03
オリヴィアが新しい部屋で真っ先に行ったのはお茶会だった。
元クラレンス侯爵領を引き継ぐことが決まったサファイアが早々に旅立ってしまいそうだとエリサにせっつかれ、慌ててその前に招待してみたのだ。
ちなみに、これまで隠居した前王の下にいたサファイアは、領地を与えられてもその手足となる家臣団がない。
その為、この度新たに設立されたラングフォード公爵家に仕えてみたい者はいないかと、国のほうで王城勤めの文官や騎士団に立候補者を募っているところだ。
サファイアはその選考にのんびり立ち会う気がないらしく早々に領地に向かうと言い張るので、フェルディナンド達が焼け野原となった領都の復興のための一団を急いで組織してサファイアと共に送り出す手筈になっているそうだ。
お茶会の会場は、王妃の間の一角にあるサンルームだ。
侍女達が準備を整えている間、オリヴィアはエリサからサンルームに植えられている植物の名前を教わっていた。箱庭育ちのオリヴィアには、そうした基礎知識すらなかったのだ。
「花の名前を知っていると、話題に困った時になにかと便利よ」
「リラクシオンにも花言葉はありますか?」
「もちろんよ。今度本を持ってくるわね」
「ありがとうございます」
やがて時間となり、侍女に案内されたサファイアが姿を現すと、エリサは口元を手で隠して歓喜の声を上げた。
「なんて素敵なの!」
「本当に……」
サファイアは金の刺繍を施された黒の騎士服を着ていた。
その腕に手を乗せてエスコートされている青いドレスの少女は、共に招待したサファイアの従者である少女騎士だ。
(リアル宝塚! 自分の見せ方をわかってらっしゃる)
こんなこともあろうかと、エリサが控えさせていた絵師が喜喜としてペンを握るのを横目で見ながら、オリヴィアは微笑んでふたりを出迎えた。
「いらっしゃいませ」
「オリヴィア姫、そしてリファール伯爵夫人。お招きに感謝すす」
「こちらこそ。いらしていただけて嬉しいです。サファイア様、そして……」
「サラ・リドルと申します。サラとお呼びください」
「サラ。素敵なドレスね」
「あ、ありがとうございます」
「本当にふたりともとても素敵だわ。私のことは、どうぞエリサと呼んでくださいませ」
「エリサ様とは幼い頃に何度かお会いしたことがあったように思うが」
「ええ、ありますわ。覚えていてくださったのね。嬉しいわ」
和やかに話しながら席につき、供された紅茶を飲む。
どうやらサラは、こうした場のマナーにはあまり詳しくないようでガチガチに緊張しているようだった。
「それではせっかくのお菓子の味もわからないでしょう? 今日は無礼講ということにしましょうね」
「オリヴィア姫、ありがとう。――ほら、サラ。お言葉に甘えて、今のうちに甘いものをたんと食べておくといい。領地に行ったら、当分は粗食になるからな」
「は、はい」
サファイアがあれもこれもとスイーツを皿に乗せていく。
オロオロしつつもサラが嬉しそうにはにかむ姿を、オリヴィアは微笑ましく眺めていた。
「明後日には出発なさると聞きました。お忙しいところをお招きしてしまってご迷惑ではありませんでしたか?」
「いいや。招待されて嬉しかったよ。出発前に一度ゆっくり話してみたかったんだ。なにせ、私達は家族になるのだからね」
「家族に……」
「兄上と結婚したら、姉上とお呼びしても?」
「まあ……。できれば、私のほうがそうお呼びしたいのですが」
立場的にはそうでも、年齢的にはサファイアの方が上なので、姉上と呼ばれるのはどうにも違和感がある。
「駄目でしょうか?」
「構わないよ。こんなに綺麗な妹なら大歓迎だ」
「ありがとうございます。私も素敵なお姉様ができて嬉しいです」
サイコパスだったフィローンの姉姫とは大違い。強くて凛々しい素敵な姉ができたことが嬉しくて、オリヴィアは口元をほころばせた。
女性のお茶会では極力戦の話は避けるというお約束があるそうで、先日の出兵の話題には触れないまま和やかに会話は進む。
だが、サファイアに興味津々のエリサがした質問で空気が一変した。
