68. 邪教討伐戦
爆破されたギルド長室に黒煙が充満する。家具の類は爆破の衝撃で粉砕され、壁や天井は煤がこびりつき、爆破地点である場所は黒焦げになっていた。
相手が敵であることはスキルによってわかっており、即座に行動に移せた。防御に自信のあるリックがエリナを、ハルトはカンナを、ハロルドはシスターエマを、アルトリアは秘書とアメリアを守り、難なく爆発から逃れた。
だが、状況は良くなかった。黒煙が落ち着き、視界が晴れてアルブを視認した時には、すでにエリナは敵の手中に収まっていた。
「――ッ! エリナ!」
リックは、やられた、と思った。索敵能力に引っかからなかったことに驚きを隠せなかった。エリナ自身も気絶させられていた。
「ざっけんな!」
瞬間、ハルトの怒声が室内に響いた。
「なんでお前らが! うちの国の、ヒノワの禁術を知ってんだ! それは一千年以上も前の旧ヒノワ黎明軍が使ってた、人間爆弾をなぜ!」
禁術。それは人類が封印を決断するほどに危険な術を指す術式。ハルトの故郷、極東の島国〈ヒノワ〉は世界規模の大災害の影響をほとんど受けなかったために、世界から見ても文明は四世紀ほどの差がある。ヒノワの年号で言うなら〝平成〟くらいだとか。
だからこそ、歴史的、かつ負の遺産が残り続けている。禁術もその一つだ。
「あれが禁術……」
そんな残酷な術式にリックは怒りが湧いた。自身を爆弾に変える術ではなく、それをたった一つの命令でシスターフッドに躊躇なく使わせたことに。
まるで使い捨ての駒かのような、エリナに近い扱いだった。
「おやおや、全員ピンピンしてるじゃないか。これでは逃げられない」
「逃げれると思ってるのか?」
アルトリアはそう言って剣を構えた。だが、アルブは焦った様子はない。
「シスターフッド。やれ」
アルブが冷たく言い放つと、下半身がなくなったシスターフッドが床を這ってアルトリアの足を掴んだ。その光景を見たアルトリアは目を見開き、動揺した。
「二六式自爆術式――散桜」
瞬間、再度ギルド長室が爆破された。今度は先程よりも規模が大きく、ギルドの建物のうち四分一が倒壊。天井が突き抜け、壁が吹き飛ばされたことによって開放的になった室内。黒煙が消える頃にはすでにアルブの姿は消えていた。
全員、ギルド長室を除いて無事。だが、肝心のエリナは攫われた。
「クソッ! 逃げられた!」
「追うよ! まだ間に合うかも!」
ハルトとカンナが追いかけようとしたとき、
「待て。いくならそれなりの準備をしてからだ」
アルトリアが彼らを止めた。そして、剣を鞘に戻して言葉を続ける。
「それにもうザルツブルグから出る寸前だ」
「んじゃ、追いかけようがないっていいたいのか!」
「待て待て慌てなさんな。やつらはレイテコル鉱石山脈方面へと向かってる」
苛立つハルトを宥めながらアルトリアは落ち着いた口調でそう言った。ギルド長の落ち着いた雰囲気に、ハルトとカンナも冷静さを取り戻していった。
「なんでそれがわかる?」
ハルトが訊ねると、アルトリアは自分の頭を人差し指で叩いた。
「思念伝達の魔法。マイハニーが教えてくれたんだ。まだ時間的に余裕はある」
アルトリアはそう言ってアメリアに視線を向ける。
「アメリア。ギルドに備えつけてる転移術の魔法陣を使って〝セキネツ武具店〟の近くに送ってあげてくれ。外はおそらくやつらの敵が暴れてるだろうから」
「わかりました。では皆さん。こちらに」
アメリアの案内に従って足早にハルトがついていく。カンナとリックもそれに続くようについていこうとしたとき、
「リック。ちょっと待ってくれ」
アルトリアに止められた。
「先いってるね」
目が合ったカンナはそう言って足早に部屋を出ていった。
リックは逸る気持ちを押えて足先をアルトリアに向ける。
アルトリアは床に落ちている、手首より上の部位が残った手を拾った。それはシスターフッドの自爆から逃げるために彼が切断したシスターフッドの手だ。
「なあ、リック。あのシスターフッドは助けることはできなかったのだろうか」
「……、どういうことだ?」
アルトリアの問いは、リックはわからなかった。だが、すぐにその答えは語られた。
「二度目の爆発のとき、見ちまったんだよ。助けて、生きたい、って訴えかけるような顔をしてた。でも、植えつけられたスイッチがそれを許さなかった。だから起爆した」
もう動きもしない手を撫で、そっと手を添えた。まるでぬくもりを与えているかのようだった。アルトリアの見た光景はリックにはわからない。だが、エリナと同じ境遇であるなら、救えたのかもしれない、とリックは思った。
魔法には〈ディスペル〉がある。使用すれば二度目は自爆魔法は阻止できた。アルトリアは魔法が使えないが、使用できる魔導具を所持しているだろう。誰もが行使する余裕はあった。だが、勝手に自滅してくれるなら防御に専念すればいい、と切り捨てた。
