64. 白影の使徒
騎士団の本部で事情聴取を終えたリックは夜の街を歩いていた。
エリナは襲われたということもあり、シャスティルハーニャ教のハロルドが、先に聴取を終えた彼女を自宅まで送り届けてくれた。おそらく今も、リックが帰るまで自宅で護衛をしてくれている。本人がそう言っていたのだからそうなのだろう。
「……、」
騎士団からは特になにも言われなかった。むしろ、魔剣士を相手に戦闘を最小限にして被害を出さなかったことを感謝された。それと同時に決闘ということにしてグランを庇ったことを咎められた。なにしろグランがやったことは殺人未遂にほかならないのだから。
「エリナに謝らないとな」
ぽつり、そう呟いたリックは、晩御飯を準備して待ってくれているであろうエリナのために寄り道せずに早く帰ろう、と思った時だった。
ふと、リックは周囲の異変を感じ取った。
夜とはいえ、人通りがない道ではない。なのに人がいなかった。
リックは周囲をその異変を辿り、それが魔法的要因であるとわかった。
「人払いの結界……」
「正解」
突然、リックの目の前に純白の少女が姿を現した。
純白の長髪。白磁の肌。金色の瞳。身長は一五〇センチにも届かないくらい。一見、幼く見えるが、どこか妙齢な女性を彷彿とさせる雰囲気を漂わせていた。
「初めまして。私は〝白影の使徒〟。個として、世界を傍観する存在。シロ・ガードナーよ。今日はあなたに用があって来たの」
シロと名乗った少女。作法もしっかりとしている礼儀正しい不思議な娘。服装からしてどこかの貴族とわけではなさそうだった。わざわざ結界魔法を行使して接触を図ってきたところを見るに訳ありであるのは間違いない。
しかし、初めて聞く単語にリックは首を傾げた。
「白影の、使徒?」
「そう。わかりやすく言うのであれば〝白漂領域〟と同じ存在といったところかしら」
その単語を聞いた瞬間、リックは咄嗟に身構えた。
「安心して。べつにあなたに危害を加えるとか、世界をどうこうしたいとかはないわ」
「それをどうやって信じろと?」
「難しいかもしれないわね。でも、今はそれでもいいわ」
シロからは敵意は感じられなかった。それに、リックの敵感知のスキルも無反応だ。
このスキルはザルツブルグの特別製。人類側かそれ以外か簡単に判別できる優れものだ。
それが反応しないとなると、少なくとも彼女は人類側ということを示していた。
「一つだけ聞かせてくれ。なぜこんな回りくどい方法で俺に接触してきた理由は?」
「接触したくない存在がこの都市にいるから、じゃダメかしら?」
シロは飄々としながらそう答えた。その言葉には嘘は感じれなかった。
相手はあの領域と同じ存在。あの災害が人の形をして歩いている。非常に不気味な光景だ。しかし、リックの肉眼もスキルも相手を人類種として認識している。この場合、そういう種族として受け入れたほうが早いか、と一呼吸おいて構えを解いた。
「あら、話に応じてくれるのね」
「スキルが人類種として認識しているからな。魔物を見るような目を向けるのは失礼だ」
リックは冷静にそう言ってみたが、警戒というよりは戸惑いのほうが大きかった。領域と聞いて反射的に身構えたはいいものの、明らかに敵に見えない。
彼女が私の正体はあの領域、と言っても、ザルツブルグの住民も邪険にすることはしないだろう。まあ、ブルース地方の外なら話はべつなのだろうが。
「そう。なら話が早いわね。あなたには伝えないといけないことがあるから」
嬉しそうに微笑するシロは、さらにリックに近づいた。
「その前にお前はいったい何者だ? 〝白漂領域〟とはどういう繋がりがあるんだ?」
リックが訊ねると、シロは眉間にシワを寄せて考える仕草を見せる。
「〝白漂領域〟とともに生まれた生命体、と言うべきかしら。と言ってもあの領域も世界を構成する要素でしかないのだけれど」
「要素? ほかにも仲間はいるのか?」
「いるよ。でも君たちが〝白漂領域〟と呼んでいる領域とはまったくの別の存在とだけ言っておく。人類種の枠組みにいる存在として扱ってくれると助かるかな」
「そのつもりでいる」
「ありがと。まあ、こう言ったはいいけど、余所者には変わりないのだけどね」
シロは微笑みながらそう言った。あの領域と関係する未確認の存在とリックは会話するという貴重な体験をしているわけだが、普通に人間を会話しているのと変わらなかった。
「本当はこんなふうにお話がしたかったけど、少し事情が変わってしまってね。少ししかお話できなかったのは残念だよ」
名残惜しそうにシロはそう言ってリックと目を合わせた。
「数日もしないうちに、あなたたちの目の前に敵が現れる。だから準備しておいて」
「それはどういう――」
リックが言い切る前に、人除けの結界は消えた。
それと同時に目の前にいた白い少女も消えていた。
周囲には結界が消えたことで普通に歩いている人の姿しか見られず、彼女の背中は見つけることはなかった。まるで、幻でも見ていたかのようだった。
「……。帰るか」
シロが去り際に残した言葉。どのような敵なのかを知りたかったが、あの領域と関係する種族が伝えに来たということは、ヤバい存在、ということだけは明白だ。
明日にでも準備するか、とリックは思って足早に帰路に着いた。




