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黒忌み姫のお輿入れ  作者: 黒田ちか(クロッチカ)
第6章 私はここにいたいのです

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08

「もともと箱庭は、忌み子を処分する為の場所だったのです」


 ごく稀にフィローン王家に生まれてくる、その身に黒い輪をはめた黒髪黒目の赤ん坊。

 剣で突いても毒を飲ませても死なない不気味な赤ん坊を、フィローン王家の者達は忌み子と呼んで疎んじた。育てることすら拒絶して、生まれたばかりの赤ん坊を箱庭に放り込み、自然に餓死するまで放置するのが慣習になっていたのだ。


「飢えれば忌み子も死にますから……」


 黒の王冠の加護のお陰か、すぐには死なないがそれでもいずれは衰弱して自然に心臓が止まる。そんな死にゆく赤ん坊を誰も見ていたくはなかったのだろう。

 だから箱庭は作られたのだ。


(もしかしたら、フィローンの王族は自分達にテレントの王族の血が流れていることを知らなかったのかも……)


 テレントの王太子を処刑したのは貴族達だ。

 たったひとり残った王女が産んだ子供を王として立てることでフィローン王家の血筋を守るしかなかった彼らは、黒髪黒目の忌み子の姿にテレントの王太子を連想したのだろう。


 ――黒髪黒目の死なない奇妙な赤ん坊。これは咎人として殺したテレント王太子の呪いなのではないか?


 貴族達は心の底から王太子の呪いに恐怖した。

 だからこそ忌み子達は、産まれてすぐに処分されるようになったのかもしれない。


 だが、忌み子達の扱いが変わるきっかけが訪れた。

 それはとある時代、年の離れた末の姫が忌み子として生まれたことを知った兄姉達が、王族の慣習から必死に末の姫を守ったことにはじまる。


 末の姫を外の世界に連れ出すことは叶わなかったが、兄姉達は箱庭でも暮らしていけるよう屋敷を作り、使用人を置いて末の姫の世話をさせた。

 そのお陰で末の姫は無事に成長し、護衛の騎士と恋に落ち、結婚して子にも恵まれ幸せな生涯を送ることができた。

 そして、成長して王となった末の姫の兄は忌み子を放置して殺す慣習を禁止したが、時代が変わると悪習はまた戻ってきた。

 最初から食事を与えられずに死んでいく忌み子がほとんどだったようだが、ごく稀に忌み子の面倒をみる世話人が与えられることもあったようだ。

 会話や文字を覚えて成長していく忌み子達は、屋敷にある本や記録を読むことで、自分達がいったいどういう存在なのかを知っていく。

 生まれてきたことを厭われ、生きていることを忌まれ、今も死ぬことを望まれているのだと知って、最後には絶望するのだ。


「心が死ねば、身体も引きずられます」


 絶望して消えてしまった小さなオリヴィアのように……。

 空になったその身体に今のオリヴィアの心が入ったから、こうして生き伸びることができたが、他の忌み子達はそのまま死んでいったのだろう。


 オリヴィアがそれらのことを知ることができたのは、知識を得た忌み子達が拙い文字で残した記録が箱庭にあったからだ。

 十代で亡くなったと思われる彼らの記録はどれも、もう疲れた、飽きた、などという虚しい言葉で締めくくられていた。


 オリヴィアから忌み子達の最期がどんなものだったのかを聞いたエリアスは蒼白になった。


「なんと惨い……。だが、オリヴィア姫は生きておられる」

「私は運が良かったのです。小さな頃は乳母がいましたから……」


 実際はその乳母が死んだことで絶望して、小さなオリヴィアの心も死んでしまったのだけれど……。


 小さなオリヴィアの悲しみを思いぎゅうっと両手を握っていると、フェルディナンドの大きな手の平が重ねられた。


「ひとりになってからは、自分で料理を作り、果樹の世話もして生きてきたのだったな。オリヴィア、あなたの強さは尊敬に値する」

「……ありがとうございます」


 白くなるほど強く握っていた両手から力が抜ける。

 オリヴィアは自然にフェルディナンドと手を繋いでいた。


 繋いだその手を見たエリアスが、不自然に咳払いをする。


「……失礼。――箱庭は密偵も入り込めない王宮深くにあったため、実情を探ることができずにいたのですよ。そのような惨いことが行われていると知っていたら、もっと早くに動いていたのですが……」

「フィローンの王族にとって忌み子は恥ずべき秘密ですから、幾重にも隠されていたのでしょう。……遠く離れた国に救いの手を伸ばす意志を持つ方々がいたことは、僅かなりとも死んでいった忌み子達への慰めになります」


