78. 決着
リックは仲間より先に到着し、無事にエリナを救出することに成功した。だが、間に合わなかったこともあった。服を破かれ、乱暴されそうになっていた。
リックの腕の中ですすり泣くエリナ。あまり感情を表に出さない彼女が泣いているということは心に酷い傷を負ったのは明白だった。
もう少し早く駆けつけてやれれば、とリックは自責の念に駆られる。だが、ずっと心の反省会を開いている場合ではない。まだ〝白陽の使徒〟は死んでいない。ヤツを倒すべく、リックは気持ちを切り替え、ぶん殴って地面を耕したアルブに目を向けた。
「貴様! どうやってここがわかった! 確実に巻いたはずだぞ!」
体を張って耕した土を払って起き上がったアルブはそう叫んだ。
「優秀な追跡者がいてな。すぐに逃げた先がわかったぞ」
リックは淡々と返答し、「少しだけ待っててくれ」とエリナに言ってアルブと対面する。
アルブは鋭い視線を送るリックを見て、鼻で笑った。
「俺と戦う気か? ここはお前も知ってる領域の中だぞ? 勝てると思っているのか?」
子馬鹿にするような口調のアルブ。得意げに両手を広げて、彼の背後には〝白漂領域〟のボスらしき巨大な化物が待機していた。
「聖女と戦って消耗したその体で、勝てると思ってるならかかってこい!」
だが、その刹那。その魔物は視えないナニカによって一瞬にして圧殺された。
ドヒュゥゥン、と地鳴りと響かせて、巨大なクレーターとなって魔物は消えた。
「へぇ?」
なにが起こったのか、アルブはわからず、変な声を上げた。
「あなたはここで終わりです。白陽の使徒……いえ、アルブと呼びましょうか」
ズゾゾゾゾ、と一升瓶の魔力補給薬をストローで飲み切ったナタリアはそう言った。
「どうして聖女がいる!? リック・ガルートンに倒されたはずだ!」
「その口ぶりからするに、本当にけしかけてきたんですね。良いように踊らされたようで腹が立ちます。この代償は高くつきますよ」
ナタリアはカラになった一升瓶を投げ捨てた。かなり怒っている様子で、確殺することを心に決めた、鋭く鋭利な眼差しがアルブを捉えて離さなかった。
アルブは非常に動揺していた。リックがいるのはナタリアを倒したからだ、とそう思って、疲弊したリックを見て余裕でいられたが、彼女の登場に伴い、最高戦力であっただろう領域の魔物を一撃で倒されたことで余裕そうな笑みが消えた。
最高戦力であっただろう魔物の消失し、ほかの領域の魔物も跡形もなくナタリアによって倒され、領域にはクレーターのみが斑模様のように残っているのみだ。
「エリナちゃーん!」
「エリナ! 大丈夫か!」
追いついたカンナとハルトは、エリナに駆け寄った。
「カンナさん、それにハルトさんも」
エリナの無事な姿に、カンナは飛びつくようにして抱き着いて、ハルトはそれを見ながら安堵の息を漏らして苦笑した。
続々と仲間が集合していく中、アルブは奥歯を噛みしめながら顔を歪ませた。
「何人集まったところでなんだっていうんだ! 俺に勝てると思ってるのか!」
虚勢を張るアルブから、リックはナタリアに視線を移す。
「聖女には申し訳ないが、この獲物はもらってもいいか?」
「……。いいでしょう。ですが、簡単に終わらせないでください」
「元よりそのつもりだ」
了承を得たリックはふたたびアルブに視線を移して前進する。
「疲弊したお前が俺に勝てると思ってるのか?」
「どうだかな。だが、それはお前も同じだろ? 受肉してそれほど日が経ってないお前は大した力を持っていない。まるで赤子だ。これからそんな赤子を殺すようで気分が悪い」
リックは平坦な口調であからさまに煽った。図星を突かれたことで一瞬だけ目を見開いたが、一番は挑発が効いたらしく、引き攣った笑みを浮かべた。
「んじゃなにか? 逃してやろうとか、そんなこと考えているのか?」
「まさか。俺も疲れてるし、魔力も二割を切ってる。だから、生身で戦おうと思う」
リックはそう言って魔導巧機重鎧を人形師で操作して後退させ、戦闘態勢を取る。なにも持たない。素手のみの戦闘だ。
「舐め戦してやるよ」
リックはそう言って微笑した。
全員がアルブに怒りを覚えている。それはリックも同じだ。エリナに心に傷を負わせたアルブに激怒している。許す気はさらさらない。
冷静にいられるのも精神系スキルのおかげだ。と言っても、二割程度しか発動しておらず、自力で抑えている。この怒りを、力に、武器に、血肉にして、アルブにぶつける。
完膚なきまでにぶちのめす、とリックの拳に力が入る。
「やれるもんならやってみろ! テメェなんか鎧ありきの凡人だと証明してやる!」
対して、煽られたアルブは激情に駆られてリックに肉薄した。
目で追うのがやっとの速度。その間、リックは呼吸音が変化した。コヒュゥゥゥゥ、と不思議な呼吸音を出し、リックの全身に魔力が黒い電流となって流れ、火花が散る。
