84. 索敵スキル
雌のゴブリンをベットに寝かせた後、その娘をエリナとアメリアに任せて、リックはギルド長室にいるアルトリアに会いにいった。
ギルド長室をノックし、「どうぞぉ」と間の抜けた返事を聞いてリックは入室した。
エリナの件を入れて今回で二度目となるギルド長室。ギルドが半壊するほどの被害を受けた部屋は綺麗に元通りになっていた。
「やあ、リック。君から訪ねてくるなんて珍しいこともあるもんだ」
仕事を終えて暇そうにしていたアルトリアが笑みを浮かべて出迎えてくれた。アルトリアに「そこに座って」と促されたリックは、向かい合うようにしてソファに座った。
「今回の指名依頼は迷惑をかけたね。こっちからちゃんとキツメに言っておいたから。迷惑料としてバイクの燃料代も含めて後できちんと出しとくよ」
「ありがとうございます」
リックは感謝の言葉を言った。
「それでなんの用だい? 世間話をしに来たってわけではなさそうだけど」
「そのことなんですが、少し大事になったら厄介な子を連れ帰ってきまして」
「ほう? どんな子だい?」
「ゴブリンです」
「ゴブリン? ゴブリン、って、あのゴブリン?」
「はい。それも突然変異で生まれてくる雌のゴブリンです」
「へえ。こりゃ驚いた。リックが魔物を連れ帰ってくるなんてな。ということは、索敵スキルが敵として判断しなかったわけだ」
アルトリアは面白そうに笑みを浮かべてそう言った。なぜそんなのことになったのか興味心身といった様子で前のめりになっていた。
「なのでギルド長に後ろ盾になってもらいたいんです」
「お安い御用さ。なんてたってリック直々のお願いとあらばね」
アルトリアは快く了承した。魔物を招き入れる事例は少なくはない。ある艇の項目をクリアすれば〝特別人権〟が与えられ、人類種と同じ扱いを受けられる。ザルツブルグにも魔物を招き入れた事例もあり、それに関わっているアルトリアも歓迎するだろう。
「それでどんな子だ? 雌のゴブリンは俺も初めてだからよくわからないんだよね」
「ゴブリンには見えないくらい人間と同じ顔をしてますよ」
「………………。ん? マジ? 人間の顔をしてるの?」
遅れて訊き返すアルトリアに、リックは頷いた。
「つけ加えるなら、もろ人類種と同じ気配を感じましたね。実際〝特別人権〟を与えられるような魔物に出会うのはこれが初めてなので、差がわからないですが」
リックは淡々と感じたことをアルトリアに話した。ゴブリンとは人族の邪悪な部分を煮詰めて、鍋底にこびりついたような存在だ。確かにゴブリンの気配をしている。だが、ゴブリン特有の邪悪な気配がなかったのだ。
しかし今回、招いたゴブリンという存在は、馴染みのある魔物から、とうてい感じ取らないような人類種の気配をしているのだ。
「リックが言う厄介な子とはそういうことか」
「それと、彼女は密輸しようとしていた馬車の中から発見しました。おそらく、どこかに売り飛ばされる予定だったと思われます」
リックは、馬車の中から集めた情報になりえそうな物を取り出して机に置いた。
「なるほどねぇ。この辺では聞かない珍しいゴブリン。そしてそれの密輸。なんかヤバそうなものを拾ってきたようだねぇ。エリナと近しいものを感じるよ」
アルトリアは収集物の封筒を持ちながらそう言った。
雌のゴブリンは密輸品。リックは、なにかあるんじゃないか、と前回のエリナの件を踏まえて、事前に布石を打っておくことにしたのだ。
アルトリアが思考を巡らせる中、時計の秒針が一九時を刺し、ゴーン、と鳴り響いた。
「少し、そのゴブリンに会ってもいいか? ちょっと興味が湧いてきた」
「構いません。今は来客用の部屋を借りて寝かしてます」
「それじゃ、早速いってみようか。起こさないようにね」
