75. 横槍を入れる
ハイスペッカーの〝覚醒状態〟というのはリックにとって未知の領域だ。
五感の拡張、魔力や空間などの認識能力の向上、反応速度向上、となにもかもが研ぎ澄まされた感覚をリックは体験している。そして、その未知の領域を直感で理解していた。
リックはこの覚醒を有効的に利用する方法もすでに決まっていた。
「――〈闘気圧縮〉ッ」
今までナタリアの結界術によって蓄積された闘気を一気に圧縮した。〈闘気圧縮〉は一定量の闘気を圧縮し、〝圧縮闘気〟にするスキルだ。上限はない。リックにとっては関係ないことだ。それを一気に、ぐっ、と普段よりも束ねて、重ねて、作り上げた。
発生する揺らぎは一瞬だ。だが、その一瞬に詰まった違和感はナタリアの目を開かせた。
「――ッ!」
ナタリアにはその一瞬の揺らぎは何度も発生したように見えていた。まるで水面に発生する波紋のように、その刹那にはあった。
「さっきの礼に教えといてやる。今のは闘気を圧縮するスキルだ。そして、これからやるのはさらに上のやつだ――〈過重圧縮〉ッ!」
リックを取り巻く空間が一瞬だけ、引き寄せられるかのように歪んだ。
さらに上の段階のスキル〈過重圧縮〉は〝圧縮闘気〟のストック計五本をさらに圧縮し、〝過重闘気〟にするスキルだ。より強力に、爆発的な破壊力を生み出す。
ナタリアの魔力障壁を破壊するにはこれくらいの準備が必要だと、リックは判断した。
そして、その必要性を表すかのようにナタリアに一瞬の動揺を見せた。
「――〈装填〉ッ!」
リックが使用した〈装填〉は〝過重闘気〟を自身や武器に装填するスキルだ。装填した場合、任意のスキルが使用されるまで一時的な〝強化状態〟となる。
指定したのは自分自身。強化したリックの輪郭が立ち上るようにして空気が茹んだ。
だが、これだけではまだ足りない。リックはナタリアに肉薄し、魔導剣を振るう。
ガン、と硬い物がぶつかり合う音を響かせ、魔力障壁にヒビが入る。リックは続けて、盾スキル〈シールドスラッシュ〉を繰り出して障壁を破壊した。
ナタリアは目を見開きながら反撃する。リックは冷静に大盾を構えて防いだ。
次々と撃ち出される魔力障壁。それを淡々と大盾を叩きつけて砕く。歯噛みするナタリアに対してリックは着々と不可侵の領域に近づいていく。
「ぐっ! ――〈ブラスト〉ッ!」
ナタリアは風魔法を行使し、リックを含む周辺が爆発したかのような強風に吹き飛ばした。魔導巧機重鎧を装備するリックでさえ軽々と宙に放り出されるほどだった。
宙に投げ出されて逃げ場のなくなったリックに向けて、ナタリアはハルトにしたのと同じように魔力障壁をフリスビーのように射出する。
だが、それでもリックは冷静だ。体勢を立て直し、
「ふん!」
今まで切っていたスキル〈反射〉を発動して障壁を叩き割った。
「なんて反応速度!」
「お返しだ――〈シールドインパクト〉ッ!」
リックは地面にめがけて盾スキルを叩き込んだ。
大盾が接触した地面は爆発し、周囲に衝撃波と土埃を巻き上げた。ナタリアの視界を完全に奪ったと同時にリックは、
「――〈フルヘイト〉ッ!」
スキルを発動してナタリアの意識を強制的に引き寄せた。
だが、そのスキルの発動にナタリアは激怒した。
(馬鹿にしてるつもりですか!)
視界を封じ込めたのにも関わらず、意識を引き寄せるスキルの使用にナタリアは怒りを感じられずにはいられなかった。ナタリアは高出力の魔力障壁を意識が指し示す方向へと撃ち込み、土埃に大きな風穴を開けた。しかし、魔力障壁は捉えたが、反射効果があるリックの大盾にぶつかったと同時に砕け散った。
激情に駆られたナタリアは肩で息をしている様子にリックは大盾に魔導剣を叩きつけた。
「こっちの準備は整ったぞ。準備はいいか?」
魔導剣の刀身は赤熱するかのように煌々と発光し、火花と電気を散らした。
リックは肉薄し、大振りの一撃はナタリアに向かった。嫌な予感がしたナタリアは半身を引いた瞬間、魔力障壁が軽々と破壊され、引いた足先のところを剣が抉った。そして、わずかな衝撃波に当てられて後方へ飛ぶ。
(なんて破壊力なの! 私の結界術がまるで機能していない!)
