76. 和解
エリナ救出は失敗に終わった。リックはエリナに謝罪の念を抱きながら諦めた。
「……なんて。さすがの私でも、命の恩人を殺めたりはしません」
ナタリアはそう言うと、リックの背中から手を離した。
驚いてリックが振り返ると、神妙な面持ちのナタリアが口を開いた。
「私は利用されたのですね」
そう言ってナタリアは溜息をついた。
「いいのか?」
あまりにも簡単に手を引いたことに、直前で死を覚悟したリックは困惑しながら訊ねた。
「いいもなにも、本物の手下なら庇ったりはしません。言い訳でしかありませんが、白陽の使徒を知る者は限られているとはいえ、要請が来た時点で聖女を装った罠の可能性を考慮するべきでした。本当に申し訳ありません」
ナタリアはそう答えて深く頭を下げた。先程の殺気を巻き散らしていた彼女とは思えないほどの態度に動揺しながらもリックは、
「頭を上げてください。誤解が解けただけで十分ですから」
とそう言ってやめさせた。元はといえば、元パーティメンバーのミアが偽った情報を流したのが原因だ。むしろ、ナタリアはそれに無理やり巻き込まれた被害者といっていい。
だが、当の本人はそうもいかず、命のやり取りをしてしまった以上、誠心誠意、対応せざるおえない。なにせ聖女の肩書を持つわけだから、ぞんざいな対応はできない。
「……、お気遣いありがとうございます」
どう受け取られたのかはリックにはわからないが、ナタリアはそれだけ言って、もういちど頭を下げ、怪我人のいるほうに足を進めた。
ハルトの前まで近づいたナタリアは屈んで手をかざした。
「申し訳ありませんでした。いま治療いたします」
「あ? ああ……お願いします」
呆気に取られていたハルトは素直に治療を受けた。ぎりぎり骨だけ繋がっている状態の足。それをナタリアは自らのあやまちに悔いているように一瞥し、治癒魔法を行使して、あっという間に完治させた。
「どうですか? まだ痛みますか?」
ハルトはほっと息をつき、立って足の具合を確認した。
「大丈夫だ。治してくれてありがとな」
ハルトはそう言いながら、足と一緒に切断されてしまったズボンを脱いだ。片足だけクールビズ、もう片方はダメージジーンズのようになっていて、新種のコーディネートのようになっていた。そんな様子の隣で、カンナが意識を取り戻した。
「あれ? 戦い終わった?」
寝惚けまなこのカンナは目の前にいるナタリアに身構えたが、周囲の様子からすべてを察して構えを解いた。
「大変ご迷惑をおかけしましたね。おとなりさんにも」
ナタリアの謝罪に、ハルトとカンナの二人は顔を合わせてから視線を戻した。
「いいっていいって。誤解が解けたようだし、足も元通りにしてもらったしな」
「そうそう。けしかけられたのはわかってるから」
軽い返答にナタリアは困惑した様子を見せながらも「感謝します」と言って会釈した。
ナタリアの被害者であるリックたちはこの出来事を不問にしようとしている。理由は単純で彼女自身も被害者であるからだ。
ザルツブルグの聖女と聞いて、面識のある聖女と言えばミアだけだ。そして、ミアは『バラン・ガタッタ』のパーティメンバーであり、リック、カンナ、ハルトの三名はそのパーティと因縁がある。ナタリアの襲撃のタイミングからして、グランとリックの決闘がきっかけなのは間違いない。あの事件は全員が周知している。
それに、ナタリアの対話という選択を取らせないために、わざわざ〝白陽の使徒〟とという単語を使った。その単語がどれだけの意味を持つのかを分かっていながら。
ナタリアが宣言してくれたおかげで、誰の差し金かは一瞬で理解した。だから三人は問いたださない。責めない。彼女は他人の私怨に振り回されただけにすぎないのだから。
三人の様子を見たナタリアの表情から自責の念が完全に消えたわけではないが、胸を撫でおろす仕草をした彼女の表情がやわらぎ、明るくなったのは確かだった。
美人ということもあるが、彼女の笑顔に三人はつい見惚れてしまった。
「ところで、お三方はどちらに向かわれていたのですか?」
「……あ、そうだよ! ここで立ち止まってる暇がなかったんだ!」
我に返ったカンナはそう叫んだ。
「お急ぎの用事だったのですか?」
カンナの慌てた様子を見て、ナタリアはそう訊ねた。
「実は白いやつにエリナが攫われてしまって、救出のために追跡していたところなんです」
「なんですって!?」
リックが事情を説明すると、穏やかな表情が崩れるくらいにナタリアは目を見開いて驚いた。ミアからもらった手紙には聖女エリナに関しては一切ふれていなかったのだろう。大事になっていると知っていればこんな道草をせずに済んだのかもしれない。
「なんてこと、そんな大事になってるなんて……私も手伝います。ご同行させ――」
ナタリアがそう言った瞬間、リックたちが向かっていた方角から悍ましい気配が発生した。思わず全員がその方角に視線をやると、半透明の黒いドーム状の結界のようなものが展開されていた。目的地は意外にも近かった。
「……ナタリアさん」
「呼び捨てで構いません」
「ナタリア。力を貸してくれるか?」
「もちろん。でしたら、あの使徒に関して情報を伝えましょう」
「頼む」