「気をつけてくれ。あいつらを人類側だと思わないほうがいい」
「……。わかってる」
「こっちはなんとかする。そっちは頼んだ」
アルトリアから言葉をもらったリックは強く頷き、〝セキネツ武具店〟へと向かった。
――
「今日は平和だなぁ」
「いうて平和か? 都心のほうはなんだか騒がしいぞ?」
セキネツ武具店の前、邪魔にならないところで簡易的なテーブルを置いて酒を煽りながら日向ぼっこしているナットとボルトはそんな会話を展開していた。
すると、店の前にカンナたちが慌てた様子で転移してきた。
「おう。どうしたカンナぁ。今日はエリナちゃんと遊びに行ったんじゃないのか?」
ナットが呑気な口調でそう訊くと、カンナは血相を変えて口を開く。
「エリナちゃんが攫われたの!」
「な、なんだって!?」
「今から追いかけるから準備を手伝って!」
「わ、わかった!」
ナットとボルトは慌てて飲みかけの酒を置き、準備に取りかかった。
「ぜんぶ指示するから輸送車に乗せてって!」
――
都市はギルドが爆発したことを合図に、白いフードの集団が暴れ始めていた。
先手を打って手練れの冒険者ならび、ザルツブルグ騎士団が睨みを聞かせ、謎の集団が暴れる前に住民の避難を完了させ、戦闘態勢を整えていた。
戦闘員は全員、敵をスキルによって魔物と認識している。振るう剣に躊躇はない。だが、相手が銃まで取り出したことによって状況は芳しくないものになっている。
「エマ。久々に暴れて結構ですよ」
「いいんですか? ハロルド様」
「無論です。相手は旧時代の組織、手加減無用」
ハロルドは文章が刻まれた白い手袋をはめ、エマはナニカを取り出すと、それは二本の剣へと形を変えた。この二つはシャスティルハーニャ教によって作られた特殊武装である。
「それにリックさんたちを外に出すためには倒すしかありません。……ところでうちのシスター専用の戦闘服はそんな際どいハイレグレオタードという感じではなかったと思うのですが、支給したやつはどうしました?」
「改造しました。動きづらいので」
「……改善するのでお願いしますから、次はしないでください」
迫ってきた二人の異教を、ハロルドは爆散させ、エマは十字斬りで倒した。
異教の二人は、塵となって消滅した。
「魔物、ってことでいいようですね」
「どこから侵入したのかはわかりませんけど」
ハロルドの職業は拳闘士。エマの職業は双剣士。どちらも準S級。シャスティルハーニャ教の中で上位に位置する実力者。現状、敵なし。
――
ザルツブルグ騎士団一番隊は苦戦を強いられていた。
戦況が不利と判断した異教たちが銃を持ち出し始めたのだ。タンクや弾丸を斬れる前衛のおかげでぎりぎり保っている状態だが、劣勢を強いられていた。
アマンダは非番でいない。久々の休みでうっきうきで酒を飲みまくっていたと報告が上がっていたため、二日酔いで動けない状態だろう。一番隊のほかの主力メンバーは不在。いるのは補佐の魔術師カインのみである。
「クソ! どこから湧いて出てきたんだ」
カインは眉間にシワを寄せながら手をかざして、魔法を行使しようとした。
「あれぇ? どうしたのぉ、カイン」
すると、黒シャツとショートパンツ姿のアマンダが愛剣を携え、千鳥足で歩いてきた。
「た、隊長! ここでなにしてるんですか!? みんな心配してたんですよ!?」
「なに、って? 朝帰り?」
目を擦りながらアマンダはそう言った。
「見たらわかります!」
「イタタタ……ちょっとあまり大声出さないでくれ。頭に響く」
「というか大丈夫なんですか? ガラの悪い集団に抱えられてお持ち帰りされた、って聞きましたけど? なにもされてませんよね?」
「なにも? ついさっきその路地裏で起きたのよ。布切れの山の上で」
平然とそう言うアマンダに、カインは顔面蒼白になった。
「人斬ってないですよね?」
「そんな不器用に見えるかしら? これでも元S級の――」
瞬間、銃弾がアマンダのこめかみに飛来した。だが、彼女はそれを平然と掴み取った。そして、カインに向けていた視線は殺気を帯びて異教徒たちに向けられる。
「――で? あの者たちは?」
「侵入者です。人のように見えますが、おそらく魔物の類かと」
「そう。なら倒しちゃっていいのね」
アマンダの登場によって異教徒たちが集まり、一斉に魔導銃を構えた。
「大人しく退散してくれるなら命は取らないあげるわよ?」
最後の警告をアマンダはしたが、返ってきたのは銃声だった。
「そう――」
アマンダは剣を引き抜いた。
金属音が響き、世界は止まり、彼女は光のごとき速さで通り過ぎた。
アマンダは剣を振り切り、立ち止まり、世界は再び動き始めた。
