07
早く戦わせろとせっついてくるサファイアを宥めつつ、フェルディナンドが皆と大差ない粗末な朝食を摂っていた時にそれは起きた。
クラレンス侯爵領の領都の内側から、すさまじい爆音が何度も続けざまに響き渡ったのだ。
何事が起きたのかと慌てて天幕から出ると、領都を覆う壁の内側から幾筋もの煙がもうもうと上がっていた。
「兄上、民の住まう地域を爆破とは、ちと悪辣すぎるのでは?」
「……私が命じたんじゃない」
批難めいたことを言いながらも浮き浮きした様子のサファイアに、フェルディナンドは溜め息交じりに答えた。
フェルディナンドが命じたのは、人心操作であって暴力行為ではない。
それも、極力被害を抑えることが目的だった。
具体的に行ったのは、噂を流して騎士団の混乱と分裂を図ることと、領都の商業組合のトップ等の実力者達に自主的に降伏するようにと勧告する書状を送ったことだ。
噂の方は、首尾良く騎士団のトップの寝返りを誘うことに成功した。
書状のほうはまだ効果は見えていないが、いずれ何らかの動きがあるはずだと確信している。
(あれらは利に聡いからな)
騎士団の実力者が寝返ったことで、クラレンス侯爵の敗北はほぼ確定的となった。
領都に住まう商人達は、侯爵と共に他国との違法な取引で散々甘い蜜を吸ってきたのだろうが、このままでは共倒れになる。
自主的に降伏すれば処分に手心を加えるという書状に、心が揺らがないわけがない。このまま正面から戦うことにでもなれば、領都は戦火に包まれ彼らだって少なからぬ被害を受ける。しかも敗北すれば、違法取引を行った犯罪者として捕縛される未来も待っているのだから。
少しばかり時間はかかるかもしれないが、いずれは内部から降伏すべきとの声があがり、領民の手によって自然に門が開かれることになればいいと考えていたのだが……。
(これは予想外だ)
火勢が増したのだろう。塀の上から、高く燃え上がった幾筋もの炎の揺らめきが見えはじめた。
この行軍中は常に晴天に恵まれていて、領都は乾燥しきっている。このままでは炎に住民ごと完全に蹂躙されつくしてしまうかもしれない。
「門を破壊せよ! 急ぎ領民を救助するのだ!」
いずれ使うことになるかもしれないと組み立てておいた破城槌がこんな形で役に立つとは。
フェルディナンドは、領都の四つの門全てに同じ命令を出す。
だが、門を破壊する準備が整う前に門は内側から開かれた。
「た、助けて!」
「水! 水をくれ!」
「走るな! 女子供を踏みつぶす気か!」
開かれた門からは領民達が一斉に飛び出してきた。
ほとんどの者が着の身着のまま、煤で顔を汚し煙に咳き込んでいる。酷い火傷を負っている者もかなりいるようだ。
フェルディナンドは逃げ出してきた領民の保護と、逃げ遅れた領民の救出や消火を兵達に命じた。
「この混乱に乗じて、侯爵の城に攻め込もうか?」
「やめておけ。この煙では同士討ちの危険もある」
最早攻めるまでもない。
この炎が消えた後、無傷の国王軍と戦う気力を持ち続けていられる者がいるとは思えない。
たとえクラレンス侯爵が命じても、意気揚々と応じる者はいないだろう。
戦いたがっているサファイアには気の毒だが、もはや趨勢は決したのだ。
領都を焼く炎は夕方になってやっと下火になった。
フェルディナンドはサファイアを連れ、騎士団に守られながら広い堀によって炎から守られていた侯爵の城に向かう。
「結局火災の原因はなんだったんだ?」
「まだわからん。内輪もめか、もしくは自暴自棄になったか……」
フェルディナンド達が城に着くと、城の跳ね橋がゆっくりと降りた。
中に入るフェルディナンド達を出迎えたのは、クラレンス侯爵の妻であるサヴァンナであった。
「陛下、お初にお目にかかります。サヴァンナ・クラレンスにございます。一族みな降伏いたします。抗戦派の者達はすでに捕らえております。我ら皆、罪を受け入れる覚悟はできております。ですが、どうか罪なき幼子達には御慈悲を……」
