67. エリナの決断
カンナたちが襲われた報告を受け、リックは慌ててギルドに駆けつけた。
リックは息を切らしながらギルド長室のドアを開けると、そこにはカンナとエリナを含め、ギルド長アルトリア、受付嬢アメリア、牧師ハロルド、シスターエマと濃い面子がそろっていた。そして、ハルトの顔もあり、「よっ」と気軽に呼びかけてきた。
頼りになる面子に安堵しつつも、ソファに腰を掛ける全員が武器を携えている物騒な状況に只事ではないことを物語っていた。来る途中も、外には白の正装をした連中と、ザルツブルグ騎士団とベテラン冒険者たちがそれとなく睨み合っている状態だった。
「リック」
「カンナ。エリナは無事なのか?」
「無事、だけど……隣に座ってあげて」
「あ、ああ」
カンナに言われるがまま、ハルトが退いた位置に座り、隣のエリナを様子を伺う。彼女は俯いたままなにも言葉を発さない。怯えているようで、震えていた。
「おいおい。S級冒険者を呼ぶなんて聞いてないぞ」
すると、対面するように座っている白い男がそう言った。
「エリナの面倒を見てる人を呼ばないのは失礼でしょ」
アルトリアは淡々とそう言った。
怯えるエリナから視線を正面に向けるリック。そこにいるのはエリナが怯える元凶だ。ふんぞり返った白い男アルブに、無表情のシスター。リックがギルド長室に来るまでに受けた報告の中には、エリナが育った寺院の関係者であることが記されていた。
相手の目的は一つ、エリナを連れ戻すこと。
ギルド長室にギルド長の秘書が入室し、アルトリアに耳打ちをした。
「えっ、アマンダ今日非番なの? 二日酔い? あちゃぁ……」
アルトリアは後頭部に手を当てながら溜息を吐いた。
「無駄な時間を浪費する気はない。そろそろ話し合いに移ろうじゃないか」
アルブはそう言って自分の太腿に膝をつき、言葉を続ける。
「単刀直入に言う。こちらが要求するのはエリナの返還のみ。それ以上は求めない」
まるでエリナを物のような言いかただった。
アルブは手をエリナに差し出し、
「さあ、帰ろう。君がいるべき場所へ」
優しい声音でそう言った。だが、手を差し伸べられた瞬間、彼女は反射的に体をびくつかせる。到底、故郷に対して見せる反応とはリックには思えなかった。
アルブは差し伸べた手を下さず、言葉を続ける。
「我儘を言うもんじゃないぞ。ここにいる皆さんにいつまで迷惑をかけるつもりだい?」
「迷惑だなんて、私たちは思ってませんよ。それにエリナ殿は成人している。自分の意思でこのギルドに在籍している以上、あなたたちの要求を通すわけにはいきません」
「それは困った」
説得を試みるアルブに、アルトリアはそう諭した。
エリナから寺院の扱いを聞いていたリックにとって、彼らがエリナを取り戻そうとする理由が不明だった。家族だから、にしてはエリナの扱いはそれから程遠い。
それはエリナが一番理解していることだ。出なければ家出などしない。だが、すべてはエリナの主観。それらを全部いったんおいた場合、リックはある結論に至った。
いや、旧時代の宗教組織が出張ってきた時点ではそれは確実なものにあった。
エリナ・クラークロンドは特別な存在である。
異常に高いステータス。聖女に選ばれるほどの素質。作法に技術、と到底シスターとは思えない知識を持っていた。まるで嫁入り前、または嫁に出すために育てられた箱入り娘。彼女と出会って間もない頃、リックが最初に抱いた印象だった。
「君はもう俺と結婚することが決まってるんだ」
「えっ、知りません! そんなこと!」
初めて聞いたであろうエリナは驚いて弁明する。
「おやぁ、なんでだぁ? まさかシスターフッド、言うの忘れてたなぁ?」
わざとらしくアルブがそう言うと、シスターフッドは「申し訳ありません」と言った。
必要なのは、エリナではなく、彼女の遺伝子。
(シロが言っていたのはこいつのことか)
