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ハイスペック・タンクウォーリア ‐コストがかかると追放された壁役重戦士はS級冒険者になって無双する‐  作者: 兎藤うと
二章 遥か遠い隣人より編

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83. メスのゴブリン

「ゴブリンだ」

「え?」


 リックがそう口にすると、エリナは驚いて反射的に杖を構えた。

 ゴブリンなのだが、リックは目の前の存在に疑問を抱いていた。


 確かにゴブリンの気配をリックは感じていたが、索敵スキルが反応していないのだ。反応していないというより、『?』と、敵と判断していいものか、と迷っている。


 だからか、人類種として判断している。

 スキルだけでなく、リックの経験や勘もそう判断している。


 初めての体験にリックは戸惑った。ゴブリンの中には雌がまれに出現すると聞いていたが、初めて遭遇した雌ゴブリンに受けた印象は、ゴブリン色の小柄な女の子だった。


 淡い灰緑色の肌。淡い灰色の長髪。年端もいかない小柄な女性。ゴブリンの顔には程遠く、むしろ限りになく人間の顔をしていた。身体つきも人間の子供に近い。


 進化。強化種。とゴブリンの情報を記憶から引っ張り出した。雌ゴブリンは突然変異で生まれてくるらしいが、明らかにリックの知っているゴブリンとは程遠い存在だった。


 確かに目の前にいるのは〝こちら側の存在〟だった。


 リックはナイフを取り出して、何重にも硬く縛られた縄を切った。痕がつくほど、堅く、きつく縛られていた事実に心を痛め、ゴブリンの彼女を抱き上げる。


「連れて帰ろう」

「えっ、なぜですか。それは魔物ですよ?」


 エリナは警戒したままゴブリンの娘に杖を向けていた。いつでも得意な〈ホーリーセイバー〉を射出できるように、術式の構築が完了していた。

 その様子にリックは不思議そうに思い、ああ、とその理由を理解した。


「ああ、そっか。エリナはザルツブルグの索敵スキルを取得していないんだっけか」

「それがなんですか?」


 ザルツブルグで提供されている


「まあ、取得すればわかるさ。ここは収めてはくれないか? 無理を承知で言っているのはわかってる。だけど、俺にはこの娘が人間のように見えるんだ」

「……。わかりました。リックさんの言葉を信じます」

「すまんな」


 エリナの説得に成功したリックは、馬車に残っていた物をすべてかき集め、起きる様子のない雌ゴブリンを連れて、エリナのことも考えながら少し早めにザルツブルグへ戻った。


 ザルツブルグに着いたのは、太陽が九割ほど沈んだ薄暗い時間帯だった。


「やあ、リックさん。ミガル王国にいったって聞いてましたが、早いお帰りですね」


 ザルツブルグの入り口。畑を簡易的な策で覆った外側にいる門番がリックに声をかけた。


「門前払いを喰らってな。なくなく帰ってきたところだ」

「それは災難で。それで道草して誰か連れ帰ってきたんですか?」

「そんなところだ」


 門番の問いにリックは答えながらギルドカードを見せた。エリナもそれに続いた。


「それで? シスターの次はいったいどんな子を連れ帰ってきたんですか?」

「ゴブリンだ」

「へっ?」


 リックが躊躇なく答えると門番が目を見開いた。すると、誤魔化すと思っていたらしいエリナは「リックさん?」と焦った様子を見せた。

 以前、連れ帰ってきたのはエリナ、シスターで、人間だからなにも言われなかったが、今度は魔物を連れ帰ってきたとなれば話はべつだ。大事になるのは確実だ。


 だが、相手は優秀なザルツブルグの門番。であれば、リックと同様の索敵スキルを持っているのは当然だ。たとえ魔物であっても敵意がないかぎり、武器は抜かない。


 その証拠に、門番は難しい顔を浮かべて首を傾げ、リックの背中で寝ているゴブリンをまじまじと見ていた。そして、寄ったしわがほどいて口を開く。


「……大丈夫じゃないですかね?」

「え?」


 門番の答えにエリナは驚いたように声を漏らした。