サヴァンナは侯爵とは折り合いが悪く、ラヴィニア出産後に病気療養と称して領内の別宅に閉じこもり表舞台には一切出てこなかった。
はじめて見るサヴァンナは娘であるラヴィニアに良く似ていたが、内面は真逆のように見受けられる。
夫の犯した罪には無関係だっただろうに、毅然とした態度でその責任を取ろうとする彼女に、フェルディナンドは尊敬の念を抱いた。
「承知した。幼子に関しては考慮しよう。して、クラレンス侯爵は?」
「夫はこちらでございます」
夫人に案内されるまま城に入ると、玄関ホールの中央に豪奢な棺が安置されていた。
「……まさか」
「遺体を見つけたのは今朝です。使用人が起こしにいった時にはすでにこの有り様だったとか」
使用人が棺の蓋を開けると、中からは小太りな男の遺体が現れた。
だが、その遺体には首から上がない。
「……侯爵だという証拠は?」
「かつて夫婦として過ごしたことのある私が保証いたします。もとより夫とは不仲でしたので、今さら身代わりを立ててまで助けようとは思いません」
「誰の仕業かわかるか?」
「さて……。陛下の手の者の仕業では?」
「私ではない。かつての国の功労者に、このような死を与えるものか。首はどこへやったのだ?」
「それがどこにも見当たらないのです。それから、私の愚かな娘も同時に消えました。あまり考えたくはないのですが……」
「わかった。とにかく捜索しよう」
だがクラレンス侯爵の首が見つかることはなかった。
同時に、ラヴィニアも行方不明のまま。
領都の火災と同時に、城内も抗戦派と降伏派とが争って混乱していた隙をついて、少数の供と逃げ出したのではないかとのことだった。
火災に巻きこまれたのではなければ、炎に焼け出された領民に紛れて塀の外へと出てしまったのだろう。
あの日は誰もが煤まみれで、顔の判断すらできなかった為に脱出は容易かったのかもしれない。
火災の原因に関しては、降伏を囁き始めた領内の住人達に、抗戦派が攻撃したものではないかと推測された。とはいえ、火災によって多くの者が亡くなり、証拠も燃え尽きてしまったために推測の域を出ることはなかったが。
「復興が大変だな」
焼け野原となった領都を眺めて、サファイアが溜め息をつく。
「ああ。新たに任命する領主には苦労をかけることになる。とりあえず兵達に仮設の家を建てさせねば」
「兄上の連れてきた兵達はほとんど戦わずに終わってしまったようだ」
「悪いことではあるまい。待つ人のいる家に無事に帰れるのだから」
戦好きのサファイアは答えずに肩を竦める。
(思ったより早くオリヴィアの元に帰れそうだ)
無事に戻ったことを彼女はただ素直に喜んでくれるだろう。
その笑顔はきっと、なんの実りもない虚しい争いにささくれた心を癒してくれるに違いない。
こうして、リラクシオン国で発生した内乱は終結した。
戦による死傷者より、領都大火による被害者のほうが多いという痛ましい現実を残して……。
☆ ☆ ☆
これより半年後のこと。
前王が蟄居している館にひとりの男が庭師として雇われた。
遠駆けに出た前王の前で偶然倒れたことがきっかけだった。
クラレンス侯爵の内乱で死んだ家族の遺骨のみを持って前王の前に現れたというその男は、顔に酷い火傷を負っていたという。
先の内乱の責任を痛感していた前王は、その男を哀れみ、庭師として館の隅に住まわせた。そして男が願うまま、その庭の一角に家族の遺骨を埋める許可を出した。
男は前王の慈悲に心から感謝し、生涯その庭を守り続けたそうだ。
読んでいただきありがとうございます。
誤字訂正にも感謝です。
8章はこれにて終了。
9章は戦勝会と内乱の後始末など。
少し書きためてから投稿しますので、よろしくお願いします。