ナタリアは魔法で距離を取ろうにも、リックは距離を詰めた。次第に射出される魔力障壁の量が増えていっているのにもかかわらず、リックはそれらをすべて砕いていった。
迫りくるリックに、ナタリアは不敵に笑う。危機的状況にも関わらず、ここまでに至る存在を相手に焦りとともに高揚感を感じずにはいられなかった。
「いいでしょう。こちらも全力で向かわせてもらいます!」
ナタリアから膨大な魔力が起こった。それに気づいたリックは彼女がなにをしようとしているのかを理解した。そして、リックは同様に全力で魔力を起こす。
それは、双方とっておいたとっておきのスキルだ。
「――神気解放!」
「――竜気解放!」
双方の目が変化する。ナタリアの目は神々しい金色へと変わり、リックの目は禍々しい青紫色の縦長の瞳孔へと変化する。そして、二人は気づかない。上位存在の覇気がぶつかり合い、古き時代から続く因縁が二人の力を底上げさせる。
二つの異なる覇気のぶつかり合いは、静観しているハルトでさえ息を飲むほどだった。
そして、発動する。
「――〈分霊接続〉ッ!」
ナタリアのコアスキルは、かつてナタリアを聖女に選んだ神そのもの。
裏切られ、封印され、幾年と時を重ね、出会った自伝ですでに顕現できなくなるほどに弱ってしまった神様は、〝深淵の虚書〟を手にしたナタリアに自身の力を与えた。
偶然か、あるいは必然か、そのたった一人の少女との縁が女神を現世に繋ぎ止めた。
太陽神の系譜である女神。その御姿はナタリアを依代にして浮き上がる。
頭上に紋様のような円形状の輪が現れ、ナタリアの金色の髪が伸びていく。徐々に女神とナタリアの中間的な容姿へと変わり、体型すら女神の豊満な身体つきが現れた。
使用者を依代にして彼女たちは〝特殊状態〟へと移行する。
神々しくも、美しい。柔らかな微笑みが似合いそうなナタリアを依代とした女神。そんな彼女たちはリックに強い眼差しを送る。
「――〈解き放たれし光と導きの女神〉ッ!」
後光を放ちながらナタリアはそう言った。
ナタリアの〝特殊状態〟を見届け、続けてリックも発動する。
「――〈核・点火〉ッ!」
スイッチの役割を持つスキルを発動した瞬間、リックの全身から仄かに、黒を纏った青白いオーラを放ち、黒雷が火花を散らす。そして、特殊状態へと移行する。
「――〈冥峰の躍動炉〉ッ!」
双方のコアスキルの最大稼働時間は五分。しかし、消耗戦を行った二人の心身への負荷と疲弊により、特殊状態の持続時間は最低で一分も持たない。
限られた時間の中で、二人は出し惜しみをする気は毛頭ない。初めから全力。
リックはかつてサブルトラック商会に向けて使用した、圧倒的な速度を誇る移動スキル〈アクセラレート〉を発動してナタリアに向かって突っ込んだ。
ナタリアの周辺に展開されている結界に接触した瞬間、リックは軽くぶつかった。弾丸のような速度と〈反射〉による追加攻撃を、その結界は封殺した。
リックが驚くと同時に魔力障壁が襲い、かなりの距離を離された。リックが地面に着地するとともにナタリアから巨大な結界が展開された。
不思議な円形状の模様が浮き出た結界。リックが飛翔する〈ホーリーセイバー〉を回避しながら距離を縮めていくにつれ、ドーム状の結界が無数の光を放ち始めう。
その結界は魔力障壁を利用し、無数のレンズを作り上げている。それは太陽の光を集め、溜め込み、圧縮し、時が来ると同時に、かつて女神が使用したとされる業を再現する。
眩い光が結界内に木漏れ日のように射す。
それはリックの視界を奪い、足を強制的に止めさせた。
目も開けていられない眩さは太陽の光が十分に集まった証拠だ。
これは女神の最大火力。強大な魔を滅するために編み出された一撃。通常なら短時間では発動できないスキルだが、結界の応用によって短時間で引き出すことに成功した。
ナタリアは手を掲げると、無数の結界レンズから糸のように集まっていく。その束を握りしめると同時に、光がそこに収束され、一本の剣を象った。
だが、それは一時的な形だ。発射寸前の銃弾にすぎない。
ナタリアは光剣の切っ先をリックに向けた。光剣は周辺を飲み込むほどの眩い光を放つ。
「――〈眩光の断罪剣〉ッ!」
発射された光線は、身動きの取れないリックを完全に捉える。
リックは大盾を構え、その光線を受け止めた。光線は花開くようにして霧散する。圧倒的なエネルギーの塊は、リックを後方へと押し戻す。
