01
凱旋した国王軍を、王都の民は花と歓声で迎えた。
フェルディナンドやサファイアは、馬上から笑みを浮かべて民に手を振りかえしている。
「よかった。お元気そうだわ」
徒歩なみのゆったりとしたスピードで王城へと帰還するフェルディナンドを、オリヴィアは遠く離れた見張り用の塔の上から遠見の魔道具で食い入るように見つめていた。
「だから言ったでしょう? お兄様は嘘をついたりしないわ」
「それはわかってるんですけど……」
一足先に王都に戻って来ていたビアソンからフェルディナンドの無事は伝えられていたし、そもそも本格的な戦いには発展しなかったとも聞いたが、自分の目で見なければどうしても安心できなかったのだ。
「納得したのなら、早く部屋に戻りましょう。戦勝会の準備をしなくては」
さあさあとエリサにせき立てられたオリヴィアは、最後にもう一度フェルディナンドの姿を見てから塔を降りた。
リラクシオンでは、王が戻ったその日のうちに戦勝会をするのが前王時代からの習わしになっているのだそうだ。
先に戻ったビアソン達が準備を整えてくれているとはいえ、戻ったその日のうちに恩賞の采配などを確認する必要があるからフェルディナンドも大忙し。急がずとも戦勝会で会えるのだから、いますぐ会いに行ったりして貴重な時間を無駄にさせるわけにはいかない。
部屋に戻ったオリヴィアは、慌ただしく戦勝会の準備に取りかかった。
入浴してから全身のマッサージをしたり爪の手入れをされたりと、以前と同じように侍女達にもみくちゃにされる。
だが今回はエリサも一緒にマッサージを受けて話し相手になってくれていたので楽しい時間になった。
「そういえば、戦勝会のファーストダンスは誰が務めるんでしょう? サファイア姫ですか?」
「戦勝会ではファーストダンスはないのよ。無礼講なの」
開会の宣言などもなく、会場入りした者から自由に酒を飲みダンスを楽しむスタイルらしい。
高位の者がいては皆が緊張するからと、入場時間もわざわざ階級ごとにずらしているのだとか。
「無礼講と言っても、最低限のマナーは守られるはずよ。ただ、いつもの夜会とは違って賑やかなのは確かだから、絶対にひとりになっては駄目よ」
「わかりました」
戦勝会には護衛として騎士のアリーナを連れて行くようにとあらかじめ言われてた。不思議だったのだが、その理由がわかったような気がする。
(きっと本気で酔っぱらう人もいるのね)
生きて勝利の美酒に酔う楽しみを存分に味わった挙げ句、酔っぱらい過ぎてちょっとしたオイタをする者もいるのだろう。
通常の上品な夜会とは開催理由が違うのだから、そこら辺は仕方ない。
その後、綺麗に化粧をしてもらってドレスに着替えた。
今日のオリヴィアの衣装は、ごく淡いミントグリーンのドレスにシルキーピンクのレースを重ねた、春の色合いを連想させるものだった。
アクセサリーはダイヤとプラチナで造られたパリュールで、フェルディナンドの銀色の髪をイメージしたものなのだとか。
どちらもオリヴィアは始めて見るもので、フェルディナンドの指示で用意されていたものらしい。
「……素敵」
ふわりと揺れる繊細なレースの揺らめきが綺麗で、鏡の前で何度も身体を揺らしてみる。
鏡越しにこちらを見ている侍女達が、そんな自分をにこにこと微笑ましそうに見ていることに気づいて慌てて居住まいを正した。
「そろそろ控え室へ向かいましょうか」
「はい」
同じ部屋で着替えていたエリスに促されて頷く。
侍女や護衛達を引き連れ向かうのは、一緒に戦勝会に向かうためにフェルディナンドと落ち合う控え室だ。
やっと直接会えると足取りも軽く向かった控え室では、すでにフェルディナンドが待ってくれていた。
「フェルディナンド様。お帰りなさいませ」
「オリヴィア」
顔を見るなり、礼儀もなにも全て忘れて駆け寄って行ってしまったオリヴィアを、フェルディナンドは腕を広げて迎え入れた。
