第23話【過去から追った解答例】
スノウが一人で研鑽を積む中、トレーニングルームにノックが響く。
「少しお邪魔しても良いかな?」
「どうぞ。えっ?」
部屋に入ってきたのはアズマだ。思わぬ人物にスノウは軽く萎縮してしまっている。
「ふむ。その拳を速く打てるよう、鼓舞しようか?」
「……?」
自慢げな表情を浮かべた。しかし、スノウは依然として固まっているためもう一つ。
「ナイフを持ってないふりしているな」
アズマはまるで優勝したかのような雰囲気を醸し出している。
「……何しに来たんですか?」
「ダジャレを伝えに来た。違う、用件を伝えに来たんだ」
「そうですか。ちなみに親父ギャグって何歳ぐらいから言い始めるか知ってますか?」
「少なくとも私の年齢からでは無いな。この若さだ!」
タマゴ肌の頬を擦りながら言う。
「触るか?」
「結構です。ちなみに今は何歳なんですか?」
「三億」
「親父は何歳なんですか!?」
「すまない鯖を読んだ。五億だ」
「変わらないですって。読めてないですよそれ」
「なんだ? 私がババァとでも言いたいのか」
「その年齢はババァどころじゃないじゃないですか……」
「ではビビィか」
「最早ボボォとかじゃないですか? 何の話ですか? 用件を早く言ってください」
「エクスロテータの裁判結果だ」
驚愕。
空気が一転する。
「技術退行措置においては、彼らは高度に発展した文明とは言えぬほどにまで水準が低下した。そのため彼らは今後、天の川支部の庇護下に置かれる」
「そうですか……」
両価的。
スノウの様子を気にすることはなく淡々と続ける。
「続けて、今回の首謀者であり、クリースの植民地化の関係者と考えられるミーン大統領の刑罰。エクスロテータとクリースにおける刑事法から統合的に判断した結果、死刑が確定した」
スノウは口を噤んだ。
「そして君を死刑執行人に任命しようと思う。無論辞退は可能だ。その場合は然るべき機関が執行することとなる」
一枚の書類をスノウに差し出した。彼女を死刑執行人として任命し、今後この任務に関係する不利益が発生しないこと、そしてそれに見合った対価を保証する内容が記されている。
「署名は何時でも構わない。死刑執行日は未定だ。じっくり考えるといい。君が負う責任は皆無なのだから」
「本当に"何時でも"ですか?」
「嗚呼、"何時でも"」
逡巡。
両手の人差し指と中指を軽く動かすと同時に気配を消失させた。スノウは書類に目を落とし、軽くため息をつく。
「こんなに重い紙は初めてだな……」
☆☆☆
「失礼します」
小屋の中にノックが響く。
「その声はXか…… 構わない」
安堵。
ミーン大統領。エクスロテータを惑星規模で統治していた機関の長。世襲制であり、彼の父がクリースを植民地化させた。
「君とあろう者がそんな不安な顔を浮かべてどうした?」
ミーンはクリースへの攻撃が失敗した後、信頼できる護衛をつけて逃げるように山へと隠居した。裁判も負けを悟ってか代役を立てての出席。死刑判決を受けてから、山から谷へ、谷から洞窟へと拠点を転々とさせている。
「何とか言ったらどうだ? 目が泳いてるぞ」
動揺。彼の声も震えている。
コードネーム:X。ミーンと昔を共にした部下であり、護衛隊の隊長である。翻訳上、Xとなっているが、実際はXに位置する文字ではなくXのように交差している文字が割り振られている。
「死んだら、どうなると思いますか?」
扉の前で立ちすくみながら呟いた。
「……まぁ座るといい」
心配。
Xはミーンの対面の椅子に腰をかけた。
「教義から言うなら、間違いなく俺は冥府の番人に魂を貪られるだろうな。罪人に正式な葬儀なんて行われるはずがない。科学的にはわからんがな。君もその覚悟で来たんだろう?」
ミーンは天を仰ぐようにして背もたれに身体を預けた。
「以前貴方に申した通り、何となくですが私には他者の目からの景色が見えます」
懐古。
「あぁ、あの時のな」
「死んだ後もそんな感じじゃないかなと」
「と言うと?」
推考。
「死んだ後は誰かの視界から開始するんじゃないかということです。それは産まれた直後だけでなく、子供だろうと大人だろうと老人だろうと。それこそ死に瀕している人であろうと」
「魂乗り移るということか?」
