01
「チュリブルム山脈はもう雪に覆われているんでしょうね」
氷雨が降る窓の外を眺め、のんびりとお茶を飲みながらエリアスが呟く。
「そうだと思います。私が山脈越えをした時には、もうみぞれが降っていましたから」
「では、やはりサンガルズに恨み言を伝えるには、春まで待たねばならないわけですか……。歯痒いなぁ」
「先日使わせていただいたような魔道具は、サンガルズにはないのですか?」
この世界では五キロ程度の距離なら通信魔法で会話することができるのだが、それ以上はほぼ不可能だと言われている。
例外がリラクシオンとテレントの二国間にある特殊な魔道具だ。
ただし、対になっているその魔道具が送るのは、声ではなく物だ。
(転移装置かな? SFっぽい)
瞬間移動ができるのではないかと、前世の記憶持ちのオリヴィアはちょっとわくわくした。
だが残念ながら、一度に送れるのは一キロにも満たない重量らしく、生き物も不可らしい。もっぱら書状のやり取りに使われているようだ。
「あの魔道具、実は我が国秘蔵のアーティファクトなんですよ。先の戦の際に連絡用としてリラクシオンに貸して、そのままになってるんです」
「まあ、では世にふたつとない品なのですね」
(古代文明、ハンパない)
最強の盾である黒の王冠に転移装置。
古代文明が巨大隕石で滅びなければ、この世界はいったいどんな風に発展していたのか、想像すると空恐ろしいものがある。
「サンガルズへは、事情を問いただす書状をもった我が国の使者が、雪が降る前に出立しておりますわ。春になれば一番に返事を持って戻るでしょう。――どんな返事がきても、陛下とオリヴィア姫の婚姻は覆ったりはしませんけどね」
「婚約式すら執り行えない体たらくで、よくも言えたものです」
「なんですって!」
(……ほんと仲良しだなぁ)
エリサとエリアスがやいのやいのやり合うのを聞きながら、オリヴィアはのんびりお茶を飲む。
エリサもかつてエリアスがリラクシオンに遊学に来ていた時代からのつき合いらしく、顔を合わせるたびなかなかに気安いやり取りを繰り返しているのだ。
☆ ☆ ☆
オリヴィアが忌み子の真実を知った日から、すでに十日が過ぎていた。
その間にエリアスは件の魔道具で母国であるテレントと連絡を取り、オリヴィアの現状とここに残りたいという望みを伝えてくれた。
身に宿した黒の王冠に関しても、テレントに返却する意志があることも……。
その結果、テレントの王は、オリヴィアの望みを全面的に認めてくれた。
フェルディナンドとの婚約を祝福し、黒の王冠は今すぐ返却する必要はないとのこと。
どうやらテレント王は、自分達が手をこまねいている間に、多くの忌み子達が不幸な最期を迎えたことに重い責任を感じたようだ。
忌み子は、かつて失われた王太子の子孫達。
本来ならば正統な王の血筋の者達だったのだ。
その死に様のあまりの哀れさに平静ではいられなかったらしい。
失われた命を戻すことはできない。せめて忌み子という蔑称で呼ばれる最後のひとりとなったオリヴィアに、出来うる限りのことをしたいと申し出てくれたのだ。
正式に婚約が発表される時には、テレント王が東の地におけるオリヴィアの後見役になりたいとの申し出も受けている。
母国に帰らずリラクシオンに滞在しているエリアスも、社交の席でその話をせっせと広げているようだ。
(テレントの方々は、私を気遣ってくれてるのね)
この十日で、リラクシオンの国内の様相は大きく変わった。
クラレンス侯爵とラヴィニアは、王家からの召喚に無視を決め込み領地に閉じこもったまま。
それに応じるように、王都に滞在していたクラレンス侯爵派の貴族達も、それぞれの領地に戻りつつある。
たぶん彼らは、フェルディナンドとクラレンス侯爵の関係がこのまま完全に破綻した後のことを想定して動いているのだろう。
(みんな内乱が起きる可能性があると思ってる)
クラレンス侯爵と前王の関係は今でも良好らしい。
もしも前王がクラレンス侯爵側につけば国はふたつに割れることにもなりかねない。
戦いを避ける唯一の方法は、フェルディナンドがラヴィニアとの婚姻を承諾すること。
オリヴィアとの婚姻を望むフェルディナンドがそれに応じるわけもなく、なによりそれでは一国の王がクラレンス侯爵の力に屈したことになる。
そんなことを絶対に認めることはできない。
フェルディナンド達もクラレンス侯爵との和解の道を探りつつ、水面下では戦いの準備を進めているようだ。
エリアスがこうしてリラクシオンの王宮に残っているのも、テレントが前王ではなくフェルディナンド側であることを周囲に知らしめるため。
だからこそ、すでにオリヴィアの後見役として動いてくれているのだ。
黒の王冠をすぐに返却しなくてもいいと言ってくれたのも、これから起きるかもしれない争いにオリヴィアが巻きこまれる可能性を考えてのことだろう。
(このままなにも起きなければいいのに……)
オリヴィアは、長年の友情に目を曇らせた前王陛下が間違った判断を下さないことを祈った。
☆ ☆ ☆
「オリヴィア姫はサンガルズの王と面識はおありですか?」
エリサにやり込められたエリアスが、救いを求めるようにオリヴィアに話し掛けてくる。
「いえ……。お会いしたことはありませんが、噂だけなら聞いたことがあります。商才に長けた賢王でいらっしゃるとか。それだけではなく、その……神々にも匹敵するような美貌の持ち主だとか……」
――あんなに麗しいお方は他にはいらっしゃらないわ。
そう言って褒め称えていたのは、オリヴィアの姉であるフィローンの一の姫、コーディリアだ。
フィローン一の美女と名高い彼女がうっとりと褒め称えるぐらいなのだから、サンガルズの王は余程の美貌の持ち主なのだろう。
「神々に匹敵するなどと、大袈裟では?」
「そうでもないようですわよ。サンガルズに出入りしている我が国の商人達も同じようなことを言っておりましたし……。なんでも、年齢も性別も超越した美しさなのだとか」
「そこまでですか。なんだか怖いですね。ひとめ見ただけで魂を抜かれそうだ」
「本当に……。そんな方に嫁いだ王妃様はどういう方なのかしら? 私だったら、自分より美しい夫なんてごめんだわ」
「オリヴィア姫はご存じですか?」
「噂だけ……。サンガルズの王妃様は、栗色の髪に茶色の瞳の穏やかな女性だとか……」
――あんな地味な年増、あの方に似合わないわ。あの方の隣には、華やかなわたくしのほうがずっとふさわしいのに……。
コーディリアはよく爪を噛みつつ、サンガルズの王妃に対する悪口雑言をまき散らしていた。
幼かったコーディリアがサンガルズの王にはじめて会った時には、すでに結婚していてコーディリアよりも年上の子供もいたのだと聞いている。
王妃が年増ならば王だってそれなりの年齢だ。若いコーディリアには釣り合わないような気がするのだが……。
(あのサイコパス、いい加減に諦めていればいいんだけど……)
サンガルズの王に懸想するあまり、婚期を逃しかけていた姉姫を思い出してオリヴィアは溜め息をついた。
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次話は14日更新予定です。