隠蔽スキルを発動していてよかった、とリックはひそかに魔力を練り始めた。
「……。そうですか」
アルトリアはそれ以上のことは言わなかった。誰もがなにも反論しない。それはリックも含めている。カンナは今でも噛み殺そうと言わんばかりの殺気を放っているが。
しばしの静寂、強く出ない様子に戸惑いを見せるエリナはリックの服を掴む。
「リックさん……」
不安な声。だが、それに答えるにはエリナが意志を示さなくてはいけない。
「こればかりはエリナの意思が必要不可欠だ。エリナが自分の気持ちをはっきりしてくれないと、全員が動けない。エリナはどうしたい?」
冒険者は自由だ。ギルドは在籍している冒険者を守ってくれるが、その恩恵を得るにはどうしても本人の意思が必要だ。シャスティルハーニャ教もそうだ。ハロルドは聖女の意思を尊重すると言っていた。ここで本人が意志を示さないとギルドも教会も動けない。
「わ、私は……」
エリナの視線はアルブたちに向かう。
自信に満ちた笑みを浮かべるアルブ。殺気に満ちた視線を送るシスターフッド。訴えかけるような二人の視線は、精神と肉体に嫌というほど刻まれたエリナを恐怖させた。
「意地にならないで帰ろう? でないと俺がそうしなくても、ほかの仲間が都市の人たちに危害を加えちゃうかもよ? そうなったら嫌でしょ?」
「――ッ」
それはもはや恐喝だった。「お前ぇ!」と飛び出しそうになるカンナをハルトが制止する。そんな状態でも、アルトリアもハロルドも無言を貫いた。
恐怖に潰れそうになって縮こまるエリナ。そんな彼女の肩にリックは手を置いた。すると、委縮しているエリナは視線を向けた。
「俺たちを信じてくれ。エリナは自分が進みたい道を選べばいい」
「ですが……」
「誰も迷惑なんて思わないさ。胸を張って自分の意思を伝えればいいんだ」
リックは笑みを向けながら伝えた。誰がなにか言わなくても、ここにいる全員、障害を笑って乗り越えるような人たちばかりだ。エリナを縛るモノなどへでもない。
リックの気持ちが伝わったのか、エリナは息を整えてアルブたちに視線を向ける。
「私は帰りたくありません。結婚する気もありません。どうかお引き取りください」
エリナはいつもの平然な口調でそう伝え、頭を下げた。
「エリナっ! なんてことをっ!」
すると、ほとんど無言を貫いていたシスターフッドが声を荒げた。彼女が立ち上がろうとした瞬間、その場にいる全員が隠していたであろう殺気を放ち始めた。
血の気が多いなぁ、とリックは思いながら相手の様子を伺った。
だが、アルブは余裕な笑みを維持していた。
「それは困るなぁ。エリナにどれだけの金と労力を費やしたのかわかってんのか? 帰ってこない、ってことはその金額を返してくれるのかな?」
「縁が切れるなら支払ってもいいぞ」
アルブの強気な姿勢に、リックは淡々と答えた。
「シャスティルハーニャ教も支払いましょう。リックさんだけに負担はさせませんよ」
ハロルドもそう言った。まあ、借用書でもなければ支払い義務もない。そもそも旧時代の宗教に世界の法律が通用するとは誰も思っていないだろうが。
「だから困るんだよ。そいつを製造するのにどれだけの時間と労力かけたと思うんだ」
アルブは確かにそう言った。
「――、えっ」
その発言に理解が追いつかないエリナを置いて、全員が目の色を変え、武器を構えた。
この場にいる全員が思った。『こいつ、旧時代の技術を使ったな!』と。
「おっと、こっちでは違法なんだっけか。しくったなぁ」
悪びれる様子もないアルブ。だが、それはおそらく口実。不利になったときの保険だ。
「強硬手段といこうか。やれ」
シスターフッドは「はい」と答えて立ち上がり、両手を広げた。
「二六式自爆術式――」
「――ッ! 全員全力で防御しろ!」
ハルトが血相を変えてそう叫んだ。
「――散桜」
そう唱えた瞬間、シスターフッドの体は赤く染まり、爆発した。




