05
すべての準備を整え部屋を出る。
エリサと共に面会の場である琥珀の間へ向かうと、先に来ていたフェルディナンドが歩み寄ってきた。
「オリヴィア、急に予定を変えてすまない。支度が大変だったのではないか?」
「大丈夫です。エリサ様も協力してくださいましたし。それに、フェルディナンド様の素敵な贈り物を、すぐに身につけることが出来てとても嬉しいんです。本当にありがとうございます」
「私の贈り物があなたの役に立ったのならなによりだ」
胸元で輝くピンクサファイヤのネックレスに軽く触れながらお礼を言うと、フェルディナンドは嬉しそうに目を細めて頷いた。
「よく似合っている。これの他にも、あなたに似合いそうな宝飾品をいくつか見つくろってある。楽しみにしていてくれ」
「もう充分いただきましたのに」
「いや、まだまだ贈り足りない」
「その通り、まだまだ足りてませんわ。これからオリヴィア姫には宝飾品もドレスももっとたくさん必要になりますもの」
「わかっている。まかせておけ」
煽るエリサに、フェルディナンドが鷹揚に頷く。
「まあ……」
(いいのかな? なんか、たかってるみたい)
とはいえ、ほぼ身ひとつでこの国に来たのだ。
財産など持たないオリヴィアには自力ではなにも用意できないのだけれど……。
「オリヴィア姫、どうか陛下に、愛する女性を飾る喜びを与えてあげてください」
申し訳なさに顔色を曇らせるオリヴィアに、ハンゲイト侯爵がおっとりと話しかけてきた。
「よろしいのでしょうか?」
「もちろん。かつては私も、妻への求婚の際に馬車三つ分の贈り物を用意したものですよ」
この程度は序の口だと老侯爵が笑う。
「遅ればせながら。オリヴィア姫、ご婚約おめでとうございます。我ら臣下一同、あなた様に心からの祝福と感謝を申し上げます」
部屋には宰相であるハンゲイト侯爵の他に、宰相補佐のビアソン、そしてそれぞれの護衛と侍女が数人待機していた。テレント国からどんな話が出るのかわからない為、人数を絞ったのだそうだ。
その全員が、オリヴィアに祝福の言葉を告げながら頭を垂れる。
「ありがとうございます。皆さまの期待に応えられるよう、できうる限りの力でフェルディナンド様をお支えするとお誓い申し上げます」
こんなに沢山の人から祝福されるなんてはじめてだ。
オリヴィアは胸が熱くなった。
「すぐにでも祝宴を開きたいところですが、状況が状況だけにそれができないのが口惜しいですね」
「ビアソン、焦ることはない。華燭の儀は、全ての問題を片付けた後に行ったほうがよりめでたかろう」
片眼鏡をくいっとあげ愚痴るビアソンを、ハンゲイト侯爵が宥める。
「そうですね。まず今日で、テレント国との問題が片付けばいいのですが」
テレント国は、二百年以上前からフィローンの忌み子を自国に招こうとし続けてきたという。
フィローンは西の地、テレントは東の地。
遠く離れた二国には、これまで交流など無かったはずなのに……。
(どうしてテレント国は、フィローンの忌み子を呼び寄せたかったのかな)
少し不安になったオリヴィアの手を、フェルディナンドが安心させるように握る。
「心配いらない。なにがあろうと、あなたは私が守る」
「はい」
「チッ」
オリヴィアは手から伝わる力強さにほっとした。
フェルディナンドの背後に立つデニーから変な音が聞こえてきたような気もするが、誰も突っ込まないので同様に無視する。
やがて、護衛をひとりだけ伴ったエリアスが、琥珀の間にやってきた。
「お待たせしてしまいましたか?」
「いや。こちらもちょうど揃ったところだ」
「ならばよかった」
フェルディナンドとエリアスは、既知の間柄らしく気安い会話を交わす。
そんな二人を少し下がって眺めていたオリヴィアに、エリアスが視線を向けた。
「夜会の席ではご挨拶しそびれてしまいました。あなたがフィローンのオリヴィア姫ですね? テレント国のエリアス・マルドネス伯爵にございます」
歩み寄ってきたエリアスが、オリヴィアの手を取りその甲にキスをする。
「はじめまして。フィローンの二の姫、オリヴィアです」
(私とちょうど同じくらいの身長か)
この世界の男性にしては背が小さいなぁ、などと呑気に考えながらオリヴィアも挨拶を返したのだが……。
「痛ッ」
エリアスはオリヴィアの右手を握っていた手をいきなり引っ込めた。
その小指の内側から、ぼたぼたと血が滴り落ちる。
「え?」
(どういうこと?)
