73. マルチタスカー
リックが万全な状態で戦うには時間がかかる。
その間の時間を稼ぐためにハルトは挑む。だが、相手は上層部はともかくとして、噂程度にしか認識されていない〝ハイスペッカー〟だ。戦闘記録もリックとの戦いを除けばない。そして、防御特化のエキスパートときた。
実力差はある。勝算はないにも等しい。だが、ハルトにはそんなの関係なかった。
「確かに強いのはわかったが、ぶっちゃけ言っちまうと、ハイスペッカーなんざやれることが幅広いってだけで、ほかと大して変わんねぇだろうがよ」
ハルトはそう言い捨てながら肉薄し、魔力障壁に剣を叩きつけた。
「それだったら俺だってそうだぜ。ネーミング的にそっちには劣るが、複数職業の持ち主にだって立派な名前があるんだよ。〝マルチタスカー〟っつう呼び名がな」
「へえ。あなた、〝マルチタスカー〟なんですね」
ナタリアは当然のように知っているような口ぶりでそう言った。
ハルトの言う〝マルチタスカー〟は〝ハイスペッカー〟という名前が出始める前からあった名前だ。三つ以上の職業を主力職業と同等に扱える者の呼び名である。
ただ使えるだけでは〝マルチタスカー〟とは呼ばれない。それ相応の実力を持ち、周囲から認められないといけない。その実力者の一人がハルトだ。
ハルトは距離を保ちつつ、回り込むように地を蹴った。
「最初から全力でいかせてもらうぜ! ――〈オーバーラッピング〉ッ!」
魔法戦士の魔法〈オーバーラッピング〉は強化系の効果を重複させる魔法だ。強化の上限はなし、本人の強度次第だ。
「手始めに――〈フルエンチャント・ブースト〉ッ」
魔法ブースト系の身体、生命、魔力、を強化。これを基礎にさらに強化を重ねていく。
「〈マナヒーラー〉〈エーテルドライヴ〉〈ライフガード〉〈ライフドライヴ〉〈バトルヒーリング〉〈プロテクター〉〈プロテクション〉〈ブレッシング〉〈シャープエッジ〉〈パワポ〉〈パワフル〉〈ドライヴ〉〈フィジカウル〉〈アクセル〉――〈バーサリア〉ッ」
ハルトは限界まで魔法を付与し、目は充血させながら、流れ出た鼻血を拭った。
「これでリックと、どっこいだ!」
ハルトは不敵に笑ってナタリアに突進した。強化系の魔法を重複させることによってリックと同等の高速移動を可能にしたハルトは魔力障壁を破壊した。
一気に何重枚と破壊し、障壁の破片が散らばり消滅する傍らで、目を見開くナタリアと、してやったと言わんばかりに不敵に笑うハルトの視線が重なる。
瞬間、空気が赤く染まり、バンッ、と爆発するような衝撃波がハルトを襲った。しかし、リックとの戦闘を見ていたハルトはそれを難なく回避し、盾に剣を根元まで突き刺す。
カチン、とはまる音とともに剣の柄と刀身の三分の一と、機械仕掛けの盾から円鋸が展開される。そしてハルトは最大出力で回転数を上げ、スキル〈フルチャージ〉と〈クイック〉を発動し、威力と短縮を図り、機械仕掛けの武器は半透明の飴をコーティングしたかのような赤色に発色した。
準備は整った。そう言わんばかりにハルトは笑みを崩さず、だが鋭い視線をナタリアに刺し、盾を手離して円を描くように振るう。遠心力で剣先に移動した円鋸の盾は大量の火花を散らしながら魔力障壁を破壊した。
「もういっちょ!」
ギィィィィィィン、と音を鳴らし、ハルトは体を捻ってもういちど武器を叩きつけた。
円鋸が停止し、ハルトが盾から剣を引き抜こうとしたときだ。機械仕掛けの武器に埋めこまれたように魔力障壁が展開され、ハルトの武器は使用不可能になってしまった。
「なッ――――」
ハルトの注意が武器に映った一瞬を見逃さない。ナタリアは掌サイズの魔力障壁を圧縮し、一瞬にしてハルトの脇腹を抉った。削り取ったかのような穴が胴体にでき、ハルトはなにが起こったのかわからない顔をして地面に崩れ落ちる。
と思われた瞬間、ばふん、とハルトは煙となって消滅した。
「――〈忍法・影分身〉ってな」
「――ッ!」
ナタリアは目を見開いて背後から聞こえた声のほうに振り向いた瞬間、数本のクナイが投擲されており、障壁にぶつかったと同時に爆発した。
「そんな驚くほどでもないだろ。〝マルチタスカー〟の常套手段だってのに」
五体満足のハルトは笑みを浮かべながらそう言った。そして、
「ちょっと早いが、職業変更といこうか!」
クナイや手裏剣を取り出しながら言葉を続けた。
――
ナタリアはハルトを侮れない相手だと認識した。
リックの取り巻きくらいにしか思っていなかった相手は相当な手練れだ。本人も自称していたとおり〝マルチタスカー〟としての実力も申し分ない。そして、〝マルチタスカー〟の厄介さもしっかりと持ち合わせていた。
(〝マルチタスカー〟の厄介なところは職業変更をしてくるところ。主力職業に固執しない。どの職業も主力と同じだから自由に戦えるから関係ない。やりづらい)
主力を抑えても次の職業に変更する。完全なイタチごっこだ。それに相手はこの大陸にはない珍しい職業の持ち主だ。ナタリアには知識がなかった。
「ヒノワ固有の職業ですか。初めて見ますね」
