77. 白陽の使徒
気絶していたエリナは目を覚ました。
「確か、私は……」
エリナは覚醒しきっていない意識の中で、自分の身に起きたことを思い出す。寺院の者に自分の気持ちを伝えた。そのあと、爆発が起きて、白い人が至近距離まで近づいて、強い衝撃とともに意識が飛んだ。それからの記憶は途絶えている。
エリナの視界には空が広がっていた。ギルドの室内ではない。ザルツブルグの都市内というわけでもなかった。あの喧騒が恋しくなってしまうほどに静かだった。
そして、覚えのある感覚をエリナは感じていた。
空気が重く、白く靄がかかって、世界から色が褪せている。
黒い塵が漂って、コールタールのようなものが空へと落ちていく。
つい最近、これを体験したことがあったエリナは、ここは〝白漂領域〟だと理解した。
仰向けに寝かせられ、両腕はバンザイするような格好で、地面からは生えた土気色の腕に拘束されていた。足は拘束されていないものの、拘束を解くのは困難だった。
「お目覚めかな?」
「……、」
エリナは確かな不安と恐怖を感じながらも、自分を連れ去ったモノに視線を向けた。その者、アルブは薄ら笑いを浮かべて、彼女をみおろしていた。
「そんなつれない顔をしないでくれ。俺たちはこれからツガイになるのだから」
「……、私は結婚する気はありません」
「拒否権はない。お前は女の役目だけを果たすだけの道具にすぎないからね」
「どうしてそんなことを」
「それが俺たちの目的だからさ」
よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりにアルブは両手を広げた。
「俺は、〝白陽の使徒〟。種として、世界に繁栄を望む存在。その一柱、アルブだ」
アルブはそう宣言したが、無反応のエリナに肩をすくめて、言葉を続ける。
「そして、君は繁殖用に製造された人造人間だ。普通の人間じゃ俺たちと性交ができても、孕むことができず、肉体が持たないんだ。だから俺たちに耐性を持った人間を作らないといけなかった。君はその完成品の中で最も優秀な個体だ」
まさかこんな形で自分の出生を知ることになるとは思わなかったエリナだが、さほど驚きもしなかった。〝天啓の白書〟に載っていた自身の種族名。なにかしらあると思っていたこともあり、疑問が晴れたことで胸のつかえが取れたとも言ってもいい。
「あまり驚かないんだな。ある程度は察していたってことか。まっ、繁殖には関係ないことだ。それに、君にたてられてこっちは我慢できないんだ。もうちょっと雰囲気のある場所にしたかったんだが、この際どうでもいい。さっさと済ませてしまおう」
アルブはそう言うと、獣のような爛々とした目をエリナに向け、舌なめずりをした。そして、ズボンのベルトを外し、シャツのボタンを二つほど取った。
その瞬間、自分がなにをされるのかを悟ったエリナは息を飲んだ。幼少期から教え込まされた男性への奉仕そのものだ。それがあたりまえ、だと思って従順に受け入れる準備を今まで思っていたはずのエリナは拒絶する意思が芽生えていた。
「悠長にそんなことをしていて大丈夫なんですか?」
「もしかして、助けに来てくれると思っているのか? たかだかちょっと強いだけのあいつらになにができる? 野蛮な冒険者の集まりに」
「あなたは彼らを見くびっています」
馬鹿にするように笑うアルブに、エリナは淡々と反論した。確かにただの冒険者だ。だが、ザルツブルグはほかの町からやってくる冒険者も多い。だからこそわかる。ザルツブルグの冒険者がどれだけ異質かを近場で見てきたのだから。
だが、アルブはそれを鼻で笑った。
「まあ、助けにきてくれると思ってればいいさ」
アルブは両膝を地面について近寄り、
「それよりも繁殖が先だ。きっと気持ちいいぜ? おたがいに。それに君にとっても名誉だろう。やっと本来の役目をまっとうできるのだから」
そう続けてエリナの足の間に入りこもうとした。
だが、エリナはアルブを蹴った。わりと強めに蹴られたアルブは尻餅をついた。
呆けた顔をするアルブを、エリナは無表情のまま見つめていた。これといった感情を示さない。そんな反抗的な彼女に笑ってみせたアルブは再度、股の間に入りこもうとした。
「――〈鋼鉄硬化・足〉ッ!」
その瞬間、エリナはハルトが使用していたスキルを見よう見まねで発動した。不完全のまま発動した体術スキル〈鋼鉄硬化・足〉はアルブにダメージを与えるほどの威力を発揮はしなかったが、吹き飛ばすことに成功し、約一〇メートルの距離を稼ぐことができた。
すかさず、エリナは〈ホーリーセイバー〉を行使して両腕の拘束を破壊した。そして、レイテコル鉱石山脈とは逆の方向に向かって走った。
不完全な移動スキル〈スプリント〉を発動して逃走を図るが、エリナを覆うほどの巨大な影が現れた。それは以前の〝白漂領域〟でも発生した領域の主と同系統の魔物。顔が空洞で、異常に発達した両腕を持った魔物は、顔を振り向かせたエリナに腕を薙いだ。
