反転します」


 ドゥべーはその様子を投影させながら説明する。


「えっ、それってかなり無法じゃないですか?」


「無法ですよ。これができるのは機械仕掛けの神程度ですから。これができない理由についてはまた後で説明します。ちなみにですが、物理の歯車において回転を速くすることは可能となっています。回転を速くするほど、時間の進みが速くなります。即ち、ヘリオスさんの能力から言えば引力が強くなる、といったものでしょうか」


「時間の反転は許されてないのに、ですか」


「川の流れを速くするのは簡単でも、逆流させることは難しい、みたいな感じですかね。脱線しましたが、情報の能力もその特徴がよく現れていて、歯車を通して世界を見ることができます。恐らく先程もヘリオスさんは磁力が見えていたと思います。それが情報の歯車の特徴ですね」


「じゃあ、この能力が無ければ何も見えないと……?」


「そうです。だから基本的に能力は情報とセットになっているんです。情報が無ければ、そこにあるんだろうなという勘で操作するしかありません。その分、自身の能力と向き合う時間が多くなるので精度は上昇します」


 第六感にも近いだろう。


「空想も顕著に特徴が現れていて、歯車が自由に動きます。例えばローゼンさんの蟲孔操作。彼女の能力も空想ですが、なんと歯車がワームホールそのものとなっているんです」


「入れるんですか?」


「入れちゃうんです。他には、天の川支部ではないですが、歯車で殴ってくる人もいましたね」


「角があるからダメージデカそう」


「では最後に能力そのものについて話していきましょうか。ヘリオスさんはなぜ自分がこの能力を持っているか分かりますか?」


「あ、考えたこともなかった。そういうもんだと」


「実は結構明確に決まっています。前提として恒護の総生産エネルギー量は一定か、個人差があるか。どっちだと思いますか?」


「変わってくるんじゃないですか? 太りにくい人太りやすい人、とかみたいな」


「実は一定です。ゼセルさんみたいに小柄な人でも。あ、なんか寒気が。それはいいとして、皆さん総生産エネルギー量の整数値には全く違いが見られないんです」


「整数値? 小数点以下は変わってくるんですか?」


「良いところに気づかれました。やはり一つとして同じものはなく、小数点以下は変わってきます。.0052486Jや、.0052472Jのような些細な違い。その小数点以下の変化に能力の割り振りが関わってくるのです。能力を使うにもエネルギーが必要です。しかし能力ごとに要求されるエネルギー量が変わってきます。その水準と合致する総生産エネルギー量を持つ恒護がそれを操作する権利を得られるのです」


「では、総生産エネルギー量を上げれば能力も変わってくるんですか?」


「その通り。燃料である水素を注入すればするほど能力の形の限界も拡大していきます。一時的ですし、身体の負担も大きくなりますが。あとは、物理では対称性の操作もできるようになるかもしれませんね」


「ということは機械仕掛けの神は総生産エネルギー量がとんでもなく多いんですね」


 その言葉を聞いたドゥべーは困ったような表情を浮かべた。


「あぁ……機械仕掛けの神はまた違った話でして、どちらかと言うとエネルギーの要求が免除される、という言い方になりますね」


「免除?」


「詳しくは話せませんが、なんというか…… うーん、我々は念力のようなもので歯車を操作するのに対して、彼らは手で掴んで回してる、というイメージでしょうか」


「トンネル効果みたいな?」


「実はそれはまた違う話になりますね。まぁどういうことかと言いますと私の口からは説明できないということです。ちなみにトンネル効果の方ですが、それは一般的に言う超能力の話になります」


「超能力。スプーン曲げとか?」


「はい、そうです。通常、歯車の操作は恒護にのみ許された特権。物理的に恒護にしかできない所業です。しかし現実というのは可笑しなもので、ごく稀にただの生物がこの歯車の一部を操作できることがあるんです。まぁ本当に一部で、我々のように○○操作と名付けられるほどのものではありませんが」


 ドゥべーは疲れたように、軽く息を吐いた。


「これで能力に関しては粗方話しましたね。ご質問はございますか?」


「すっと浮かんだ質問がありまして。空想のことを存在しないもの作り出せない世界の希望、みたいなことを言っていたと思うんですが、空想が物理や情報に再分類されることはあるんですか?」


「あー、確かに。結局空想は空想の産物で再分類されることは滅多にないですね。結局技術も物理の範囲内でできることが多いので。しかし二つ事例があります」


 少しドゥべーの雰囲気が変わった。ヘリオスの胸の中に聞いてはいけないことを聞いてしまったのではないかと、不安が込み上げてくる。


「一つはワームホールショックというもので、元々はワームホールは空想に分類されていたのですが、ある時偶然開発に成功してしまったことがあるんです。現在でもところどころ使われている場面はありまして、その代表例がエクスロテータ。ワームホールの一部の仕組みが物理へと再分類されました。しかし実際のところ、正確な座標指定ができないので、全体的にはローゼンの能力からも分かる通り空想に分類されています」


 ドゥべーの顔が徐々に曇ってゆく。


「二つ目がタイムショックというものです。これは天星間則にも禁忌として指定されているタイムマシンが開発されてしまった事件です。タイムマシンは恐らくヘリオスさんの母星でも提唱されていると思いますが、非常に危険な道具となります。親殺しのパラドックスが起こった場合どうなるのか。平行世界が生まれる場合、犯人の捕え方は? 生まれない場合は世界は維持できるのか? 様々な問題が付きまといます。それ故の禁忌。それを、この天の川銀河における一つの惑星が開発してしまったのです」


「す、すみません…… もしかしたら良くないことを聞いてしまいましたでしょうか……」


「いえ、大丈夫です。大きな事件は知っておくべきなので。その惑星の名前はオクシデルキス。元々ここと契約していた星で、今は我々によって滅ぼされました」


「滅ぼっ……えっ?」


「天星間則により、タイムマシンの存在を知った者は特例により殺害することが許可されています。しかし、残酷なことにその存在をほど全ての人間が知ってしまったのです。偶然知らなかった者は我々の庇護下に置いていましたが、やはり人数が少なかったが故にそのまま滅亡してしまいました。私もその掃討戦に参加していましたが、やはり圧倒的な力により罪無き人を蹂躙するのは心地好いものではありません」


「すみません……お辛いものを思い出させてしまって」


「私は大丈夫です。辛かったのは彼女たちの方ですから。ただ知ってしまったというだけであの惨状になってしまった。開発してしまった研究者の方々も悪気があったわけではなく好奇心だったのでしょう。今は徹底した情報統制と認識の操作によって再び空想の領域へと戻せましたのでご安心を。他にご質問は?」


「あぁ、いえ。もう大丈夫です。ありがとうございました」


「いえいえ。ヘリオスさんも深く考えないでくださいね。もう何億年も前の話ですので。取り敢えず、ヘリオスさんは量を削減していない磁石一個分の歯車を操作できるようになることを目標としてください。単純化すればする程、扱いは易しくなりますが盲目的になります。上腕二頭筋を動かすことはできても、腕を上手く扱えなければ強くはなれないですからね」


(あと一個、砕理のことについて聞きたかったけど、これも要項の禁忌の話だし今はやめた方がいいかもな)

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