02
意地悪な姉姫、コーディリアは外面が良かった。
フィローンの愛され姫などと呼ばれて、フィローンの社交界でいつもちやほやされていたようだ。
(あのサイコパス、人前じゃ巨大猫を被ってたもんね)
それでストレスが溜まるのか、箱庭ではやりたい放題だった。
飲まされた毒物は数知れず、それ以上に鋭い言葉の刃を何度も突き立てられた。
オリヴィアがいなくなった今、彼女がどうやってストレスを発散しているのか想像すると気分が悪くなる。
(たぶん、逆らえない侍女達をいたぶってるんだろうな)
一度死を体験して生き返ったオリヴィアは精神的にもしぶとくなっていたし、黒の王冠の加護もあって無事だったが、侍女達はそうはいかないだろう。
オリヴィアと同じようにいたぶられたら、身体も心も壊れてしまうかもしれない。
「集中しないと怪我しますよ! 私が!」
「あっ、駄目! ちょっと待って!」
姉姫のことをつい思い出してしまったオリヴィアの隙をついたアリーナが、だんっと強く踏み込むと同時に長剣を模した木剣を突き出してくる。
オリヴィアは持っている短剣型の木剣で慌ててそれを払おうとしたが間に合わず、手首にきつい一撃をもらってしまった。
「ああっ、ごめんなさい! すぐに手当を」
「姫様、悪いと思っているのならもっと集中してください」
オリヴィアの手首を打った木剣の痛みは、当然攻撃したアリーナが受けることになる。
すぐにでも手当したかったのだが断られた。
「この程度、問題ありません。続けます!」
右上から振りおろされる木剣を、オリヴィアは両手で握った短剣型の木剣でカンッと弾き、すかさず後方に下がって距離を取り、基本の姿勢に戻る。
「その調子です。姫様は自ら向かっていく必要はありません。剣の攻撃をいなしつつ、刺客に捕まらないよう距離を取ることに専念してください。その間に私かマイラが対処しますから」
「はい!」
オリヴィアは、アリーナが再び繰り出してくる木剣を、彼女から教わった通りに冷静に払った。
うっかり木剣に当たれば、その痛みはアリーナが受けることになるからもう必死だ。
アリーナ・オルロフとマイラ・ケトラは、あの事件の後にフェルディナンドが新たにオリヴィアにつけてくれた護衛だ。
アリーナは子爵家出身の騎士で、女性にしてはかなりの長身でよく鍛えられた、がっしりとした体格をしており、剣の腕前は男性騎士と遜色ないほどだとか。
マイラは暗部出身で、普段は侍女姿で働きながら、密かにオリヴィアの護衛をしてくれている。
フェルディナンドが信頼していることもあって、まずふたりにはオリヴィアが身に宿している黒の王冠の守りがどういうものであるのかを説明しておいた。
その上で、剣の手ほどきもお願いすることにしたのだ。
「次に同じことがあった時、ただ逃げ回るだけなんて嫌なの。私も戦えるようになりたいわ」
「ならば短剣をお勧めします。長剣は姫様が持ち歩くには問題がありますから」
短剣ならばこっそりドレスに隠して持ち歩くこともできるとアリーナが言う。
マイラは、短剣の扱いになれたら短剣より小さな特殊な暗器の使い方を教えてくれると約束してくれた。
そうしてはじまった短剣術の訓練だが、これが想像以上に大変だった。
木剣が当たってもオリヴィアは決して怪我をせず、打ち込んだ自分にダメージが入ると実感した途端、アリーナがとんでもないスパルタになってしまったのだ。
気遣わずに打ち込めるのは楽だとアリーナは笑うが、オリヴィアの精神的なダメージはとんでもない。
(この女騎士、マゾなの⁉)
オリヴィアとしては、自分のせいでアリーナに怪我をさせないよう、繰り出される木剣を必死で捌くしかない。
その甲斐あってか、オリヴィアの短剣術はめきめき上達していっている。
怪我はしなくとも、逃れようのない筋肉痛に日々悩まされてはいるが……。
訓練を終えて汗を拭いていると、一時間後に会いに行くとフェルディナンドから先触れがあった。
慌てて湯をつかって髪を整えてもらい、急いでドレスに着替える。
「急ですまない。今を逃すと今日は会いに来られなくなりそうだったんだ」
「いいえ、お会いできて嬉しいです」
「筋肉痛のほうはどうだ? クッションにもたれていてもいいのだぞ」
「いえ、大丈夫です。最初の頃より楽ですから」
一度クッションにもたれたら、次に起き上がる時にまた痛い目をみる。オリヴィアは微笑んで断った。
「そんなことより、随分とお疲れのようですね」
お茶を飲むフェルディナンドの目元にうっすらとクマが見えた。
「睡眠時間を削るほど忙しいのですか?」
「いや、これはたまたまだ。昨夜は来客との話し合いが長引いてね」
クラレンス侯爵の派閥の者達が次々に領地に引き上げ、国内は内乱の不安に揺れている。
水面下での政治の駆け引きなど、問題は山積みなのだろう。
「今回の件、穏便に収めることはできないものでしょうか?」
そもそもこの内乱のきっかけは、自分がうっかり攫われたことにある。
オリヴィアは責任を感じていた。
(戦いなんて起きないほうがいい。前の世界みたいにネゴシエーター的な人がいればいいのに……)
戦いが起きれば、真っ先に傷つくのは先頭で戦わされる平民の兵士達だ。
戦いのための物資や食料などを準備するためのしわ寄せが、民に税として課せられることだってあるだろう。
なにより、フェルディナンドの身が危険に晒されることが辛い。
「ラヴィニア様の行いを許すことはできませんが、表立って罰していただかなくてもいいのです。その……自主的に修道院などに入っていただければ充分かと」
オリヴィアとしては、ラヴィニアが自分や他の弱い立場の令嬢達に危害を加えられない立場になってくれればそれでいい。
「起こった事件に対して、今のこの状況はあまりにも大事になりすぎているような気がして不安なのです」
そう告げると、フェルディナンドは深い溜め息をついた。
「オリヴィアのせいじゃない。あの事件はあくまでもきっかけに過ぎなかった。今のこの状況は、我が国の長年の歪みが表に出てきただけだ」
クラレンス侯爵は、以前から王であるフェルディナンドの政策にあからさまに異を唱え続けてきた。
そして、王家を支持する貴族達はその不遜な態度に常々不満を抱き続けていた。
クラレンス侯爵を支持する貴族達はといえば、クラレンス侯爵を抑えることができない若き王を侮るようになっていた。
「すでにクラレンス侯爵派の嫡子がふたりほど、婚約破棄騒動を起こしているようだ」
「え? まさか、ラヴィニア様の婚約者になるためにですか?」
クラレンス侯爵の勝利を確信して、内乱の後のことを考えての行動かと思ったのだが、フェルディナンドは違うと言う。
「ラヴィニアではなく、サファイアの夫の座を狙っているのだろう」
「サファイア様?」
「ああ、オリヴィアは知らなかったのだな。サファイアは父上のところにいる私の妹だ」
「まあ……。クラレンス侯爵派は、前王陛下がクラレンス侯爵の味方をすると確信しているのですね」
「そのようだ」
(そこまでの関係だったなんて……)
血を分けた息子より、長年の親友を取ると皆に確信されているとは。
そもそも最初から親子関係に問題があったのだろうか?
「……前王陛下は、フェルディナンド様に対して殊更に厳しいお方なのですか?」
オリヴィアは心配になって聞いてみた。
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次話は16日更新予定です。