「サファイア姫、前王陛下との暮らしはどのようなものだったのですか? 毎日剣術の稽古では退屈だったのではありません?」
その質問に、ケーキに夢中だったサラがぎくりとしてフォークを止め、なぜかサファイアも苦笑しながら目を泳がせた。
「……サファイア様?」
「あー、いや。これは内緒にして欲しいんだが、実はここ数年、私は父上の館にはいなかったんだ」
実は……と、サファイアが白状したところによると、ここ数年サファイアは、あちこちの国にひとりで武者修行の旅に出ていたらしい。
「まあ、危険なのではありませんか?」
「平気さ。髪を染めて胸を潰し顔も汚して男のなりをしていたからね。私が女だと誰も気づかなかったよ。年に一度だけ父上の館に兄上が訪ねてこられるから、その時だけ戻るようにしていたんだ」
「前王陛下はお許しになったのですか?」
「ああ。好きにしろとおっしゃってくれたよ」
(好きにしろって……)
いかに剣の腕が立とうとも、かりにも一国の姫をひとりで旅に出すとは、放任主義ここに極まれりだ。
まだ十代の息子にいきなり国を預けたことといい、前王陛下はあまりにもやることが雑だ。
オリヴィアが呆れて絶句したのを、サファイアへの批難だと誤解したのか。慌ててサラが声を上げた。
「あの! 実は私、そのお陰で救われたんです」
先の大戦で父を亡くし、その後病で母を亡くし孤児になったサラは、奴隷商に狙われ連れ去られそうになったところをサファイアに救われたのだそうだ。
「他国の産まれだったのですね」
「はい。ここよりずっと南のフェイルド国で産まれました」
「この国にはもういたくないっていうから、そのままリラクシオンに連れてきたんだ」
「旅のお供をしたかったのですが、サファイア様に駄目だと言われて……」
「自分で自分の身を守れない者を連れ歩く気はないよ。だからずっと父上に鍛えてもらっていたんだ。やっと様になってきたし、来年ぐらいからは旅に連れていけるかと思っていたんだが、残念ながら領地持ちになってしまってはもう無理だな。もう一度、西の地にも行ってみたかったんだが……」
「西の地にお行きになったことがあるんですか?」
「ああ、サンガルズにね。あそこは活気があって良い国だったよ。時間があればもっと先まで進みたかったのだが、兄上にバレないよう年に一度は戻らねばならないという制約つきだったから諦めざるを得なかった」
「……そうでしたか」
箱庭で育ったオリヴィアにはフィローン国内の実情はわからないが、王族や貴族を見た限りでは平民達が幸せに暮らしているとは思えなかった。
サファイアの目にフィローンがどう映ったか、客観的なことが知りたかっただけに少し残念だ。
「西の地といえば。いずれは行方をくらましたラヴィニア嬢の捜索隊を出すことになるかもしれないね」
「ラヴィニア様の……。まだ見つかっていないとは聞いていましたが、西の地に逃げるかもしれないと思われているのですか?」
「我がリラクシオンは東の地の大国だ。東の地にリラクシオンの罪人を堂々と匿う国はないよ。彼女が貧しい平民に身をやつして隠れていられるのなら話は別だがね」
「彼女には無理でしょうね」
エリサが溜め息交じりに呟く。
オリヴィアも同感だった。
ラヴィニアのあのプライドの高さでは、平民に紛れて暮らすことなど出来ないだろう。
顔が知られている東の地では、目立ってしまうから贅沢な暮らしはできない。だが西の地ならば、両親を無くした財産家の令嬢として生きていくことができるかもしれない。
(いったい、どこにいるのかしら……)
先の内乱のたったひとりの逃亡者。
ラヴィニアは、実の父を殺し、その首を持って逃げたという疑いをかけられている。
いったいなにを思ってそんなことをしたものか。
(彼女なりに、父親の名誉を守ろうとした?)
罪人として惨めな姿を晒す前に自らの手で殺し、きちんと弔うためにその首を持って逃げたとか……。
オリヴィアは、ラヴィニアの心の内を想像して憂鬱な溜め息をついた。
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次話は24日更新予定です。