「元気そうだな」
「はい。フェルディナンド様も」
本当はぎゅっと抱きつきたいところだが、ふんわりしたドレスの形が崩れそうなので軽いハグだけで我慢する。
フェルディナンドも、綺麗に結われたオリヴィアの髪を気にしてか、頭を撫でたそうにして上げた手を渋々降ろし、オリヴィアの手を握った。
「そのドレス、とても良く似合っている」
「ありがとうございます。まあ、もしかしてお揃いだったのですか?」
手を繋いだまま、少し離れてフェルディナンドを見たオリヴィアは、驚いて目を見開いた。
フェルディナンドは、戦勝会ゆえに騎士服を着ているのだが、それがオリヴィアのドレスと同じ、ごく淡いミントグリーンだったのだ。
「出発前に、オリヴィアのドレスと同じ色で騎士服をと仕立屋に頼んでおいたものだ」
「……よろしいのですか?」
公式の場で揃いの色の服を着るということは、互いの目や髪の色を身につける以上に親しい関係であるとアピールする行為だ。
不安になって見上げるオリヴィアにフェルディナンドは力強く頷いた。
「むろんだ。むしろ今発表しなければ、面倒な横やりが入るだろう」
今までクラレンス侯爵の力で押さえつけられてきた貴族達が、王妃の座を狙って自分の娘をフェルディナンドに紹介しようと群がってくる可能性がある。
妙な軋轢を生む前に、はっきり意思表示をしておきたいとフェルディナンドは言う。
「今日の戦勝会で婚約を発表することは、あらかじめ宰相にも許可をとってある。嫌か?」
「嫌なわけありません!」
オリヴィアは強く否定した。
だが、フェルディナンドの不在中に色々と勉強して、リラクシオンの現状を知ってしまったことで、ほんの少しだけためらいが生じたのも事実だ。
長い戦で荒れ果てた国土を癒し発展させる事業は、長期にわたるものばかりで未だ継続中。その間にも自然災害や今回のような内乱で再び国土が荒れて、そちらにも力を入れなければならなくなる。
国を治める仕事に終わりはないのだと、学べば学ぶほど大変な現状を理解させられた。
だからこそ、フェルディナンドに余計な負担をかけたくない。
「ですが、私が輿入れするという形でリラクシオンを訪れることになった原因がはっきりしないことがやはり気にかかります。理由がわかるまで発表は待ったほうがいいのではありませんか?」
そこになんらかの罠や悪意が仕組まれていたらと考えると、喜びのままに頷いてしまうのがいいことなのか、オリヴィアはわからなくなってしまう。
(……ここはおとぎ話の世界じゃない)
ハッピーエンドが約束されていないから、もっと用心深くなるべきではないのか。
「待つまでもない」
不安がるオリヴィアの手を握ったまま、フェルディナンドははっきりと言った。
「この輿入れが単なる行き違いでも、なんらかの悪意の罠であったとしても同じことだ。私は、この先なにがあろうとも、この手を離さず守ると誓っている」
「フェルディナンド様……」
(そうだった。私も誓ったんだわ)
ふたりで共に生きるために、どんな障害にも臆せず立ち向かうと……。
現実がはっきり見えてきたことでつい怖じ気づいてしまったけれど、怖じ気づくのではなく立ち向かわなければならなかったのだ。
オリヴィアはフェルディナンドの手を両手で握って、その顔を見上げた。
「ごめんなさい。少し弱気になってしまいました。でも、もう大丈夫です。私、負けません。なにがあろうと、フェルディナンド様のお側で共に戦います」
「そうこなくては」
フェルディナンドは嬉しそうに笑って、オリヴィアの頬にキスをした。
「さて、では行くか」
「はい」
オリヴィアはフェルディナンドの腕に手を絡め、戦勝会が行われている会場へと歩き出した。
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次話は20日に更新予定です。




