07
「私、黒の王冠なんて持っていません!」
オリヴィアは驚いて首を横に振った。
一国の宝に値するような品を手にする機会など今まで一度もなかった。
「オリヴィア姫はほぼ身ひとつでリラクシオンにおいでになられました。それは私も保証しますわ」
オリヴィアのワードローブを完全に把握しているエリサも、オリヴィアの発言を後押ししてくれる。
「ああ、これは失礼。聞き方を間違えたようです。――オリヴィア姫、あなたはその身に黒い輪を宿しているのではありませんか?」
「黒い輪?」
「……もしかして、あれのこと?」
オリヴィアは思わず、生まれながらに黒い腕輪がはまっている左腕に触れた。
エリサの視線もまたそこに注がれている。
「そこにあるのですね。見せていただけませんか?」
二人の動きでそれを察したエリアスに促され、オリヴィアはドレスの袖をまくって、そっと二の腕を晒した。
「これは……随分と無骨な腕輪だ。オリヴィア姫にはもっと繊細な品が似合うでしょうに……」
オリヴィアの腕に填まった黒いコイル状の腕輪を見て、ハンゲイト侯爵が痛ましげに顔を顰める。
「陛下。すぐにでも、もっと美しい品を見つくろって差し上げてください」
「わかっている。……しかし、これはどうやってはめたのだ?」
失礼と断ってから、フェルディナンドはオリヴィアの腕にはまっている腕輪に触れた。
外そうとしてくれているようだが、腕輪はオリヴィアの肌にぴたりと張りついていて、ずらすことすらできない。
「フェルディナンド様、この腕輪は外せないんです。代々の忌み子には必ず身体のどこかに黒い輪がはまっていたそうです。そしてこれは、フィローンでは忌み子の証と言われていました」
「とんでもない。それは間違いです! これこそが黒の王冠なのですよ」
断言するエリアスを、ビアソンが怪訝そうに見る。
「王冠の形をしているようには見えませんが?」
「黒の王冠は、人によって顕現する場所が違うのだと伝わっています。指輪やチョーカー、足輪だったこともあるようです。その見た目は決して華やかなものではなく、王者の証とするには少しばかり貧相に過ぎた。それで現在使われているあの煌びやかな王冠を作って、わかりやすい王者の証としたのだと伝わっています」
「……では、本当にこれが黒の王冠なのか」
皆の視線がオリヴィアの腕に注がれる。
オリヴィアもまた見慣れた腕輪を見つめた。
「黒の王冠……」
生まれながらに腕にはまっていた腕輪。
これが古代王国のアーティファクトだというのならば、オリヴィアの成長と共に大きくなっていったのも納得できる。
そして、忌み子に毒や刃が効かないことも無関係ではないのだろう。
「代々の忌み子が怪我や病気をしない身体だったのは、黒の王冠の力なのですか?」
「その通りです。黒の王冠は、テレントの王を守るために存在しているアーティファクトですから」
黒の王冠は、物理・魔法・毒、どのような攻撃も通さず病魔ですら拒絶する、王を守る最強の盾なのだとエリアスが言う。
「なるほど。かつて、王太子が海竜が跋扈する塩湖を渡りきることが出来たのも黒の王冠の力か」
フェルディナンドが頷いた。
「そうです。王弟派が宣戦布告をした時、王は真っ先に狙われるであろう王太子に黒の王冠を譲ったのだと伝わっています」
「だが、その結果、王は暗殺者の刃に倒れた」
「はい。そして黒の王冠を宿した王太子には、王弟派の刺客達の攻撃が通じなかった。だからこそ塩湖へ流されることになってしまったのでしょう」
「ですが、王太子はフィローンで処刑されたのですよ。おかしくはないですか?」
ビアソンが指摘する。
「それに関しては、王太子から届いた手紙から推測するしかないのですが……」
手紙には、妻と子を連れて帰ると記されていた。
時系列敵に、その時点ではまだ子供は産まれていなかったのだろうとエリアスは言った。
「王太子は王女を攫って逃避行の旅に出る前に、黒の王冠を王女のお腹の中にいる我が子に譲ったのではないでしょうか?」
この逃避行が厳しい旅になるのは間違いない。
万が一にも我が子が流れてしまわぬよう、王太子は最強の守りを我が子に与えたのだ。そして同時にそれは、母体である王女の身を守ることにもなる。
だがその結果、囚われた王太子は処刑されてしまった。
(……そういうことだったのね)
エリアスの推測を聞いたオリヴィアはひとり納得していた。
あのフィローンの貴族達が、王女が盗賊の子供を出産することを許したことにずっと違和感を感じていたのだ。
彼らなら、どんな手段を使ってでも生まれて来る前に処分しそうだから……。
きっと黒の王冠の守りが、王女のお腹の中の子供の命を守り抜いたのだ。
それと同時に、王女の命をも守っていたのだろう。
愛する者を殺され、堕胎薬を無理矢理服用させられる。それら全てが王女の身体に悪影響を及ぼしていたのは確かだ。そのせいで、出産して黒の王冠の庇護を失った途端に王女の命は失われてしまったのかもしれない。
「黒の王冠はテレントの王族の血脈に強く結びついています」
持ち主が寿命で死ぬと黒の王冠は姿を消すのだという。
そして近くにいる血族の血へと溶け込み、出産を経て再び世に現れる。
「フィローンの王族の血脈に囚われる形になってしまった黒の王冠は、黒髪黒目というテレントの血脈をより強く発現させることでこの世に姿を現していたのでしょう」
(それって、黒の王冠が強制的に先祖返りを行っていたってこと?)
血の中に潜んだり、遺伝子にまで働きかけることができるとは……。
オリヴィアは、黒の王冠の力に畏怖の念を抱いた。
「なるほど。テレントが黒の王冠をアーティファクト扱いしている理由がわかったような気がします。ですが、それでもまだ疑問が残ります」
ビアソンの片眼鏡がきらんと光る。
「それほど大切な黒の王冠を、なぜテレントはフィローンから取り戻そうとしてこなかったのですか? フィローンの王族を招こうとはしていたようですが、それではあまりにもやり方が迂遠だ」
エリアスはビアソンの質問に表情を曇らせた。
「フィローンで忌み子と呼ばれている存在が、黒の王冠を宿しておられる可能性があることには気づいていたのです。ですが、あくまでも可能性です。フィローンに対して強硬手段に出るだけの確信がどうしても持てなかったのですよ」
「忌み子の存在こそが、なによりの証拠になるのでは?」
「いえ、それが……」
エリアスが言い辛そうに口ごもる。
なぜ口ごもるのか、オリヴィアにはその理由がわかっていた。
「ほとんどの忌み子が早世していたから、だからテレントでは確信が持てずにいたのでしょう?」
「その通りです。黒の王冠を宿しているはずなのに、忌み子と呼ばれる方々はなぜか皆早世していく。我々が知る限り、寿命で亡くなられたのは一人だけ。それ以外の方々はほとんどが幼少期に亡くなってしまわれた。黒の王冠を宿しているお方は全ての攻撃から守られ、病気にもならないはずなのに……」
「それ以外の理由でも人は死ぬわ ‼ 」
オリヴィアは思わず叫んでいた。
(ああ、小さなオリヴィア……。あなたの……あなた方の悲劇は彼らに届いていなかった)
もしも届いていたら、気づいてもらえていたら、あの悲劇は起きなかった。
救われていた命もあったかもしれないのに……。
オリヴィアは胸の前でぎゅっと強く両手を組み合わせた。
読んでいただきありがとうございます。
誤字報告感謝です。助かります。
次話は六日に更新予定です。