「魂ではないです。我々は遺伝子や環境などによって性格が決まり、脳によって五感が処理され行動や思考などを出力します。つまるところ我々は物理現象によって動いているだけで、極論"個"なんてものは存在しないんじゃないかと」
「うん?」
困惑。
「監視カメラみたいなものです。カメラが映す世界は一つだけですが、それを統括するモニターに全てが映っていて、一つの画面を取り上げることができる。そして監視カメラは識別番号や傷や汚れ、企業による筐体の意匠などの多少の違いはあれど、全て同じ"監視カメラ"であって個としての認識は薄い。本体も結局監視カメラ自体ではありません」
「はぁ」
ミーンは納得していないが、関心の眼差しを向けている。
「人、いえ生物もそれと同じでどこかに本体となる何かがあって、ただ自分というカメラから世界を見て、マイクから世界を聞いているのではないかと」
「つまり私は君を見ながら、同時に私を見ているということか?」
「はい。我々は違う存在に見えて、ただ媒体が違うだけで同じ存在。私は君であって君は彼であって彼は彼女である。君が殺したクリースの者達も、天の川支部の職員達も。皆同じだ」
恐怖。
ミーンは椅子ごと倒れながら距離をとる。
「だ、誰だ貴様は! Xはどこに行った!」
「誰だと言われても、Xであることに変わりは無い。場所は変わってないであろう」
焦燥。
ミーンはポケットを執拗なまでに漁り、勢いで飛び出したスイッチを力強く押した。しかし変化は無い。
「護衛はどうした! なぜ来ない!」
「彼らは帰した。今頃、自宅で寛いでいるだろう」
ミーンは引き出しから拳銃を取り出し、銃口を向けた。トリガーには両手の人差し指がかかっている。
「う、動くな…… 動けばお前の頭に風穴ができるぞ」
「できない。その位置では、風穴ができるのは頭ではなく帽子だ」
銃身を掴み、位置を修正する。
戦慄。
ミーンの銃を持つ手から力が抜ける。
「座るといい。客人を呼んでいる。彼女とゆっくり話してもらいたい」
扉を開け、その客と入れ替わるようにして小屋を後にした。
「……初めまして、天の川支部護衛部門のスノウと申します」
「クリース人か……」
ミーンは銃を持つ手に再度力を込め、彼女を睨みつけながら腰をかけた。
「僕がこちらへ訪問させていただいたのには他でもなく、エクスロテータがクリースに固執する理由を聞きに来たのです。なので僕には敵意が無いので、銃を置いてください」
スノウは携帯しているロットネスや、理操器である飛禽をミーン側へと滑らせた。ロットネスはクリースにおける武力の象徴であり、誇りの一つ。ミーンはそれを理解しているのか、静かに銃口を自らに向けながら置いた。
「なぁクリース人」
沈黙の後にミーンが口を開く。
「スノウです」
「スノウ。私を、クリース人を憎んでいないのか?」
「もちろん憎んでいます。酷い行いをされてきましたし、最近にもされました。でも、中にはクリースを助けようとする人もいたのです。なので、まずは理由を聞くことにしました」
「そうか……」
ミーンは目を閉じ、暫く黙った。
「理由は、君たちが滅ぶからだ」
スノウは机を強く叩きながら立ち上がった。
「黙って最後まで聞け。逆に問おう。君はクリースの構造に一つも疑問を抱いたことがないのか?」
「あります。プラスチックやチタンの層であったり、地下の構造であったり、太古の光であったり。でも全世界の学者が分からないものなので、そういうものなのかと――」
「私は知っている」
スノウは口を閉じた。
「正確にはまだ予測の域だがな。そもそも赤色巨星を周回する惑星に生命がいること自体おかしな話だ。初めは資源の採取が目的だった。父の代だ。帆船座3番星cが見つかり、そこにはマントルが無いにも関わらず莫大な金属が埋まっていることがわかった。資源採取にうってつけの星だ。惑星調査のために探査機を向かわた。その金属の一つにチタンがあると分かり、その下には放射線を通さない地下道もある。直ぐに調査班を向かわせ、そして君たちと出会った」
スノウは静聴している。
「父はすぐに悟った。この極限的な環境と我々の、エクスロテータ人の故郷にあるとある場所とが非常に酷似していることに」
「どういう場所なんですか?」
「致死的な放射線の壁に守られた場所だ。だが、君たちならば数ヶ月ならば耐えられる場所でもある」
スノウは前のめりになりながら聴いている。
