82. 門前払い
「ダメだね!」
第二王子の指名依頼を渋々受けてエリナとともに王都にやってきたはいいものの、ザルツブルグから来たと言った瞬間、態度が一変して門前払いされている。
「いちよう第二王子の依頼で来ているのですが?」
「それが本当の話だったらな! 嘘つきは泥棒の始まりだとは知らんのか?」
なんでヒノワのことわざ知ってんだよ、と思いながらもリックは口を開く。
「確認を取っても構いませんから」
「おいそがしい身分の方にそんな時間があるわけなかろう!」
「ですから……」
「それに第二王子からは直々に近づく者を追っ払えと御達しをもらっている。よってお前らをここから通すわけにはいかん!」
「それは本当ですか?」
「そうだとも。まあ? 女を提供してくれるのだというのなら話を通さんでもないが?」
ちらり、と門番の視線が隣にいるエリナに向く。
当然、仲間を売るようなことはできないので即座に断念することを決めた。
「そちらの言い分はわかりました。帰ろ、エリナ」
リックは溜息を吐きながらエリナを連れて門から離れた。試験機体専用部隊の誰かがいれば少しは違ったのかな、と思いながらもタブレットを取り出してギルドに連絡する。
『あれ? どうしたのリック。ミガル王国にいったんじゃないの?』
「門前払いされてな。なんでも第二王子が誰も通すなって言ってるらしい」
『なにそれ! 呼んでおいてそんな仕打ちないじゃない!』
「だから依頼の破棄をしたいのだが、ギルド長には悪いが」
いちよう今回の依頼は、ギルド長直々に言い渡された依頼だった。あまり良い噂を聞かないミガル王国の領域、それも第二王子と会うのは気が乗らなかった。
しかし、ギルド長アルトリアが言うには一番真面な人物らしい。アルトリア的にもその人物とは良好な関係を結びたいとのことだったので、今回の依頼を受けたのだが、まさかその第二王子が追い出すように仕向けていたとは、悪戯にしても悪質すぎる。
これがミガル王国の国民性。外部が嫌う部分。噂程度しか聞いていなかったリックにとってその噂に真実味が帯びて近寄りがたい存在になってきた反面、先程の部隊の女性たちがいるのだから一部の人間だけ、とリックは信じたかった。
『ん? どうしたんだ。アメリア』
『あ、ギルド長! 聞いてくださいよ! 今リックから――――』
リックが考えていたら、ちょうどアルトリアが通ったらしく、怒り心頭のアメリアからことの詳細を聞かされていた。
『……なるほど。わかった。なら帰ってきちゃって大丈夫。こっちから王子にクレームいれておくから。あと破棄の手続きもこちらでしとくから道草でもしながら帰ってきてよ』
「ありがとうございます」
リックは礼を言うと、『んじゃ、また』とアルトリアは言って『お土産よろしく』とアメリアには頼まれ、タブレットの通信が切れた。
リックは一息ついた。
「それにしても、遠くの人とお話ができる魔導具なんて、とても便利ですね」
すると、沈黙を貫いていたエリナがそう言った。
「まあな。これでも、最近になってようやく一般に普及し始めたばかりなんだ」
「そうなんですね」
「情報伝達の効率化、時代の節目になるかもな。といってもヒノワでは普通らしいが」
リックはエリナと一緒に乗ってきたバイクを収納魔法から出した。
魔力で動くバイク。小型の魔力貯蓄タンクを積んでおり、貯蓄分と自身の魔力で動かす魔導機械である。欠点は燃費が悪く、A級以上の魔術師相当の魔力総量でも走行距離が一○○キロを下回るほどだ。リックの魔力量でも片道が限界だ。まだ走ったほうが燃費がいい。だが、今回はエリナがいるため、そうもいかない。一瞬のためらいを感じながらもリックはそれにまたがって起動し、エリナを乗せてザルツブルグの方向へと走り始めた。
今回は途中で乗せてもらったため、レイテコル鉱石山脈は抜けれる。魔力満タンの貯蓄タンクがあと数本残っていることもあり、ブルース地方の半分は走行可能だ。
出発したのが早朝。ミガル王国に到着したのが太陽が頭上に到達した頃。さすがに到着するのは日が落ちる頃になるだろう。
「すみません。リックさん。もっと強く抱きしめてもいいですか?」
「あ、ああ。大丈夫だ。落ちたら危ないからな」
今回、初めてバイクに乗るエリナ。表情にはあまり出ていないが、少しだけ怯えている様子が伺えた。それも相まってリックの腰に回す両腕にも力が入る。
締めつけられるたびにエリナの豊満な胸の感触が、薄着のリックの背中にじかに伝わる。リックは悪いと思いながらも本能的にその感触を堪能してしまっている。仕方ないとはいえ、冒険仲間に情欲を感じている自分を自責し、その欲望を振り払う。
「どうしました?」
「……いや、魔力が持つか心配だな、と。途中から歩くかもしれない」
「私は構いません。むしろ、なにもできないのが心苦しいです」
「こればっかりはな」
何気ない会話をして気持ちを切り替えたリックは、今までのことを振り返った。
エリナが冒険者になってからだいぶ時間が経った。右も左もわからない状態から徐々に経験を積み重ねてC級冒険者に相応しい実力を身につけた。才能なのだろうが、エリナはスポンジのような吸収力で知識と経験を血肉に変えた。
