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黒忌み姫のお輿入れ  作者: 黒田ちか(クロッチカ)
第7章 ならば私が受けて立ちましょう

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03

「そうじゃない。父上とは譲位後も普通に交流している」


 フェルディナンドは苦笑する。


「ただ、父上はひとつの誓いを立てておられるのだ」


 長い戦が終わり、当時伯爵だったクラレンス侯爵に報償として侯爵位を授けると同時に前王は誓った。


 ――生きて勝利を迎えられたのは、我らに尽きぬ物資を送り続けてくれたクラレンス伯爵あってのこと。かの者の名誉を汚す者が現れた時には、その恩に報いるべくこの俺が直々に剣を取って戦うと王家の名にかけて誓おう。


 華やかな戦勝会で行われたその誓いを、大勢の貴族達が見守っていた。

 王家の名にかけて誓った以上、その誓いは守られねばならない。


(前王陛下は、ちょっとうっかりが過ぎるわね)


 国王たる者、徹底的に危機管理すべきだ。

 その当時は忠臣であったクラレンス侯爵が、将来においてもそうであるとは限らないのだから……。


「戦勝会での誓いは報償のうちだ。信賞必罰に係わる誓いを王家の者が破ることはできない。そんなことをすれば、我が王家は国を統べる為に必要な最低限の資格を失うことになる」

「……板挟みなのですね」


 王家の威信を守る為、王家に剣を向けねばならない。

 前王は身動きが取れない状態に陥っているのだ。


「ならばなおのこと、穏便に収める道を探る必要があるのでは? そうだわ! あの事件の真犯人が新たに判明したことにすればどうでしょう?」


 適当にでっち上げた犯人を処刑したと発表することで、真実を覆い隠してしまうのだ。厚顔無恥なラヴィニアならば、きっと喜んで乗ってくるだろう。


「無理だな。もうそういう話ではなくなっている。――今回、オリヴィアが襲われたことで、私のかつての婚約者達の家も動き出してしまった」


 事故と病気で亡くなったとされるフェルディナンドのかつての婚約者達。

 親族達は、その死に対して長い間クラレンス侯爵への疑いを持ち続けて来たのだと言う。

 だが、彼女達の死の真相を探ろうとしても、クラレンス侯爵の隠蔽工作は完璧でどうしても真実に辿り着けない。それならばと彼らはクラレンス侯爵自身を調べ始めた。

 

「その結果、予想以上のことがわかったようだ。税金の着服、輸出禁止となっている宝石や鉱石の売買、違法薬物の製造……。昨夜は遅くまでその話を聞いていた」


 証拠は完璧に揃えられており、この後のことは陛下のご意向に従うと、その全てがフェルディナンドに託された。


「……私は試されているのだろう」


 ここで生温い対応を取れば、王家派の貴族達にまで背を向けられかねない。

 すでに後戻りできないところまで来ているのだ。


「内乱は避けられそうにないのですね」

「ああ。とりあえず父上には、被害が拡大しないよう、そのまま引きこもっていてくださるようにお願いしているところだ」


 いつまでも前王陛下に動きが見られなければ、これでは話が違うと、やる気満々だったクラレンス侯爵派の勢いも削がれていくだろう。

 そうなればいいとオリヴィアは心から祈っていたのだが、残念ながら祈りは届かなかった。

 数日後、前王陛下の紋章入りの馬車がクラレンス侯爵領に向かったとの報告が入ったのだ。

 そしてそれとほぼ同時に、王宮に前王陛下の紋章の封蝋が押された一通の書状が届いた。


 ――我が剣をサファイアに託す。


 内容はその一文のみ。

 これにはフェルディナンドも首を傾げていた。


「サファイアに剣を託すなどと……。父上はいったいなにを考えておられるのか」

「和平を望まれてのことではないのですか?」


 クラレンス侯爵の名誉のために剣を取ると誓ってしまった前王陛下が剣を取れば、武力衝突は避けられなくなってしまう。

 だが普段から剣を持つことのない姫君の手に剣があれば、その剣は武力ではなく単なる権威の象徴となる。

 剣を合わせるのではなく、互いの権威をもって口頭で戦うことで事態を解決へ導くようにということなのではないか。

 オリヴィアがそう言うと、フェルディナンドはまずいものを口にしたような、なんとも微妙な表情になった。


「フェルディナンド様?」

「ああ、いや……。オリヴィアが短剣術を学んでいるように、サファイアもかなり前から剣術を学んでいるんだ。父上の隠棲先にあれがついて行ったのも、父上から剣を学ぶためだったぐらいだ」

「まあ、剣士様だったのですね」


 それも自ら望んで剣を取るような性格の姫君となれば、平和の使者とはなり得ない。


「どうにも嫌な予感しかしない」


 フェルディナンドは頭が痛そうに眉間を揉んだ。





 それから一週間後、クラレンス侯爵領より前王陛下の紋章入りの馬車が出立した。

 それと同時に、サファイア姫より城入りするとの先触れの書状も届いた。

 否が応にも緊張感が高まり、城の空気がざわめいているようでどうにも落ち着かない。

 サファイア姫が到着する日には、オリヴィアも王の間に控えていて欲しいとフェルディナンドには言われた。


「サファイアは父上の代行者だ。賓客であるオリヴィアにも出迎えの場にいてもらわねばならない」


 本当はそうしたくないと、フェルディナンドの顔に書いてある。


「そんな顔なさらないで。私なら喜んでお出迎えさせていただきますから」


 なにが起きようと、黒の王冠を宿したオリヴィアが傷つくことはない。

 むしろなにかが起きた時、オリヴィアはフェルディナンドの身を守る盾になれる。


(万が一にもそんなことがあって欲しくはないけど……)


 フェルディナンドの話を聞く限り、色々思うところはあれど、基本的に家族との仲は良好に思える。

 家族同士が争うような事態に発展しないことを祈るばかりだ。




 そして当日。

 エリサに付き添われてフェルディナンドが座る王座から少し離れたところにいたオリヴィアは、王の間に現れたサファイアをひとめ見て、困ったことに胸の高鳴りを覚えてしまった。


(なにあれ⁉ あんなの反則! リアルサファイア姫じゃないの!)


 前世の世界で見たことのある、漫画の神さまと呼ばれた漫画家が原作を描いた古いアニメを思い出す。

 同時に、宝塚を象徴するスミレの花のメロディが脳内を駆け巡った。


 肩の上で切られた艶やかな黒い髪に紺碧の瞳。

 騎士服を身に纏った凛々しい男装の麗人がそこにいた。


 サファイア姫は、スラッとした長身で服の上からでもわかる見事な凹凸の持ち主だった。

 それなのに女性的な甘やかさはなく、研ぎ澄まされた剣のような鋭さを感じさせられる。


 大股で歩いて王座の前まで来るとサファイア姫は足を止めた。


「兄上、久しいな」

「ああ。おまえは相変わらずのようだな。元気そうだ」

「むろん元気だとも。それが私の一番の取り柄だからな」


(声も素敵)


 宝塚の男役のように、艶やかでよく通る声だ。

 思わず両手を組んでうっとりと聞きほれていたオリヴィアに、サファイアの視線が向けられる。


「黒髪に黒い瞳、透けるように白い肌……。なるほど、あなたがオリヴィア姫か。想像していた以上に美しいな。これならば、兄上がたぶらかされても不思議ではない」

読んでいただきありがとうございます。

次話は18日更新予定です。

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