「ならよかった。この子のギルドカードは当然ないが、通して大丈夫か?」

「リックさんのお連れさんなら大丈夫ですよ」


「無理を言ってすまんな」

「いいですよ。どうせギルドには話を通すのでしょうし」


「まあな。今度なにか差し入れにくるよ。もう一人の門番にもよろしく」

「いつもすみません。よろしく伝えておきますね」


 会話も程々にして、周囲の反応に戸惑うエリナを連れてエレベーターに乗った。

 都市に入り、まっすぐギルドへと向かった。


「あ、おかえり。リック。エリナ。けっこう早い到着ね」


 さっそく出迎えてくれたのは受付嬢のアメリアだった。リックはそれに「ただいま」と返し、エリナも「ただいま戻りました」と返した。


「今日は災難だったわね。話はもうギルド長が直々につけたから、とくに手続きはいらないわ。そのまままっすぐ帰ってもらっても構わないわよ」


「それはありがたいが、別件でギルドには用事があってだな」

「へえ。それってもしかして、うしろにおぶってるその娘のこと?」


 アメリアはそう言ってリックが背負っている子の横顔を覗いた。


「鬼人の娘かしら。緑色の肌をしてるなんて珍しいわね。どこの地域だろう」

「ゴブリンだ」

「――へ?」


 リックが躊躇なくそう答えると、アメリアは間の抜けた声を出した。それと同時に、毎日のように賑わっているはずのギルドが静まり返った。


 食事や談笑をしていた冒険者たちが、それらをやめてリックたちに視線が集まった。

 様子を伺うような視線だが、向けられたことのないエリナは戸惑っていた。


「リック……」


 訝しげな表情を浮かべたアメリアが口を開いた。一瞬、出遅れたエリナが「あ――」となにか言いかけるよりも先にアメリアから言葉が出た。


「……あんた。いつから人間至上主義者になったのよ。ミガルがうつった?」

「王国を病気みたいに言うな。あと、ゴブリンであるのは確かだぞ」


 呆れた様子でそう言うアメリアに、リックはそう返した。そして、静まり返っていたギルド内が、まるで嘘だったかのようにまた賑わい始めた。


「ふーん。まっ、大丈夫じゃないの?」


 アメリアは雌のゴブリンを一瞥してそう言った。彼女の反応は門番よりも薄かった。


「苦労をかけてすまんな」

「魔物と言われても冒険者やってるのがいるからね。そんなに驚かないわよ」


「スライムだっけか」

「そっ。今なら来客用の部屋が空いてるから、目覚めるまで寝かせておきなさい」


「助かる。それと、今からギルド長に会えないか?」

「大丈夫よ。伝えておくから先にその子を休ませてきなさい」

「わかった」


 リックはギルドの奥の戻っていくアメリアにそう答え、雌ゴブリンを背負い直した。彼女が戻ってくる前に済ませないとな、とリックは思いながらエリナに目を向ける。


「エリナ。いこう」

「……、」


 エリナは胸を抑えながら苦しそうにしていた。


「どうした? なんだか顔色が悪いぞ?」

「いえ、先程から胸が、キュ、となる瞬間が多くて……」


 体調不良を訴えるエリナ。長距離移動で疲れてしまったのかもしれないが、胸を抑えるほどに苦しいとしたらそれは肺か心臓の病気だ。そう思ったリックは焦った。


「なにかの病気か? とにかく、すぐに医者に診てもらおう」

「お前のせいだよ」


 一番近いテーブルで食事をしていた冒険者にツッコまれたリックだった。

 ザルツブルグの冒険者。それもベテランともなれば、索敵スキルの判定と状況次第で判断するため、人類種か、魔物か、外見だけでは判断しない。


 ましてや、十人十色の種族が暮らす地域では慎重に判断する傾向が見られる。もしも魔物であっても、友好関係を結べるのならおっかなびっくり歓迎される。


 だが、それが常識の地域でも、エリナにはまだ非常識なのだった。


「大丈夫なので、着替えとお湯をもらってきます。汚れたままではよくありませんから」


 そりゃ、心臓の負担にもなる。

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