リックは踏ん張り、魔力を最大まで出力し、徐々に前へと足を進める。大盾は淡い光を帯び、増幅した魔力は盾と光線の間に隙間を作らせた。リックのコアスキルは堅牢な防御のほかに、魔力増幅器の一面もある。出力だけであればナタリアを上回る。
ナタリアから出し切られた光は最後に爆発を引き起こした。視界を覆うほどの土煙が舞い、その中から赤い光が煌めき、光線を防ぎ切ったリックが現れる。
次は俺の番、と言わんばかりに煌々と赤熱する魔導剣を振り上げる。
「――〈ディスチャージ〉ッ!」
赤熱した魔導剣が、沸騰した水のような、赤みを帯びた激しい揺らめきを放つ。高圧縮された闘気。少しの衝撃で暴発してもおかしくないような危険を孕んだ塊。
リック自身にも〈装填〉された闘気が存在する。この戦闘で積み上げた闘気を解放したのだ。その爆発力は計り知れないものとなる。その重い一撃を振るう。
爆発的な力は、巨大な闘気の塊が斬撃となって放たれ、容易く結界を破壊した。
ドーム状の結界を両断し、地面すら抉った。
斬撃が逸れたおかげでナタリアは無事だった。本来なら破壊されるはずのない結界術師と神力が合わさった結界。予想外な出来事に呆気に取られるナタリアだったが、リックが倒れていない以上、すぐに気持ちを切り替えた。
しかし、両者、タイムリミット。
ナタリアから女神の姿が消え、元の姿へと戻った。
魔力も尽きかけていた。乱用はできない。そう思ってナタリアは土埃が舞う世界を見渡した。幸いだったのが、〈フルヘイト〉のおかげで位置がわかることだった。それに相手も同じ状況であることは肌で感じていた。
だが、勝算を導き出した瞬間〈フルヘイト〉が切れた。
(気配が消えた!? ヤバい! 完全に見失った!)
ナタリアは焦る。瞬時に大杖を長槍に変改させて周囲を警戒した。
土埃の中、大きな人の影が突撃してきたのがわかった。ナタリアはすかさず〈ジェットスラスト〉を発動して貫く。
ガンッ、金属音とともにその影が逸れて倒れた。
「え?」
あまりにもあっさりと倒れたリックと思われる存在にナタリアは困惑した。それは先程まで白を基調とした鎧だったはずなのに、今はただの鉄塊となって倒れていた。
土埃が晴れかけた瞬間、背後から感じたリックの気配に振り向いた。
そこには、飲みかけの魔力補給薬をストローで飲むリックの姿があった。利き手には以前使用していた片手戦斧を装備してナタリアに肉薄する。
だが、それ以上に、ナタリアは鎧が気になった。
(どうやって? 独りでに動いたの? わからない。どうやって、なにをして……)
ふと、リックの仲間が使用していた職業が思い浮かんだ。
(人形師か! 〝神眼〟で見えなかった部分ね! 運が悪いこと!)
ナタリアにできることはもうない。反動で魔法がうまく行使できない状態だった。魔法で行使できるのは自分を覆う程度のガラス程度の強度の魔力障壁くらいだ。
だが、それ以上に、片手戦斧が煌々と赤熱するように輝いていた。
(まだ残ってたの!? 嘘、全部使ったんじゃ!?)
ナタリアが思い浮かんだのは、盾に叩きつけた魔導剣、だった。
(あの動作はまさか! 盾になにかしたわけではなかったのですか!)
片手戦斧が沸騰した水のような、赤みを帯びた激しい揺らめきを放った。
「これで、終わりだ!」
リックの刃は届く、はずだった。
二人の距離が近づくとともに、二人の視線は逸れ、同じ方向を見ていた。
それは砲弾のようなものだった。赤熱した巨大な砲弾。それがナタリアに向かって。
その砲弾は視界を覆い尽くすような黒い影を帯びていた。畏怖と恐怖を連想させるような、それが二人の目には死神のように視えた。
まるで結界を破壊されたことを見計らったかのように、それはきた。
「――ッ!」
リックは咄嗟に砲弾とナタリアの射線に入り、闘気を帯びた片手戦斧で受け止めた。
ガリガリガリッ、と削るような音。水飛沫のような火花を散らしながら、リックは奥歯を噛みしめ、地面を踏みしめていなした。
砲弾はナタリアから大きく逸れ、地面に着弾した。
クレーターができた中心。その砲弾は自然と崩れて、中から弾丸が出てきた。
リックは弾丸が飛んできた方向を見たが、誰もいなかった。
「……、なんとかなったか」
どうなっているのか不明だったが、リックは安堵の息をついた。
とんっ、と華奢な手がリックの背中に置かれた。
「チェックメイトです」
ナタリアから冷たくそう言い放った。
「ああ。そうだな」
貯め込んだ闘気はすべて使い果たし、魔力も尽きた。この距離では回避することもできない。壁役の癖が出てしまったリックは、空を仰いで溜息を吐いた。