「へぇ、そうか。それはいいこと聞いたわ」
ハルトはそう言うと印を結び、なにもないところから爆発するように煙幕が貼られた。視界を遮られたが、飛来するクナイや手裏剣は自動防御によって弾かれる。
その間にハルトを探すナタリアだが、彼の気配、ましてや魔力すら感知できなかった。それが職業の力なのか、とナタリアは警戒しながら思った。
「――〈火遁・焔息吹〉ッ!」
瞬間、煙幕の中から火炎放射がナタリアを襲った。
そして、その火炎放射は煙幕に発火して同時に爆破した。
周囲を覆う爆炎。防御魔法ごしに伝わるわずかな熱が肌を撫でる。ナタリアは魔法を行使して灰色の煙幕を吹き飛ばした。
視界が晴れると、縦長の紙の束が頭上から落ち、魔力障壁に当たると帯封紙が外れて紙がばらけて空を埋め尽くした。その紙には赤く、不思議な模様が描かれていた。
「さっきのは〝忍〟っつう職業だったわけだが、次のはわかるか?」
瞬間、縦長の紙が意思を持ったかのように独りでに動き、魔力障壁に張りついていく。ナタリアが戸惑うなか、あっという間に包囲された。そして、爆発した。
(また爆発……紙が爆弾だなんて。世界は不思議でいっぱいね)
黒煙が舞う中、突如として頭上に丸腰のハルトが現れた。障壁に乗ったハルトは両手を障壁に当てた。なにをする気なのかは不明だが、ナタリアはその光景を平然と眺めた。
「空手、って知ってるか? 魔力障壁で瓦割りとか初挑戦だぜ。何枚割れるかなぁ?」
ふんっ、とハルトが力を入れた瞬間、すべて割れた。そして、領域内に侵入してきた。
「お邪魔ぁ」
「いらっしゃい」
これはナタリアのお膳立てだ。わざとハルトを侵入させるために途中で防御魔法を解いたのだ。そして、大杖を長槍に変形させて肉薄するハルトに突き出す。
「おっと! なんだ魔法職だけじゃねぇのかよ――〈鋼鉄硬化・全身〉ッ!」
体術系のスキルを発動してハルトは突き技を受け流した。
ナタリアの大杖と長槍の二つの顔を持つ変形武器。長槍だとさらに柄が伸び、大杖の突起が錬金術によって殺傷能力のある刃へと化ける。鉄板くらい簡単に貫通する。
それをナタリアはハルトへとためらいなく突き技を繰り出す。たまに手を軸に長槍を回転させながら斬りかかった。彼の頑丈な手足からは火花が散ったが、同時に赤く擦り傷ができていることも確認できた。瞬間、ハルトは収納魔法を使って二本の剣を取り出した。
「双剣士ですか」
ナタリアはそう言いながら対応した。次々を変わる職業。出し惜しみしないこの感じ。ハルトは確かに強い。強いからこそ、その違和感は如実に表れていた。
(ああ。その程度ですか)
そう思いながらナタリアは槍スキル〈ジェットスラスト〉を発動した。ソニックブームが起こるほどの一突きはハルトの胴体を貫いた。だが、
「残念。それは影分身だ」
貫いたハルトは煙となって消え、背後から本物のハルトが現れる。先程ナタリアが封じたはずの機械仕掛けの武器を持ち、盾から剣を引き抜いて振り上げた。
ナタリアが振り向いた時には、ハルトによって斬り伏せられた。
肩から脇へ剣が通り、絶対領域のナターシャと呼ばれたナタリアが流血した。
だが、斬られたナタリアの目は依然としてハルトを見ていた。
「それはあなたの戦い方ではありませんね」
核心を突く言葉にハルトは動揺の色を見せた。そして、ナタリアは言葉を続ける。
「違和感があった。本来の戦い方は剣闘士を主軸としたもの。確かに〝マルチタスカー〟は職業に固執しないですが、一度にそんな職業変更はしません。それはあなたが今までそういう戦い方をしてこなかった証拠です」
彼がマルチタスカーであることは確かだろう。しかし、本来のマルチタスカーの戦い方はすぐに手札を切らず、不利になった場合のみ変更する。
ヒノワ固有の職業を持っていようと関係ない。職業変更による恩恵の切り替わり。それによって五感や肉体に及ぼす感覚のズレ。それは不慣れなハルトを鈍らした。
それが敗北に繋がった。
――
「なにを――」
「――〈シャドウブリンク〉」
ハルトが斬ったはずのナタリアが消えた。彼女の唱えた魔法はハルトの使った影分身と同じものだ。それがわかった時にはすでに遅かった。
背後を取られ、振り向くときには魔力障壁によって押し出され、ハルトは宙を舞った。
「しくじった。だが、まだどうでもな――――」
刹那、糸が反射したかのような軌跡が見えた瞬間、ハルトの片足が切断された。膝から上が切り離され、もう片方の脚も骨を断たれ、肉と皮でぎりぎり繋がっていた。
(いま、なにが起きた?)
ハルトは、なにが起きたのかわからなかった。自分の脚が切断された事実を理解するのもわずかに時間を有した。ふと、風で体が回転して足を切断した正体が見えた。
魔力障壁だった。ブーメランのように飛んできた魔力障壁がハルトの足を切断したのだ。面ではなく、極薄の側が刃の代わりとなって。
「なるほどなぁ。参ったな。こりゃ」
ふと、準備が終わる寸前のリックたちと目が合った。
「……すまん。しくじった」
ハルトは諦めたように弱々しく笑って、地面へと落ちていった。