右手には指輪もしていなかったし、エリアスを傷つけるものなどなにもなかったはずだ。
(つまり、彼が私を傷つけようとしたのね)
その攻撃が忌み子の呪いによって弾かれたのだ。
そのことにオリヴィアより早く気づいたフェルディナンドが、オリヴィアをその腕の中に守るように抱き寄せた。
すかさずデニーが二人の前に出て、剣の握りに手をかける。
「エリアス! これはどういうことだ?」
「いや、ちょっと待ってください。これ、予想してたより痛い」
デニーの後ろから睨みつけるフェルディナンドに、エリアスは痛そうに眉をひそめつつ、いたずらっ子の表情で笑う。
「ですから針が出る仕掛けのほうがいいと言ったのです」
「でも、こっちの方が一目瞭然でわかりやすいだろ?」
エリアスの護衛騎士が魔道具であるブローチを外し、血を滴らせているエリアスの手を治療した。
「その指輪か……。今すぐ外せ」
「わかりました。――毒は塗ってないから」
治療を終えたエリアスは薬指に嵌めていた太い指輪を外すと、デニーに向かって放り投げる。
「刃物が出る仕掛け指輪ですね」
囚われ拘束された時、縄などを切るのに使う指輪なのだとか。
「……なぜこんなことを?」
「もちろん、手っ取り早く確かめるためです。――今の反応から察するに、フェルディナンド様もオリヴィア姫の特殊性に気づいているんでしょう?」
「テレントがオリヴィアを呼び寄せたのは、彼女のこの体質故か」
「オリヴィア姫のこれは体質などではありませんよ。もちろん、フィローンの王族が言っているような呪いでもない」
「では、なんなのでしょう?」
まるでその正体に確信があるようなエリアスの口ぶりに、思わずオリヴィアは口を開いた。
(どうしてこの人が知ってるの?)
オリヴィア本人ですら、いったいこの忌み子の呪いがなんなのかわからずに生きてきたというのに、遠く離れたテレントの人が知っているだなんてことがあるのだろうか?
「お知りになりたいですか?」
「もちろんです。私はこれまでこの忌み子の呪いに縛られ、フィローンの王族に虐げられて生きてきたんです。これがなんなのか、ずっと知りたいと願い続けてきました」
「虐げられてきた?」
「はい。箱庭と呼ばれる場所にたったひとり閉じ込められて孤独に生きてきました。王家に産まれた忌み子は皆同じような扱いを受けてきたと聞いています」
「そうでしたか……。もっと早くにお救いすることができていたらと悔やまれてなりません。テレントにも噂は届いていたのです。ですが、フィローンの王家とはなかなか交渉できず……。いや、こんなのは言い訳ですね。――オリヴィア姫。長らくご苦労をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます」
エリアスはその場に膝をつき、オリヴィアに向け頭を垂れた。
背後に控えている護衛騎士もまた、同時に膝をついて恭順を示している。
「エリアス、いったいこれはなんの真似だ? なぜお前たちがオリヴィアに謝罪するんだ?」
突然のこの振る舞いに、オリヴィアを抱き寄せたままフェルディナンドが怪訝そうに問う。
「臣下として当然の行為かと」
「臣下だと?」
「その通り。こちらにおわすオリヴィア姫は、テレント国の正当なる王――いえ、女王陛下であらせられます」
「え?」
(なんの冗談?)
そんなことあるはずがない。
あまりのことに、オリヴィアは我が耳を疑った。
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次回更新は3月2日を予定しています。




