04
「オリヴィア姫はラヴィニア嬢に同情しているのか?」
サファイアは、溜め息をつくオリヴィアを不思議そうに見た。
「何度も酷い目に遭わされたのだろう? 同情する余地などないはずだ」
「そうですね。……でも、もしも本当に、ラヴィニア様がお父上の首を持って逃げたのだとしたら、いったいどんな気持だったのかと思うと……」
「それは自業自得だ。あの親子は自らの行いによって全てを無くしたのだから」
煮え切らない答えを返したオリヴィアに、サファイアははっきり言った。
「今回の内乱は、正面からぶつかる間もなく、領都の大火と咎人であるクラレンス侯爵の死によって収束してしまったが、大火による民の被害は甚大だった。オリヴィア姫も聞いているだろう?」
「……はい」
今回の大火による被害は二万人はくだらないと聞いている。重傷者も多く、死者はもっと増えるだろうとも……。
「内乱がなければ、あの大火も起きなかった。オリヴィア姫、あなたのその同情が、黒の王冠の加護ゆえに鷹揚になっているせいならば、少しばかり問題があると言わざるをえない。信賞必罰は世の常だ。王族の一員となるのならなおのこと」
「……はい」
サファイアの厳しい言葉に、オリヴィアは両手を強く組む。
(確かにその通りだわ)
本来なら、オリヴィアはラヴィニアの悪意によってとっくに死んでいたはずなのだ。
黒の王冠の加護があったからオリヴィアには実害がなかっただけ。殺害行為に当たる事象は確かに完遂されていた。未遂ではない。
被害者意識を持てずにいるせいで、ラヴィニアが犯してきた罪とその結果を軽んじてしまう自分は間違っている。
「私は黒の王冠の守りに甘え過ぎているんですね」
「私にはそのように見える。テレント国は当分の間は返さずともいいと言ってくれているようだが、両国の友好の為にもいずれは黒の王冠を返却する日が来るだろう。その時になって混乱することのないよう、もっと自覚したほうがいい。本来のあなたはか弱い女性なのだから」
「お言葉、心にとめておきます」
「うん。是非ともそうしてくれ」
兄上の為にも、と、サファイアは穏やかに微笑んだ。
「サファイア様は、前王陛下から直接帝王学を学ばれたのですか?」
沈んでしまった場の雰囲気を変えるように、エリサが明るい声で聞いた。
「私は兄上のスペアだから上っ面ぐらいは学んだかな。王になりたいとは思わないがね」
国王は自由がないし、色々手広くやらなくてはならないから大変そうだとサファイアは肩を竦める。
「その点、女公爵という立場は悪くない。そこそこ権力もあるし、大火で更地になってしまった領都を私好みに一から作り上げることもできる」
「どのような都になさるの?」
「そうだな……。とりあえずは、女子供が安心して暮らせるよう、安全で活気のある都にしたいな。その為にも一刻も早く領都入りしなくてはな」
「お手伝いします!」
「ああ。頼りにしてるよ」
サファイアは張り切るサラの頭を撫でる。
「大火ですっかり荒れてしまった地では人心も荒れる。ならず者共と一戦交えることもできるかもしれない」
「サファイア姫が直々に赴く必要はないのではありません?」
浮き浮きしているサファイアにエリサが突っ込みを入れた。
「いやいや、これぐらい大目に見てくれ。領主として顔を売るいい機会だ。……領地が落ち着いたら、きっと退屈するだろうからな」
「さすがにもう旅には出られませんからね」
「ああ」
「あら、それなら、ラングフォード公爵領内を視察なさればよろしいのではありません?」
「そうですね。クラレンス侯爵はほとんど領地に目を向けておられなかったようですし、改善すべきことが沢山見つかるかもしれません」
エリサとオリヴィアの意見に、サファイアは目を輝かせた。
「それはいいアイデアだ」
「たぶん領地を持ったら退屈する暇なんてないと思いますわよ。豪雨や日照りなどの天災もございますし……」
「フェルディナンド様も、荒れた土地の復興や灌漑事業には年月がかかるとおっしゃってました」
「そういうものなのか? 領都を建て直してそれで終わりではないのだな。領地経営ははじめてだ。色々学ばねばならないか……」
「はじめてのことを学ぶのって、本当に大変ですよね」
「そうだな」
ここ最近、詰め込み式の王妃教育に悩まされているオリヴィアが溜め息をつくと、サファイアもこれから先のことを思ってか溜め息をつく。
「こればっかりは仕方ない。立場には責任が伴うものだ。お互い頑張ろう」
「はい」
ふたりは苦笑しつつ励まし合った。
その日の夕食時、オリヴィアは和やかな雰囲気のまま茶会が終了したことをフェルディナンドに報告した。
「それはよかった。サファイアも少しは領主の自覚が芽生えてくれたようだな」
「最初から自覚してらっしゃいましたよ」
「どうだか……。行軍中ずっと一緒だったが、サファイアはどうも剣ばかりに重きを置きすぎるきらいがあるようだ」
(確かに、ちょっとやんちゃよね。そこが素敵なんだけど……)
ドレスより騎士服を選び、刺繍針より剣を好む。
サファイアは根っから武人なのだ。
「そういえば。サファイア様に結婚相手は自分で選ぶようにとおっしゃったとか」
「ああ。無理強いしたところで、あれが頷くとも思えないからな」
早々に決めてもらわないことには国内が落ち着かないと、フェルディナンドがワインを飲みつつ愚痴る。
女公爵となったサファイアの伴侶となれば、その生家は多大な恩恵を受けることとなる。
フェルディナンドの元には、続々と釣書が届き続けているようだ。
「それなんですが、サファイア様はご自分で選ぶのが面倒だとおっしゃっておられましたよ」
「本当か?」
「はい。条件さえ合えば、フェルディナンド様が推薦する相手と結婚してもいいとのことです」
「……その条件とやらも聞いてきたか?」
「はい」
『そうだな……。とりあえず、私と同等以上には剣の腕が立つ相手がいいな。稽古相手として役に立つ。後は、やはり飽きのこない男だな』
「飽きのこない男? どういう意味だ?」
フェルディナンドが首を傾げるが、残念ながらオリヴィアもその答えは持っていなかった。
「私も聞いてみたのですが、一生を共にするのだから退屈な男では飽きてしまうと……。サファイア姫自身、よくわかっていないようでした」
(お笑い芸人みたいな人ってことでもなさそうだし……)
女公爵の生涯の伴侶の条件が、道化師ではさすがに変だ。
見ていて飽きないという意味なら容姿の端整な男ということになるのかもしれないが、美人は三日で飽きるというしこれも微妙だ。
う~んと悩んでいると、フェルディナンドが不意にニヤッと笑った。
「フェルディナンド様?」
「ちょっといい相手が浮かんだ。うん、これは案外悪くないかもしれない」
「どなたですか?」
「まだどうなるかわからないから内緒だ」
「そんな意地悪なこと言わないで教えてください」
興味津々なオリヴィアはかなり粘ったのだが、フェルディナンドは残念ながら最後まで教えてくれなかった。
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次話は26日更新予定です。