一般常識も周りに見守られながら着々と身につけている。
エリナの成長は目を見張るものがある。とくに神聖術の〈ホーリーセイバー〉が異常な処理能力で生成と射出が行われている。リックはそれを見るたびに聖女ナタリアがちらつくのは、それを彷彿とさせるものをエリナが持っているから、とリックは思いながら、エリナが〝ハイスペッカー〟なのではないかと考える。
確証があるわけではない。エリナはまだ職業が一つしかない。ハイスペッカーに関して詳しい情報があるわけでもなく、少ないながら見てきたハイスペッカーの傾向からリックはそう判断しているにすぎない。これからの成長に期待だ。
あと、あの夜の一件以来、エリナとの距離が近くなったとリックは感じていた。一歩引いたところにいた以前の彼女とは大違いだ。
成長したと思う反面で、異性として意識してしまっている。最近は、それに耐性がついてきたリックは、ようやく気が休まるところだった。
しばらくバイクを走らせて一時間。山脈を通り抜けられる一本道の入り口に着いた。
「山脈の前まで来たが、少し休むか?」
「いえ、このまま突っ切って構いません」
「わかった。休みたくなったら言ってくれ」
リックはそう言ってバイクのハンドルを絞る。山脈に入る一歩手前には大きな川があり、車二台分と歩行者用と幅はある、手すりのない大きな橋を渡る。
「それにしても、ミガル王国方面から見ると、本当に壁にしか見えませんね」
「不運なことにミガル王国からだとどこもこんな感じらしい」
これから通過するレイテコル鉱石山脈を見ながら二人はそんな会話をする。
「まるで、誰かが意図的に作り替えたようにも見えます」
「ああ、そういう見方もできるのか」
「それと、地形に違和感を感じます」
「違和感か」
「はい。まるで別々の地形を繋ぎ合わせたような……いえ、現実離れしたお話ですね」
「いや、俺的には面白い考えだと思ったぞ」
「それならよかったです」
世界に神秘が眠っているように、何の変哲もない地形にもなにかしらの神秘が眠っているのかもしれない、とリックは思う。まあ、地質調査は専門外だからなにもできないが。
大きな橋を渡り切り、山脈に入った。
偶然にも裂けてできたような山脈の割れ目。登山せずにブルース地方に入れる通り道。エリナの言葉を聞いてから、リックも少しこの山脈を不思議に思った。
(どうやって山脈が裂けたんだろうか)
レイテコル鉱石山脈は非常に硬い。地形は変化していくものだが、世界を真っ二つにしないとできないようなこんな不自然な裂け目はできない。たまにある例外なのかな、とリックは教科書の内容を思い出しながらそう思った。
リックが考えを巡らせている間にも、時間が経つのは意外にも早く、魔物と遭遇することなく無事に山脈を通過した。
エリナとはそれからとくに会話することなく、その辺の景色を見ながらザルツブルグに向けてバイクを走らせていた。だが、やはりというか、燃料が足りなかった。予備の魔力タンクが尽き、ブルース地方の中央地域に差しかかる前にガス欠した。
「すまんな。歩くことになってしまって」
「気に病まないでください。こうしてリックさんと歩いて帰るのも私は好きです」
時刻は夕暮れに差しかかる時間帯。青い空に浮かぶ雲には黄色が反射していた。
あと二時間で完全に日が沈むな、とリックは思いながら空を眺めた。
「リックさん、あれ」
すると、エリナはリックを呼び止めて地層が露出している崖に指差した。
そこにはまだ真新しい馬車の残骸が転がっていた。
それが気になった二人は、馬車の残骸に足を運んで確認してみた。
人影はなし。馬もいない。積荷もほとんどカラだった。馬車についた爪痕。そして、わずかな血痕。なにがあったのか、リックには予想がついた。
「なにがあったのしょうか」
「魔物に襲われたんだろうな」
エリナの疑問にリックはそう答えた。
「でも、どうしてこんなことに」
「おそらく、密輸しようとした商人だろうな」
「密輸?」
「ブルース地方は北部にかけてよく密輸ルートに使われているんだ。けど、大体が夜に密輸をするから魔物に襲われやすい。この行商人は運が悪かったんだろうな」
「商品というのはどんな?」
「おもに奴隷だ」
「奴隷……」
「西方面では奴隷の売買が盛んに行われている国がある。そこから買いつけてミガル王国を通じて奴隷が売られているんだろうな」
「ザルツブルグおよび、北部では奴隷の売買は禁止ですからね」
リックは見渡して生存者がいないことを残念に思いながら、その場から離れようとした時だ。馬車の奥に、檻のような頑丈な木箱を発見した。
そして、それから気配がした。
「リックさん?」
馬車の中に入ったリックはその積荷を馬車から引きずりだし、工具が必要な分厚い木箱を素手で無理やりこじ開けた。
中からは出てきたのは、四肢を折り曲げて何重にも縛り上げられた小柄な女性だった。
緑色の肌をした、ゴブリンを彷彿とさせるような存在がそこにいたのだ。




