第31話【マリオネットは如何にして。】
操り糸に縛られたように、光に魅せられた深海の魚のように、上の空でふらつくヘリオスを引っ張り歩く。ゼセルにとってもこの景色は、一般には魅力的だと理解できた。
しかし、どうにも心に響かない。ただ、人間がノミと槌で削っただけの量産物ではないかと。それならば砕いただけの石の方が、よっぽど美しく、そして個性的だ。
だが、何億、何十億と惰性で存在していれば、確実に悟ってくる。自然物でさえ、一定の法則に基づき生成される量産物なのだと。あの事件でも、あの一瞬の前でも、あの死屍累々が三つの目に焼き付いても、心が動いたようには感じなかった。復讐に興味が抱かれることは無かったのだろう。
壁は徐々に湾曲し、垂直に切り替わり、やがて反り返る。ガラスよりも滑らかであろう壁面は、昆虫やヤモリでも登り切るのは困難であろう。
描かれた羽根や雲、炎などを背に人々が写真を撮っている。
「何が楽しいんだか」
彼らを冷ややかな横目に通り過ぎる。壁の中へと通ずる扉の前には、大勢の人々が円形に集合している。
「あ、あれオセロさんちゃう?」
肩に純白の鳥を乗せたプテリーガ人が一人。屈強な黒服数人に囲まれ、手を振っている。会話すらまともに出来ない程の黄色い声、低気圧として記録されそうな凄まじい熱気。
他星の観光客とプテリーガ人で作られた隙間から、ヘリオスは眺めていた。
「クソッ、見えん。持ち上げてくれ」
ヘリオスにゼセルが頼んだ。ヘリオスは彼の両脇に手を入れ、フォークリフトの如く持ち上げた。己の状態を暫く眺めた後、手足を暴れさせた。
「俺ァガキじゃねぇ。下ろせ。別のにしろ」
ヘリオスは下ろし、次は小脇に抱えた。
「ろくに準備もしてねぇのにクレーンゲームで取れたぬいぐるみの持ち方じゃねぇかよ。変えろ変えろ」
「えー」
ヘリオスは渋々次の持ち方へと変更した。彼はしゃがみ、そしてゼセルの腹辺りに肩をやる。そしてゼセルを屈ませ、そのまま立ち上がった。
「……?」
「……?」
ゼセルはヘリオスの後ろにいた人と目が合った。
「前向いてへんやんソレ」
彼の情けない姿にイステルスがわらっている。
「持ち方以前に、俺今あいつにケツ向いてるんだが?」
「じゃあ俺が後ろ向くか。あ、こんちは……」
「……???」
背後の人は怪訝な顔を浮かべて去っていった。
「ヘリオスは見んくてええの?」
「え? あ、俺も見たい」
「おい戻んな。俺が見えん」
「じゃあ背中を守っといてくれ。俺はゼセルの背中だ」
「誰からだよ。肩車でいいわもう。ガキみたいで癪だが」
完成された肩車は、非常に様になっている。ゼセルは童顔であるが故、尚更だろう。
「ええやん。可愛いで。似合っとるわ」
「そうか……」
「なんか満更じゃなさそうだね」
「うるせぇ。 あ? あの鳥俺らを見てやがる」
オセロが観衆にサインを書く中、肩に乗った機械鳥がジッと三人を見つめていた。
「うわっ、こわっ。あれ絶対騒がしくしてたから迷惑がってるんやで」
「ファンの人の声でかき消されて聞こえてないと思うよ」
「じゃあなんで見てんのあの子」
「知らねぇよ。睨み返せ」
三人の目付きがキッと悪くなる。すると、鳥がオセロに耳打ちをするような動作をした。オセロはサインを書き切ると、三人の方へと顔を向ける。
「わっ、オセロさんがこっち見てるで」
イステルスが若干興奮気味に言う。徐にオセロが彼らの方へと歩き出す。観衆の円は徐々にU字に変換していく。彼はヘリオスの前に立ち止まり、口を開いた。
「君は、ヘリオス君で合っているかな?」
ヘリオスははっと驚いた。しかし彼は直ちに毅然とした態度で訊き返す。
「なぜ俺の名前を知っているのですか?」
オセロは天の川支部を悪と吹聴する要注意存在。警戒すべき対象である。その上ヘリオスという名前まで知っているのだ。