 少なくともオリヴィアは、テレントの工作によって、こうしてフィローンを出ることができたのだ。

 遅すぎたと責めるべきではない。


「遅くなりましたが、私をフィローンから連れだしてくださったことに感謝いたします。お陰様でこうして無事にリラクシオンに来ることができました」


 フェルディナンドに微笑みかけながらオリヴィアがお礼を言うと、エリアスは慌てて手をあげた。


「ちょっ、ちょっと待ってください。夜会でオリヴィア姫はフェルディナンド様に輿入れしてきたのだという噂を聞きましたが、なぜそんなことになっているのです?」

「おまえが書状にそう記したのではないのか?」


 フェルディナンドの問いに、「とんでもない」とエリアスは強く否定する。


「フィローンに送った手紙には二の姫を我が国に招待したいと記しました。サンガルズの王には、フィローンの二の姫を国外に連れ出すために協力して欲しいと……。ですが、リラクシオンに関することはひと言も書き添えておりませんよ」

「そうなのか?」

「はい。そもそも、オリヴィア姫は、テレントの王族にとっては黒の王冠をもたらしてくれるかもしれない希望だったのですよ。我が国の王族との婚姻を望んでも、他国の王族との婚姻を望むわけがないではありませんか」

「……確かにそうだな」


 テレントは黒の王冠を自国に取り戻したいのだ。

 婚姻によって他国に取られることを望むわけがない。


「となると、間に入ったサンガルズが怪しいか」

「リラクシオンがサンガルズに、フェルディナンド様の婚姻のお世話を頼んでいたのではありませんか?」

「それはない。オリヴィアと出会うまで結婚したいとは思っていなかったからな」


 フェルディナンドが繋いだ手に軽く力を込める。

 オリヴィアは微笑みでそれに答えた。


「……それは困ります。黒の王冠はテレントの王の証。オリヴィア姫には、黒の王冠と共に本来あるべき場所に戻っていただかねば」

「嫌です! 私はここに……フェルディナンド様のお側にいたいのです!」


 繋いだ手をぎゅっと握ってオリヴィアは叫んでいた。


「黒の王冠が必要ならば、この腕を切り落としてでも……。ああ、駄目だわ。切れないんだった」


 どうしたらいいのかしらと困るオリヴィアを、馬鹿なことをいうんじゃないとフェルディナンドがたしなめる。


「テレントは黒の王冠がないまま王権を維持し続けてきたのだ。急いで取り戻す必要はないのではないか?」

「お待ちください。黒の王冠は他の者に移譲することができるはずです」


 ビアソンが片眼鏡をきらんと光らせて指摘する。


「実際に、テレントの王から王太子へ、王太子からお腹の子へと移動していますからね。王族の血筋の者にならば移譲できるのでしょう? 無理にオリヴィア姫をテレント国へ連れて行く必要はないはずです」

「……その通りです。ですが、本当に移譲していだだけますか? 黒の王冠は最強の守り。あなた方にとっても魅力的なはずだ」

「確かにな。だがこの私が、我が身を守る最強の盾を手に入れる為だけに、我が国に生きる民を危険に晒すような真似をすると思うか?」


 国宝を奪えば、友好国であるテレントとの関係は破壊される。

 やっと平和な時代が訪れたと安堵している民を、ふたたびの戦乱の世に引き戻すようなことをするわけにはいかないとフェルディナンドが言う。


「黒の王冠はそちらに戻すと約束しよう。私はオリヴィアさえ側にいてくれればそれでいい」

「フェルディナンド様」


 見つめ合うふたりに、エリアスは溜め息をついた。


「わかりました。本国にはそのように報告しましょう。――ですがオリヴィア姫には、結婚する前に一度テレントを訪れていただきたいものです。……我が国にもなかなか素敵な王子様方がおられるのですよ?」

「まあ」


 エリアスは、まるでいたずらっ子のような笑みを浮かべている。

 冗談だとわかるその口調に、オリヴィアはほっとして微笑んだが、フェルディナンドは冗談だとしても受け入れられなかったらしい。


「やらん! オリヴィアは我が妃になるのだ!」


 強く引き寄せられ、腕の中にすっぱりと抱き込まれる。

 オリヴィアは、自分が望む居場所に強く望まれている幸せに胸が熱くなった。

読んでいただきありがとうございます。

これで六章は終了です。数日お休みして続きを更新していこうと思ってます。

七章は悪役令嬢サイドとの戦いになる予定。よろしくお願いします。

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