「死ねぇッ!」
アルブが攻撃を仕掛けた瞬間、リックは彼より速く動き、腕を掴み、引き寄せて拳を撃ち込み、黒い電流を流し込んだ。
ぐはぁ、と悶絶するアルブ。だらんと脱力したのを確認したリックは、殴打、掌底、裏拳、手刀打ち、平手打ち、とあらゆる打撃を打ち、そのたびに黒い電流を流した。
滅多打ちのアルブは攻撃する隙もなく、ただやられるのみだった。
最後の一撃。リックが大振りの一撃を振ると、アルブは咄嗟にクロスガードした。その瞬間、リックは腕を折り畳み、突き出た肘が彼の腕にめり込む。
穿つような一撃は、容易にアルブの両腕の骨を砕き、あまつさえ肋骨も粉砕した。
そして、リックはアルブを蹴り飛ばした。地面を跳ねながら転がっていく。それをリックは追いかけ、減速したところでさらに蹴り飛ばした。
それを何度か繰り返し、蹴るのをやめて、ふぅ、と一呼吸ついた。
まるでボロ雑巾のように汚れて負傷したアルブは起き上がった。
「やってくれたなぁ。だが、それでやったつもりか! この領域にいるかぎり俺は無敵だ! こんな怪我、すぐに完治してお前を――」
アルブがそう言って魔力を循環させた瞬間、爆散した。
穴という穴から血が噴き出し、全身が血塗れになった。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッッッッ!」
アルブの悲痛な叫びが平坦な大地に響いた。自分の身になにが起こったのか、状況が掴めず、ひたすら穴の開いた自分の皮膚を見渡していた。
「なんでだ! 魔力が練れないっ! 練ろうとすると体に激痛が走るっ……。テメェなにをした! いったいなにを使ったんだ!」
アルブの問いにリックは口を開く。
「仙導士……特殊な魔力を扱う職業だ。俺の知り合いにアメリアって受付嬢がいてな。元冒険者で、変わった職業を持っていたんだ。それがこれだ。彼女が冒険者を廃業した時に教えてもらった。まさか、こんなところで使うことになるとは思わなかった」
「そ、そんな職業など聞いたことないぞ!」
「かなりマイナーな職業らしくて、使い手は俺を入れて百人もいないそうだ」
リックはそう言って言葉を続ける。
「それでお前を蝕む正体だが、俺がお前に打ち込んだ魔力に種がある」
そう言いながら指を指すと、なにもしないのにアルブはあからさまに動揺を見せる。だが、リックはそんなことは気にせずに言葉を続ける。
「魔力には波長というものが存在する。この職業は異なる魔力の波長を作り出し、増幅させる。それを打ち込まれた相手は、使用者の魔力が体内に残り続けるかぎり〝破障状態〟となり、魔力を使おうとすれば魔力が暴走して肉体にダメージが入る。それと、俺が魔力を打ちこむかぎり、お前は魔力の使用ができない」
「――ッ!?」
きっ、とリックが睨みを利かせると、アルブは狼狽した。
「使徒は依代が必要で、お前の依代は魔術師の肉体のようだ。殴ってわかった。魔力の封じられたお前にはもうなすすべがなくなったわけだ」
「――くっ!」
「聖女から聞いたとはいえ〝白影の使徒〟にそうとう嫌われているようだな。同族の弱点をこうも簡単にわかってしまったおかげで有効打までわかってしまった」
「〝白影の使徒〟だと!? あんのクソアマぁ! 同族のくせに俺たちを裏切りやがって! 俺たちとなにが違うというのだ! 見つけたらただじゃおかねぇ!」
「お前に次があるのか?」
ぴしゃり、と底冷えする声音でリックは言う。ビクッ、と怯えた様子のアルブは狼狽するが、それでも背中を向けて逃げ出すことはなかった。自分を鼓舞するかのように、または弱さを隠すように強気な表情を無理やりに作っていた。
「舐めるなよ! 人間風情がァ!」
アルブは叫び、リックに向かって突進した。だが、リックはそれに難なく対応した。リックの拳が懐に入ると同時に、アルブは回避行動を取って距離を取った。
だが、リックは逃がさない。
「――〈マグネット〉」
対象と使用者の両者を強制的に引き寄せる魔法を行使し、磁石で引き合うように距離が縮まる。リックはアルブの肩を掴み、魔法〈マグネット〉を拳と鳩尾に限定して打った。
槍で突くような一撃はアルブを吐血させた。
「そういえば、ヒノワにはこの魔法と同じ名前の歌があるらしい。背徳的に甘く切なく、引き寄せ合って離れられない恋の歌が」
「鉄の味しかしねぇじゃねぇか! 無駄話をする余裕があると思ってるのか!」
アルブの拳が振るわれ、リックは交わして顔面に蹴りを入れる。
「そっちもまだ無駄話できる余裕はありそうだな」
満身創痍でありながらもアルブはまだ立ち上がる。魔術師を戦士がタコ殴りにしている状況だというのに、まだ意識を保っていた。
