80. 密輸品
ゴブリン――人間より小柄な体格をした亜人。緑色の肌、大きな耳と鋭い歯、ぎょろっとした目、醜悪な形相が特徴的な魔物だ。
知能は人間の子供と同程度。主に略奪行為をして生きている。
人間の悪意を煮詰めたような性格をしており、残忍かつ自己中心的で執念深い。
雄しか存在せず、人類種の女を攫って繁殖用の道具として利用する。
生まれる子供はすべてゴブリンであり、すべて雄となる。
また驚異的な繁殖能力があるこの亜人は短期間で巨大な群を作り出すことが可能だ。とくに知能が高い上位種が統率する群は、小国を作り出してしまう危険性を有している。
しかし、稀に雌のゴブリンが誕生することがある。
突然変異なのか、低確率なのか、不明だが、上位種を生み出す脅威を秘めており、雌が誕生すると〝女王〟としてゴブリンを統率する存在となる。
ゴブリンの雌は珍しく、研究者などが挙って雌の捕獲依頼を出すのだ。
だが、捕獲されたゴブリンの雌が引き渡された後、依頼者たちがことごとく行方不明となり、研究が頓挫することが多かった。そういうこともあってか、雌ゴブリンに関わると不幸になるというジンクスが生まれ、最近では余程の変わり者でもないと関わらないのだ。
「まさかそんな魔物を運ぶことになるとは思わなかったぜ」
だが、そんなゴブリンの雌を、密輸品の奴隷とともにブルース地方の最北端を経由して、横断しようとしている密輸業者がいた。
「これがけっこう金になるんだから、良い取引をしたってもんだ」
「いろんな人間を見てきたが、ゴブリンの雌をご所望するとか、物好きもいるもんだ」
「それが地位の高い人ときたもんだからびっくりだ」
「まあ、あんまり良い話を聞かないがな」
未舗装の道。深夜の時間帯は無音の世界。明かりは頭上で冷ややかな月明かりと、ランタンの暖かな光のみ。心細くなってしまいそうな世界を、適当な会話ができる相手と、酒、馬車の車輪の音、馬の蹄が道を削る音で誤魔化して、二人で地方を横断していく。
「今回で何匹目になるんだか。娯楽とはいえ、もうちょっと大事してくんねぇかなぁ。亜人を仕入れるってけっこう大変なんだけどなぁ」
「そういうなよ。向こうさんも大変ってわかってるから色々と手筈してくれてんだろ。おかげで俺たちは贅沢できてるんだ。そこは感謝しねぇと」
「それもそっか。感謝しねぇとな!」
密輸業者二人は、酒の入ったスキットルで乾杯して、それを呷った。
「そういえば今回のゴブリンは会話ができるって話じゃねぇか」
「なんでも、一匹でうろついてたところを捕獲したらしい」
「珍しいこともあるもんだよなぁ。話せるんだったら色々と仕込めそうだ。もしかしたら今回は可愛がって永く使ってくれるんじゃねぇか?」
「それはどうかな。道具としてしか見てねぇだろ。なんてたって魔物だし」
瞬間、馬車が強い衝撃に襲われた。馬車は放物線を描き、道からはずれて地層が露出している崖に激突して止まった。
馬車の原型は残ったものの、車輪は壊れ、馬は逃げた。使える物ではなくなった。
壊れた馬車から這い出た密輸業者は仲間を探した。生きているだろうと思って。
しかし、もう一人の仲間はすでに大型の魔物によって食い殺されていた。
血の滴る音で気づいて、見上げたときには、巨大な魔物の口の中にいた。
「あ……」
のっぺらとした白い魔物。人のような歯を持ち、目がない。四足歩行の獣に似ているが、人間の特徴も持っていた。キメラを彷彿とさせた魔物が、人間のような手で器用に仲間を掴んで無残に食いちぎった。
その光景を呆然と眺めることしかできなかった。
ああ、次は俺か、と思いながら、密輸業者は仲間が胃袋に入るまで立ち尽くした。
ここはブルース地方。魔境と呼ばれる土地である。北部は南部と違って極めて危険度は低いが、まれに南部から強力な魔物が北上してくるのだ。
今まで運が良かっただけで、安全な道はないのだ。
生き残ったのは、頑丈な木箱に守られた積荷の亜人だけだった。