「え、知ってる人なん?」
「知ってたらあのポスターのこと訊かないさ」
「彼女は、君のご友人? 一見、君は異星からのお客さんのようだが」
「えぇ。道中で出会いまして、そこから案内をしてもらってます」
嘘を織り交ぜながら返答する。オセロはジッとヘリオスの目を見つめた。ヘリオスは嘘を見抜かれているのではないかと不安になった。生身の人間であれば冷や汗や動悸が見られ、落ち着きがなくなっていただろう。恒護であるこの身に感謝をした。
「ほうほう。ふむふむ」
オセロは外見上は若い好青年なのにも拘らず、上品な口髭と趣のある杖が朧気に見えてくる。
「どうかし……されたんです?」
オセロに観察されているイステルスは明らかに動揺している。観衆ま彼女を見て、ザワザワと響めき始めた。
「すげぇ、両腕義手だ」
「飛べるのかな、あれで」
「あの人テレビで見たことある」
「医者だっけ」
「肩車されてる子可愛い」
騒然とする観衆を眺め、やがてイステルスに向き直る。
「立派なご職業をされているようで」
「あ、いえ、ありがとうございます」
オセロはヘリオスへと再び歩み寄る。
「これは私のカンだが、彼女は大変重要な人物となる。大切にし給えよ」
すると、空中都市の中央から荘厳な音が鳴り響く。午後六時を報じる鐘の音。日が沈み、これから暗くなり始める。皆が帰る時。日も山の奥へと帰ってゆく。
オセロは踵を返し、扉の前に立ち止まる。
「それでは皆様ご機嫌よう」
カードキー、網膜、羽紋の認証を流れるままに完了し、顔の向きを変えることなくパスワードを入力した。扉は温かく迎えるように開き、他を冷たく排斥するように閉じた。
黄色い声で見送った観衆は、各々感想を言い合いながら捌けていった。
イステルスはヘリオスの脇腹を小突き、冗談混じりに言う。
「大切にしなよ」
「仲間なんだから当たり前でしょ」
「俺は? あの野郎俺について一切言及しなかったんだが?」
「検討しとく」
「は? 今おめぇの急所は俺の手中にあることを忘れるな? 今すぐ俺の全体重でおめぇの首へし折ってやってもいいんだぜ?」
「冗談ですよゼセル君。仲間だから大切だよ」
「宜しい。じゃあその大切な俺を担いで歩け」
旅館に到着し、三人で食卓を囲む。
「オセロなんかイメージと違ったなぁ」
「せやろ? 自分も最初びっくりしたわ。あの爽やかイケメンで紳士みたいな口調して、ほんで陰謀論唱えたりバラエティ出たりしとるんやから」
「一個引っかかる点はあるがな」
ゼセルがカトラリーで肉を穴だらけにしながら言う。
「あの鳥、あいつに話してるみてぇだった。あれは飾りじゃねぇことは確かだ」
「確かにアレが喋ってんの見たことないわ」
動くことはあろうと行動することは無い。オセロを見ている者にとってあの鳥はマスコットのような存在だった。
「だとしても何やって話やけどなぁ。操られてるってわけやあらへんし」
「オセロとあの鳥ってずっと一緒にいるの?」
ヘリオスが少し考えた後に質問を投げかけた。
「ん? まぁ、そういやずっと一緒におるな。オセロさんと言ったらあの鳥って認識やし。そういやオセロさんの似顔絵を描こうって企画やってたけど、そん時は大半の人があの鳥描いてたなぁ」
イステルスは思い出し笑いをした。
「……本当に操られてるっていう線はない? 本体があの鳥でオセロは拡声器兼乗り物みたいな」
イステルスとゼセルが顔を見合わせる。
「流石にないやろ」
「まぁ流石にな」
「流石にそうか」
ゼセルが少し考えた後、もう一度発言する。
「いや、しかしあの鳥がエクスロテータ製ってことを考えんなら、可能性はゼロじゃねぇな。方法は知らねぇが」
「じゃあ一応警戒はしといた方がええの?」
「そうだね。一応するに越したことはないし」