刹那、爆発的な突風が巻き起こり、切り捨てた異教徒たちが巻き上げられた枯葉のように舞い上がり、塵となって消えていった。
「イタタタ……、少し張り切りすぎたようだ」
二日酔いの症状に頭を抱えながらアマンダは剣を納刀した。
――
レイテコル鉱石山脈方面。ザルツブルグの東門付近で戦闘が繰り広げられていた。
そこにはアリナのパーティ、五人中二人を除き、デミもコルクも参戦していた。
「いきなり白いのが人抱えて飛んできたと思ったら、なんでこんなに敵がくるんだよ!」
「あの白いのが原因でしょ! どこから入ったわかんないけど、連れ去られた子、リックが面倒見てるっていう子にすごく似てた」
「んじゃ、そのうちリックが追いかけてくるだろうな」
接近する敵は前衛のアリナとコルクが対応し、後衛からデミが魔法攻撃を加える。ほかの冒険者の邪魔にならないように連携を取りながら慎重な戦いを行う。
すると、遠くから車が走ってくる音が聞こえた。
「誰かぁぁ! 門を開けて!」
大型車の運転席から顔を出してそう叫ぶのはカンナだった。その大型車にはリックとハルトが乗っている姿もあった。
「噂をすれば来たぜ!」
コルクは口角を上げてそう言った。
「デミ! 援護するから門を開けてくれ! 門番も戦闘で手が離せない!」
「わかったわ!」
アリナの指示にデミはそう答え、門へ向かって走り出す。背中を向けて走り出すデミに異教徒たちも魂胆を理解して追いかける。そいつらをアリナとコルクが倒していく。
突如として銃声とともにデミの足元に弾丸が着弾した。
「うっそ、マジ!?」
相手は魔導狙撃銃でデミを狙っている。デミは探知魔法で相手を狙撃者を見つけ、
「――〈ストーンキャノン〉ッ!」
土魔法を行使して岩の弾丸を射出するが、位置が悪くて外してしまう。デミは舌打ちをして再度〈ストーンキャノン〉を行使して狙いを定める。
「デミ! コルクに向かって撃て!」
デミは、アリナの作戦を理解し、コルクに向けて魔法を射出した。
「そういうことかよ! ――〈パリィ〉ッ!」
コルクは〈ストーンキャノン〉を弾いてアリナに飛んでいく。
「そらきた! ――〈パリィ〉ッ!」
アリナは不敵に笑い、さらに弾き飛ばし、岩の弾丸は放物線を描いて狙撃者に命中した。
「しゃぁ!」
アリナはガッツポーズした。それと同時にデミは開閉ボタンを押した。
「ありがとう! デミさん! コルクさん! アリナ!」
「助かった!」
カンナとリックの感謝の言葉を受けながら肩で息をするデミは微笑んだ。
「ちゃんと連れて帰ってきなさいよ!」
通り過ぎる大型車にデミはそう叫び、仲間とともに戦いに戻った。
――
デミに感謝を伝えてリックたちを乗せた輸送車は逃げたであろう方向に走らせる。
「元『バラン・ガタッタ』メンバーと思って心配してたけど、みんな良い人そうだね」
「良いやつらだよ。ちょっと不器用なだけだ」
「不器用、ね。あとでお礼しないと」
カンナはそう言って収納魔法から山盛りのサンドイッチを取り出してリックに渡して、ハルトにも二個だけ渡した。
「これはどうしたんだ?」
「昨日リックが作っていった残り物。〈食畜〉のストックは心許ないでしょ? 少しでも蓄えといて。念のために魔力補給薬もね」
カンナはそう言って一升瓶の魔力補給薬をリックに渡した。
「ありがとう。ありがたくいただくよ」
「どういたしまして」
カンナもそう言いながら自分も腹ごしらえを始める。
「そういえば、その頭のゴーグルはなんだ?」
「これ? 人形と視覚共有するために作ったんだ。ちょう便利」
「……。どんな戦いになるかわからないから、あまり前には出るなよ」
「わかってます、って」
おそらく、今回の戦いは介入不可能なS級冒険者のガチバトルになる。そんな戦いに首を突っ込むほどカンナも馬鹿ではない。ただ支援をするだけだ。とっておきをそえて。
「それにしてもなぜ、あの白いのはわざわざレイテコルにいくんだ? あっちは確かに俺たちにとって不都合な国はあるが、それと同時に聖都も近い」
後部座席で考えを巡らせていたハルトがそう言った。
「例のハイスペッカーがいる都市国家のことか?」
「知ってんのか。ならわかると思うが聖女の防衛策は強固だ。その領域にあの白いのが入ろうもんなら必ずすっ飛んでくるだろうよ」
「向かうメリットがないわけか」
リックはそう返した。
「それにほかの国だってそうだ。姿を現した時点でやつらには逃げ場がないってのに」
「その途中に用があるのかも」
「うーん……、ああ、考えるだけ無駄だな。とりあえずはエリナを奪還することだけを考えよう。あとのことはそれからだ」
「了解! アクセル全開!」
カンナはギアを変え、アクセルを踏みこめるだけ踏みこんでスピードを上げた。




