第22話【夜明け】
「……えー。ど、どうしましょう」
アフィンとスノウがいた空間をしばらく呆然と見ていたヘリオス。ゆっくりと我に返り、後ろへと振り返ってローゼンに尋ねる。
「……えー。待ってましょうか。私たちが応援に行ってもどうせ足手まといでしょうし」
「あぁ、はい」
ヘリオスは何も目覚しい成果をあげられなかったなと落胆した。
「あのぉ」
ヘリオスに車椅子の音が近づいてくる。
「先程は、守ろうとしてくださりありがとうございます」
カイだ。彼女は俯いており、ヘリオスに感謝を述べる時だけ顔を上げた。どことなく彼女の目は潤んでいる。
「あぁ、いえ。それほどのことは出来なかったですけど……」
ヘリオスは後頭部に手を当てながら会釈をした。カイは次にローゼンの方へと向かっていく。
「えっと、ローゼンさんでしたっけ。あの時は失礼なことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
「あの時……あぁ、いえいえ大丈夫なので頭を上げてください。あの後にもっとショックの大きいものが起きましたし……」
ローゼンの作った笑顔が徐々に崩れていく。彼女は冗談交じりに言ったつもりだったのだろう。
「改めてカイと申します。誤解を生まないために話しておきたいことがあります。実は先程はアフィンさんに説明を受けてまして、私はえーっと」
後ろで車椅子を押していた看護師が耳打ちをする。
「あぁ、そうでした。C-停止者という機械兵が積んでいた毒に侵されてしまい、記憶機能に異常がおきて新しいことが覚えられないようなのです。この記憶も明日には忘れているでしょうし、実際に小さい頃の記憶までしかありません」
ヘリオスとローゼンは目を見合わせた。下手なことをいえば、他人事のようになりカイの気分を害するかもしれない。二人はカイへと向き直り、頷きながら静聴することを意識した。
「ここからが本題で、アフィンさん曰く、これは治療することが出来るかもしれないとのことです。私からはちょっと難しいので先生に話を変わります」
カイの後ろに立っていた医師が一歩前に出る。
「カイさんの担当をしておりました、外科医のアルソウです。実はC-停止者の毒というのは、対猛獣の物でヒトに対しては脳に対して強い障害を残すことが確認されています。最悪死に至ることもあります。彼女もその被害者の一人です。しかしこれは脳にダメージを与えるものではなく、身体に残り続けて脳機能を抑制するものだと言う事がわかったそうです。ですので、その毒を摘出することができれば回復を見込めると仰っておりました」
「ですので、アフィンさんは私たちに危害を加えようとしていないことを理解していただきたいのです。よろしくお願いします」
カイや医師、看護師は同時に頭を下げた。
「はい、我々も十分に理解しております。アフィンさんは大変お優しい方ですよ」
顔を上げたカイには笑みが浮かんでいた。
「私はエクスロテータ人に対しての認識を改めました。でも、治療される前にこの感情は忘れてしまうということがもどかしいですね。やっぱりエクスロテータのしたこと自体は許されません」
続けて医師が言う。
「アフィンさんはご自身で自分がエクスロテータ人であること、更には機械兵の政策に携わったことを打ち明けられました。勿論、私は最初は差別的意識は覚えましたが、彼の説明はとても真摯で、毒の説明や治療法にも確固たる裏付けがありました。そして、当時は部門上C-停止者の開発には携わっておらず、毒の資料もエクスロテータ側が隠蔽していた為に発覚が遅れてしまったことを大変悔いておられました」
続けて看護師が言う。
「我々クリース人は身体の特性や環境上、細菌やウイルスなどの病気や生活習慣病にもなりにくい為、外傷の治療を専門とするところが多いのです。また、他の星にお願いしても、そもそもの毒の情報が無いから分からなかったり、エクスロテータの負の遺産に関わりたくなかったり、古い価値観を持っておられる方はクリース人の治療を受け付けなかったりと本格的に治療出来るところはありませんでした。アフィンさんには感謝してもし切れません」
「折角なら、その言葉はアフィンさんとかスノウさんに言ってあげた方がいいと思いますよ」
ヘリオスが笑顔で提案した。
「その必要は無いです」
後ろから声が聞こえた。二人の背後には、スノウを背負ったアフィンが立っていた。
「アフィンさんから色々と話は聞きました。あっ、もう降ろしてもらって結構です。一応立ったり歩いたりはできるので……」
地面へと降り立ったスノウは彼ら五人に対して深く頭を下げた。
「先程は申し訳ありませんでした。感情が先走ってしまい、皆様方に危害を及ぼしかけたこと――」
「頭を上げてください」
車椅子の音がスノウに近づく。
「私たちを守ろうとしてくれていたんですよね」
「……はい」
スノウは顔を逸らして俯く。
「じゃあその気持ちだけで十分じゃないですか。少し方法が過激だっただけで、私たちはそれを悪とは決めつけていませんし、何よりその意識があるだけで感謝しています。多少怖い思いはしましたが、先生も看護師さんも、誰もスノウさんのことを恨んではいませんよ」
「ごめん……カイちゃん……」
何かに気がついたように、カイはスノウに更に近づいた。
「仮面を外してみてくれませんか?」
スノウは目を泳がせながらも、カイに視線を合わせようと努力した。
「やっぱり。私の幼い頃の友達にそっくり」
☆☆☆
トレーニングルームにて、スノウとヘリオスが特訓をしている。
「もっと軸を前にずらして、サンドバッグ側に体重を移動させて」
びっくり箱のような威力しか出ないヘリオスの前蹴り。スノウは腕を組みながら指示を出していたが、ついに我慢の限界が来たのか、横からサンドバッグを蹴り飛ばした。
「違う! こう!」
サンドバッグを繋いでいた鎖は千切れ、袋は破け、中に詰まっていた砂が水のように流れ出てきた。
「あぁ……」
「やばっ……」
スノウは殺されたように横たわるサンドバッグから目を逸らし、隅に置かれているベンチへと歩き出した。
「いっ、一旦休憩としましょうか」
「あ、はい」
ヘリオスへと水素充填注射を差し出し、疑問点を提示した。
「やっぱり相手側に体重を移動させることに若干恐怖心があるんじゃないですか?」
「やっぱり慣れてないからかな。人を蹴る機会なんて無かったし」
「普通は無いんですけどね。まぁじきに慣れますよ」
「そうかなぁ。――ところでさ」
ヘリオスが話題を転換させた。
「カイさん、無事に治ったけどさ」
「ですね」
「自分がそのカイさんの友達だったって言わなくても良かったの? "サルプはクリース独立戦争で戦死した"って言ってたけど、現にスノウとして生きてるじゃん?」
スノウは背もたれから身体を起こし、考えるようにして前のめりとなった。
「……言おうとは思ったんですけどね、やっぱり辞めました。恥ずかしい限りですけど、勇気が出なかったんですよね。まぁでも、これからも介護は続けるつもりではあります。これからはスノウとして、新しく友達になれたらなと」
スノウは微かに笑うと、すくっと立ち上がった。
「さて、次は武器を扱う特訓でもしましょうか。理操器を出してください」
スノウは背中の鞘からロットネスを取り出した。そのロットネスには紐が繋がっておらず、ナイフとして独立していた。
例え黒い空に覆われていようと、恒星スノーは赤い光をクリースの大地へと届けるであろう。