アルトリアはそう言って足早に部屋のドアを開けた。雌のゴブリンと初めて対面するということもあってかアルトリアの足取りは軽かった。
来客用の部屋に入室すると、エリナとアメリアが出迎えてくれた。
「ギルド長。どうしてここに?」
「リックが連れてきたっていう魔物が気になってね」
アルトリアがそのゴブリンを見た瞬間、硬直し、真顔でリックに向き直る。
「リック。本当に魔物なんだよな? その辺の幼女を誘拐してきたとかじゃないよな?」
「俺ってそんな奴に見えます?」
「いやだって、予想をはるかに超えたというか、リックの言うとおりだったというか」
バツが悪そうにアルトリアはそう言って後頭部に手を置いた。
「参ったなぁ。久々に話せる魔物と出会えたと思ったら人類種みたいなのとは」
「ですね。私も言われなかったら普通の女にしか見えませんでした」
困惑しているアルトリアにアメリアはそう答えた。
「リック。今回の件は了承した。ついでにゴブリンに関する情報を洗ってみるとしよう」
「いいんですか?」
「もちろん。それに、雌とはいえゴブリンを密輸するのかも掴めるかもしれんからな」
「ありがとうございます。助かります」
親指を立てながらアルトリアはウインクした。今回の件はリックでも少し荷が重い気がしていたため、頼れる人がいるおかげで肩の荷が下りた気分だった。
「あの、アルトリアさん。少しお尋ねしたいことがあるのですが」
ある程度、話がまとまったところでエリナが小さく手を上げた。
「おう。なにかな?」
「索敵スキルのことでお話が訊きたくて。みなさん、魔物を目の前にしても驚かないどころか、普通に人間と接するかのように受け入れている光景にすごい違和感がありまして」
「ああ。確かにあの索敵スキルを習得してないと、俺たちの感覚はわからないよな」
そう言ってアルトリアは言葉を続ける。
「うちの索敵スキルっていうのは、簡潔に言えば〝天啓の白書〟を連結したものなんだ」
「〝天啓の白書〟と、連結?」
「そうだ。この本の性質はある程度は知っていることだろうから詳細は省くとして。従来の索敵スキルは蓄積された情報と五感からくるものだ。それに、この白い本を活かせばさらに深く判別が可能になる。例えば、「僕は悪いスライムじゃないよ」という魔物の言葉が真実か否か、看破するほどにね」
アルトリアは自分の〝天啓の白書〟を実体化させながらそう説明した。
白書には、人類種なら手に収まり、魔物なら激しく拒絶する性質を持つ。だが、例外的に敵意のない魔物には人類種と同じ反応を示すのだ。その性質が索敵スキルと結びついていることで、リックたちは魔物でも平然としていられるのだ。
「そんな使い方もあるんですね」
エリナはその説明を聞いて納得するように頷いた。
この索敵スキルはブルース地方の住民にとって一般的なスキルだ。だが、それ以外の土地だと馴染みがない。理由としてはギルドの組織構造なのだが、これはまたべつのときに。
「ほかにも窮地に陥った時に魔物に本をぶつけて逃げる、って手段もある」
「それは大丈夫なんですか?」
少々、罰当たりな手法だが、冒険者は命あっての物種だから背に腹は代えられない。
「色々な使い方があるのですね。理解しました。ご説明をありがとうございます」
エリナは感謝の言葉を述べた。アルトリアはそれに「どういたしまして」と返した。
「本当ならリックが説明するんじゃないかなぁ? こういうとき」
「習得したほうが納得できると思ったんだよ」
「言いわけェ?」
ジト目で覗きこむように迫るアメリアから、リックは目を反らした。本当に面倒くさかったからではなく、純粋に実体験のほうが納得できる思ったからだ。だが、それでエリナに不安を抱かせていたなら返せる言葉もなかった。




