05
サファイアが領地に出発する日が来た。
大火で燃え尽きた領都を再建するためにフェルディナンドが手配した技術者や工兵の第一陣も一緒に出立するので、王城前の広場は沢山の人々と荷馬車とでひしめき合っている。
「向こうに着いたら、避難民の面倒を見るために残してきた兵士をこちらに戻してやってくれ。人員が足りなくなるようなら新たに送る」
「わかった。色々配慮してくれて感謝する」
「なんの。荒れた領都の再建をおまえに丸投げするのだ。この程度の助力は当たり前だ。頑張ってくれ」
「まかせろ。――オリヴィア姫」
「はい」
別れの挨拶を交わす兄妹を側で見守っていたオリヴィアは、サファイアに名を呼ばれて一歩前に出た。
「兄上と仲良くな」
「はい。サファイア様もどうかお身体に気をつけて」
「ありがとう」
微笑んだサファイアは、フェルディナンドの後方に視線を向けた。
「婚約者殿も早々に引き継ぎを済ませて領地に来てくれると嬉しい」
「善処します」
前に出てそれに答えたのは、フェルディナンドの護衛騎士であるデニーだ。
(サファイア様、この話にホントにノリノリなんだ)
デニーがサファイアの婚約者に決まったことをオリヴィアが知らされたのは、今日の朝食時だった。
フェルディナンドが決めたこととはいえ、週に三度は違う女性を口説いていると噂のデニーだけに、オリヴィアは正直不安だ。
デニーの悪癖を知ればサファイアだって嫌がるのではと思ったのだが、意外なことにサファイアはこの話に乗り気らしい。
自分と同等以上に剣が強く、そして飽きさせない男という条件にぴったりだと喜んでいるのだとか。
(浮気性の男を夫に迎えるなんて、私だったら絶対に嫌)
だが、サファイアはそれが良いのだという。
浮気されぬよう常に手綱を握らねばなららないから、実に緊張感のある結婚生活になるだろうと言って……。
ちなみにデニーは、「あのような美女と結婚できるとは」と、この大役を喜んで引き受けたと聞いている。
この世界の貴族は半数以上が政略結婚だ。
主であるフェルディナンドから来た結婚話に感謝こそすれ、断るという選択肢はないのだろう。
デニーは男爵家の次男で、サファイアと結婚したとしても実家には派閥を作るほどの力はない。
サファイアを後ろ盾とした派閥を作られては困る王家派にとっても、これはいい縁組みだった。
とはいえ、現在デニーはフェルディナンドの護衛を務めているので、自分が抜けた穴に腕の確かな後釜を据えてからでないとサファイアの元に行くことはできない。
国一番の剣士の代わりを務めることが出来るものはそうそういないようで、今は見所のある若手の騎士達を鍛えている最中なのだとか……。
『護衛としては最高だったから抜けられるのは惜しいが、あいつがいなくなれば城内のトラブルも少しは減るだろう』
気に入った女性全てに声をかけまくるデニーの悪癖は城内では有名だ。
当然それを知っている女性達は、はいはい、またの機会にしてくださいねと聞き流しているのだが、ごく稀にそれを知らずにイケメンの騎士様にプロポーズされたとのぼせ上がってしまう若い侍女もいたそうで、たびたび問題になっていたようだ。
『サファイアの夫になれば、もう問題を起こすことはできまい』
女公爵の伴侶ともなれば、領地では間違いなく有名人だ。
女達からはもう相手にされなくなるだろうし、今までのように気軽にプロポーズしまくっていたら、サファイアにギュッウっと物理的に締められることにもなる。
『何度か我が恋路の邪魔をしてくれた腹いせだ』
この婚約のことをオリヴィアに話してくれた時、フェルディナンドはそう言って愉快そうに笑ったものだ。
『あいつならなにがあってもサファイアを守り抜いてくれるだろう。アクの強い者同士、案外うまくいくかもしれない』
元領主であるクラレンス侯爵一族が消えても、彼らに助力していた平民の兵士や役人は残っている。その中には、新たに領主として着任するサファイアを煙たく思う者もいるかもしれない。
常に危険に晒されることになるだろうサファイアを、デニーならば確実に守ってくれるだろうとフェルディナンドは期待しているようだ。
それに、たとえサファイアが結婚したとしても、その夫の座を狙う者は後を絶たないだろうから、妹を寡婦にしない為にも最初から強い男をあてがったほうが良いのだとも言っていた。
(最強の脳筋カップルになりそう……)
サファイアに歩み寄っていったデニーが、その手の甲に別れのキスをしている。
二人とも騎士服なのでちょっと変な感じだ。
「婚約者殿は具体的にいつ王都を離れられそうだ?」
「部下の仕上がり次第なのでなんとも……。ですが、夏までには必ず」
「夏か……。いっそのこと、春に王都で兄上達と一緒に結婚式をするか? 皆もあっちこっち移動せずに済んで楽だろう」
「なるほど」
サファイアの発言に、フェルディナンドが頷く。
「二組同時の結婚式も悪くないな。オリヴィアが嫌でなければだが」
どう思う? と問われたオリヴィアは、戸惑いながらフェルディナンドを見つめ返した。
「春に行うのは、婚約式ではないのですか?」
「いや、結婚式だが」
「フィローンでは結婚式の前に盛大な婚約式も執り行うものですから勘違いしてました」
婚約を発表した際に、式は春にするという話を確かに聞いていた。だがフィローンの常識しか知らなかったオリヴィアは、式は式でも婚約式だと思い込んでしまったのだ。
(だから皆、急に目の色変えて熱心に王妃教育をはじめたのね)
ここ最近の教師達のスパルタ具合はちょっと尋常じゃなかったが、そういうことだったとは……。
「兄上、話し合いが足りていないのではないか?」
「そのようだな。先にこちらで話し合う必要がありそうだ」
「あ、いえ。その必要はありません。早まるのはむしろ嬉しいぐらいですもの」
オリヴィアはフェルディナンドに微笑みかけた。
「サファイア様と共に結婚式を挙げられるのも嬉しいです」
「そうか?」
「はい」
オリヴィアはにっこり微笑んだ。
(二組で式を挙げたら、あまり緊張せずにすむかもしれないし……)
元々オリヴィアは、箱庭育ちの引きこもりのようなものだから、目立つ場所に立つのは苦手だし慣れていない。
サファイア達と共に式を挙げることができれば、王都の民の視線も二つに分散される。
それだけでも、きっとかなり違うはずだ。
「じゃあ、決まりだな。兄上、準備を任せても?」
「ああ、任せておけ。その分おまえは領都の再建に集中してくれ」
「わかった。そうと決まれば一刻も早く出発せねば。――皆の者、出発するぞ!」
サファイアの合図で門が開き、行列が進み始める。
「兄上、オリヴィア姫、婚約者殿、春にまた会おう!」
さっそうと馬に乗り込んだサファイアもその行列に加わり、あっという間に行列の先頭まで馬で駆けていってしまった。
その後ろを従者のサラが馬で慌てて追いかける。
「張り切りすぎだ」
「楽しそうですね」
苦笑するフェルディナンドに、オリヴィアも微笑んで頷いた。
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次話は28日更新予定です。