「それは――」
狼狽。
ミーンが口を震えさせながらスノウの後ろの壁を凝視する。
「続けろ」
「……それは、ブラックホールに近い場所だ。父は、そこに近づけさせぬようクリースを支配し、私はそれを引き継ごうとした」
スノウが後ろを振り返ってもそこには何も無い。
「そのブラックホールの近くには何があるんですか?」
「さぁな、そこまでは分からない。だが、確実に教えられることはある。それは――」
スノウの目の前に任命書とペンが出現する。
「……それは、クリースは誰かの手によって作られた惑星であり、軍隊だ。我々は君たちを死地に向かわせることを力ずくでも阻止したかった」
「……」
スノウは任命書に目を落とす。
「私の死刑執行人に任命する書類だな。逃げたって無駄なんだ、さぁサインをして殺せ。私は君の仇だ」
どこか隠されており、確実なことはスノウには分からなかった。だが、大義だということは伝わっていた。
対して自身は敵討ちという安直な考えで、天の川支部に泥を塗ってでも殺害をしようとしていた。
そして、ミーンの言葉が嘘であったとしても、それに少しでも流されてしまっている自分の単純さが悔しかった。
ペンは手に取れても、それを進めることはできない。そんな彼女の肩に、誰かが手を置いた。
「それが君の選択であるならば構わない。然るべき機関が引き継ぐこととする」
ミーンの背後に複雑に噛み合った青い歯車が出現する。それは一定の速度で回転し、それぞれの歯車が個別に移動を繰り返している。
「只今よりスメンフレッド=ルティペオル・ミーンの死刑を執行する。最後に言いたいこと、聞きたいこと、食べたいもの、欲しいもの、遠慮なく告げるといい」
「そうだな……」
ミーンは立ち上がり、徐に口を開いた。
「君は、いつからXだった?」
「最初からだ」
受容。
「……フッ、以上だ」
歯車は停止し、ミーンは膝から崩れ落ちた。スノウは依然として俯き、立ち上がろうとはしない。
「……ミーンさんは本当に死んだのですか?」
「全神経を遮断した。即死だ」
「ミーンさんは悪人だったのでしょうか。分からないことは多いですが、クリースのことを考えていたように思えました。ならば――ならば、そんな人を殺そうとしていた私は悪人なのでしょうか……」
「正義と悪は相対的だ。正義を為せば必ず誰かにとっての悪となる。ミーンは正義を為すため悪となる覚悟を持っていた。完全なる悪人とは言えぬだろう。君にその覚悟はあったか?」
「無かったかと……」
「私にはあるように見えた。我々に泥を塗る覚悟があった。万が一、エクスロテータを破壊していたのならば、君は犯罪者となると同時に救済者にもなっていただろう。無論、損害が多い故、全体から見れば悪ではあるが」
「……」
「だが、必ず正義と呼べない者がある。それは『悪となることを恐れ、何もしない者』と『己の理念を過信し、踏みとどまらない者』だ」
スノウを立ち上がらせ、抱擁する。
「対して君はどうだ。悪となる覚悟を持って行動したに限らず、暴力で訴えることを辞めて対話することを選んだ。私は君の行いを間違いの無い正義だと評価し褒め讃えよう。よく頑張った。偉いな」
「はい、ありがとうございます」
スノウの両肩に手を置く。
「では私はミーンの葬儀を執り行う。君は戻って構わない」
「すみません。ではお先に失礼します」
スノウは基地へと繋がるワームホールに消えていった。それが閉じた時、ミーンの遺体に向き直り呟く。
「大衆は君を悪として評価するだろう。しかし私は君を善と悪では評価しない。ただ勇を持つ者であったとして敬意を表する。数少ない、大きな力を持たずに機械仕掛けの神に挑んだ者なのだから」
小話
スノウは感情が昂った時には一人称が僕から私に変化し、敬語もなくなりますが、それは自警団に務めていた時の名残です。
当時のスノウ、サルプは父への憧れや独立戦争の経験、母と弟、そしてカイのこともあって自警団への入団を決意しました。しかしその時の自警団は女性の入団は認められておらず、父に相談しても「いくら身体が丈夫でも、結局は一人の女子なのだから危険な目には合わせられない」と厳しく反対されました。
しかし諦めず、10代後半となった時に身分を男性と偽り入団を果たした。
その数年後、サルプの父が女性の入団を認めるよう上層部に働きかけを始める。