「しぶといな。まあいいか。エリナを傷つけたんだ。簡単に終わらせる気はない」
「……、へへっ、その女になんの価値があるというんだ!」
「……なに?」
「そいつは人造人間だ! 俺たち用に作られた人類の敵だ! そんなヤツを守ったって意味がない! お前らといるだけで不幸にするだけだ!」
エリナを指さして嘲笑うアルブ。だが、リックは呆れて溜息をついた。
「二千年も前の流行りなんて、いまさら流行らないぞ」
「今の聞いてたのか!?」
「聞いての答えだが? 出自がどうであれ、敵か味方かの判断であればもうとっくに答えが出ている。神様直々、聖印というお墨付きだ」
リックは微笑しながら、自分の〝天啓の白書〟を実体化させた。
「今に思えば、聖女になったのも神様がお前ら〝白陽の使徒〟から彼女を守るためだったのかもな。世界の秩序を守ると同時に、彼女の存在を肯定し、幸せを願って」
「神がそこまでするわけないだろ! 下位の者にそこまでるわけが――」
「だったら俺たちは職業を持っていないだろ。お前がどう言おうと、歴史が、時間が、それを証明してくれてる。お前ごときに神を語れるものなどない。拒絶されたお前には」
「言わせておけばッ! そいつが生きてるかぎり、俺たちはどんな手を使ってでもそいつを奪う! それだけじゃない。そいつの肉体は現代人においても喉から手が出るほど貴重な素材だ! それでも守ると言うのかッ! 一生安寧なんかこないぞ!」
アルブの言葉に、リックは〝天啓の白書〟を戻してただ平然と対応する。
「守るさ。どんな理不尽がこようとも俺はエリナの盾となろう。この盾、傷つけられるものならかかってくるがいい。難攻不落の名は伊達じゃない、ってのを思い知らせてやる」
リックは自分の胸に手を当てながら、その覚悟を表明した。
エリナを守る。答えなど、彼女の面倒を見ると決めた頃からすでに決めていた。誰がどう言おうとその誓いが揺らぐことはない。
リックは言葉を続ける。
「俺でなくても、エリナには頼もしい仲間がたくさんいる。使徒ごときに遅れを取るような者など、ザルツブルグにはいない。お前らが相手にするのは俺だけじゃない。ザルツブルグという大きな存在だ。それをゆめゆめ忘れるな」
「ぐっ! 生意気な――」
「そういえば、いまは領域の端にいるわけだが、外に出たらお前はどうなるんだ?」
アルブは気づいていなかったが、リックはずっと領域の端まで移動させていた。領域の主なら気づくと想定していたが、それが無駄になるくらい簡単に到着してしまった。
アルブがそれに気づき、焦って確認しようと後ろを向いた。
その瞬間を狙い、リックは、とん、と領域の外へ押し出した。
領域外へ出たアルブは呆然と尻餅をついた。
次の瞬間、アルブの肉体は、じゅううぅぅぅぅ、と音と立てて焼かれ始めた。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッッッッ!」
アルブは地面にのたうち回り、悲痛な叫びをあげた。肌は焼け爛れていき、蒸発していく。まるで、おとぎ話に登場する吸血鬼のようだった。
「熱いィッ! 痛い! だ、誰か、助けてくれぇ! まだ死にたくない!」
アルブは地面を這って領域に戻ろうとした。〝白陽の使徒〟はどうして領域外でも普通に活動できているのか不明だが、一度でも領域を展開すると領域の魔物と同じ扱いになるらしく、外に出てしまうと魔物と同様に消滅してしまうらしい。
これは聖女からもらった情報だ。だからリックは最初から決めていた。最期は世界そのものに拒絶されて死んでもらうと。自分の怒りの落としどころとして。
「……。俺はここまでだ。あとは後方に譲る」
リックは一息ついてそう言った瞬間、アルブの下半身を視えない壁が潰した。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!」
悲痛な叫びが大地に木霊した。視えない壁はもちろん、聖女の結界術だ。領域に這って戻らないように押さえつけたのだ。最も身体の半分は潰れたわけだが。
「た、助けて……助けてくれ、エリナ。俺の花嫁だろ、少しは恩を――」
次の瞬間、白い光の剣が、エリナが行使した〈ホーリーセイバー〉がアルブの頭部に突き刺さった。それは頭部を貫通して、胴体へと深く入り、中途半端な串刺しになった。
「それが、エリナが出した答えだ」
トドメを刺されたアルブは跡形もなく消滅した。それと同時に領域も消滅した。大地には平穏が戻り、穏やかな空気が流れた。
「終わったな」
リックはそう言って、一息ついた。
こうして、〝白陽の使徒〟によるエリナ誘拐事件は幕を閉じた。ザルツブルグで起こった襲撃もリックたちが戻る頃には収束し、ふたたび平穏が訪れ、なにごともなかったかのように慣れ親しんだ日常が流れていた。