どすっ、鈍い音。歪んで体が変形しそうなほどの衝撃を受けたエリナは地面を何度か跳ねながら転がった。うつ伏せで停止したエリナは吐血し、味わったことのない体中に響く激痛に苦悶する。だが、逃げなきゃ、と遠のきかける意識を無理やり引っ張って、呼吸を整えながら体は動かすが、仰向けになるのがやっとだった。
「やれやれ。優しく接してやったのが、よくなかったのかなァッ!」
アルブはエリナに馬乗りになって殴った。
「テメェは、おとなしく、股ひらいて、黙って、孕んでれば、いいんだ、よッ!」
何度も、何度も殴った。
「自由なんかあると思ったのか? 女のお前にッ! 道具のお前に! 造られた時からお前は俺たちの奴隷だ! 自由なんかねぇんだよ!」
うっ、くっ、とエリナから漏れ出る声を聞きながら無抵抗の彼女を殴り続けた。
ふと、アルブは拳を止めた。
「おっと、これ以上やったら顔が歪んでしまう。ぐちゃぐちゃの顔を見ながら繁殖なんて嫌だからな。でも、ちょっと虚ろなくらいがゾクゾクするなぁ」
下卑た笑みを浮かべながら、弱ったエリナの両足を掴んで内側へと侵入した。そして、乱暴にエリナの胸を鷲掴んだ。
「でけぇ乳だ。肉体的、精神的にも優秀な遺伝子を組み合わせたおかげで、官能的な肉体を持った天才が誕生した。それらを俺たちは繁殖用特殊人造人間と呼んでいる」
アルブはそう言いながら衣服の一部を雑草を毟るかのように破った。
「いろんな人類種を組みわ合わせたが、人型じゃない同族も欲しかったから、魔物も入れた。おかげで君はキメラ体質となった魔物も孕めるようにしてある」
真実が開かされていく中で、エリナは淡々とそれらを聞いていた。きっと絶望しているだろう、諦めただろう、と勘違いしているアルブは気持ちよさそうに言葉を続ける。
「それにしても驚いたよ。まさかゴブリンの因子も適合とは。近親交配も可能になるなんて思いもしなかったよ。ゴブリンももしかしたら人類種の仲間なんじゃないかなぁ? ああ、このかぐわしい匂いも、たぎらせてくれる……さすがサキュバスの血だ」
エリナに顔をうずめながらアルブはそう言う。まるで獣だった。
それでもエリナは淡々と聞いていた。それもそうだ。まるで実感のないことを言われても彼女にはピンとこないのだ。だが、魔物の因子が含まれている自分の身体は、はたして人類として生きていていいのかと、思ってしまうのも事実だった。
「お前には居場所はないんだ。俺たちの道具になる以外、生存する道はない」
アルブは耳元でそう囁いて、ズボンをずりおろし、腰を近づけ、それを当てる。
「わかるかい? 俺の肉が君の肉に当たってるのを。君の熱が肉に伝わってくる。とてもいい! 生きてるって感じだ!」
ぐっ、とそれは押し込まれる。エリナはそれを拒絶しようと身を引こうとするが、アルブの力が強くて逃げることができなかった。
今更、異性を拒絶するとは、エリナ自身は思ってもみなかったことだ。異性に奉仕するのがあたりまえだと教え込まれ、それが普通だと信じて疑わなかったのに、『嫌だ! この人とはしたくない!』と明確な意思をもって拒否していた。
それでは誰となら、と思ったとき、まっさきに思い浮かんだのはリックだった。
いまに思えば初めて出会った頃から異性として見ていたのかもしれない、とエリナは思う。強くて、優しくて、親切で、そして今日まで助けてくれた。彼に惹かれている。目の前のアルブを拒絶する気持ちが、より強くリックを求める自分を実感させた。
だからこそ、最初がアルブであることに酷く悲しくなってしまった。
思わず涙が浮かんだ。エリナはそんな現実を受け入れたくなくて瞼を閉じる。
「さあ繋がろう! 俺たちで楽園を築こう!」
それは押し込まれた。
ガンッッッッーーーーーーーー、と短く重い金属の音が響いた。
押しつけられた熱が消え、アルブの気配が消えたことでエリナは目を開けた。
視界に映ったのは、魔導巧機重鎧に身を包んだリックの背中だった。
強く、逞しく、堅牢なその背中に、エリナは放心したまま見つめた。
「大丈夫か。エリナ」
「リックさん……」
振り返ったリックの声を聞いて、エリナから彼の名前を呼んだ。
確かな現実がそこにあった。魔導巧機重鎧が開き、中から生身のリックが出てきて、エリナの状態を見て、奥歯を噛みしめて収納魔法から取り出した布を羽織らせ、
「遅くなってすまなかった」
エリナと目を合わせるように屈んでそう言った。
「もう大丈夫だ。みんなももうじき到着する」
優しい声音のリック。エリナは思わず彼の胸に飛びこんだ。
緊張の糸が解けて涙が流れた。助けは望み薄だと、不安に駆られて、心細かったこともあり、思い浮かべていたリックが現れたことで感情が爆発した。
そんなエリナを、リックは安心させるように、子供をあやすように頭を撫でた。




