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黒忌み姫のお輿入れ  作者: 黒田ちか(クロッチカ)
第6章 私はここにいたいのです

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04

「さあ、戦いよ!」


 いつもより少し早い時間にやってきたエリサが、部屋に入るなり宣言した。

 昨夜のプロポーズの余韻に浸り、幸福感にほわほわしていたオリヴィアはエリサの発言に一気に正気に戻る。


「相手はどなたです⁉」

「時間よ」

「は?」

「今日の午後のお茶の時間帯に、オリヴィア姫とエリアス様との面会が急遽決まったの。だから急いで支度しなきゃ」

「まあ、本当に急ですね」


 当初の予定では、テレント国の使者であるエリアスとの正式な面会は、できるかぎり引き延ばすことになっていた。

 のらりくらり引き延ばしている間に、以前からエリアスと親交があったフェルディナンドやビアソンが接触してテレント国の真意を探るつもりだったのだ。


 そのことを指摘すると、エリサは口元に笑みを浮かべたまま、器用に眉をひそめた。


「クラレンス侯爵のせいよ」


 娘を連れて領地に戻ってしまったクラレンス侯爵の次の動きに気を配らねばならなくなってしまったせいで、エリアスからのんびり情報を引き出している余裕がなくなってしまったのだ。


「一刻も早く事情をはっきりさせて、オリヴィア姫の安全を確保したいと陛下はおっしゃっておられたわ」

「まあ、フェルディナンド様が……」


 昨夜のことを思い出し、思わず微笑んでしまったオリヴィアを見て、エリサはうふふと笑う。


「だからね。エリアス様に会うための支度をしなくてはならないの。――()()()()()にふさわしい支度をね!」

「やっぱりそうでしたか」

「フィリダの姫様は王妃様になられるんですね⁉」


 カロリーナとフィリダ――オリヴィアの侍女ふたりが、ぱあっと顔を輝かせる。


「あら、あなた方はまだ聞いていなかったの?」

「昨夜、夜の散歩から戻ってこられたお二人の雰囲気から予想はしておりましたが、オリヴィア姫がだんまりを決め込んでおられまして……。ですが口元の緩みようから見て、間違いないだろうとは思っておりました。――オリヴィア姫、おめでとうございます」

「おめでとうございます! フィリダも嬉しいです!」

「ありがとう。二人とも、これからもどうぞよろしくね」


 我がことのように喜んでくれるふたりに、オリヴィアは心から感謝した。


「オリヴィア姫、どうして侍女にまで内緒にしていたの?」

「正式に発表するのはもう少し後になるとフェルディナンド様がおっしゃっておられたので、言ってはいけないものだと思っていました」

「あらあら。教えておかなくてはいけないことをまたひとつ見つけてしまったわ。こういう場合、身近な者には教えてもいいの。むしろ教えるべきなのよ? もちろん口止めは必要ですけどね」

「そうなのですか?」

「ええ。何事も支度には時間がかかるものでしょう? 陛下の婚約者となったことを公表する前に、準備しなくちゃいけないことが沢山あるもの」

「具体的には?」

「まずドレス関連ね。これまでのものより格式の高いものを急いでたくさん用意しなくてはならないわ。王妃の間も密かに整備しなおして、家具や照明などの調度品の類も選ばなくては。専用の馬車も必要よ。こういった物は完成までに時間がかかるから、すぐにでも取りかからなくては間に合わないわ。ああ、それとオリヴィア姫の紋章も決めなくてはね」

「紋章?」

「ええ。好きな意匠はあって?」

「スターフラワーが好きです」


 フェルディナンドが以前紋章に使っていたという花だ。できれば似たような意匠にしたいと言ってみたが、それは駄目だと言われてしまった。


「スターフラワーの紋章は我が国の王太子が使う意匠なの。それ以外の者はつかえないわ。他になにかない?」

「そうですね……。あ、では、林檎の花はどうでしょう?」

「林檎がお好きなの?」

「はい。フィローンの箱庭の庭に沢山植えられていたんです。春になると一斉に花が咲くのが楽しみでした」


 箱庭の果樹の中でも、林檎は一番本数が多かった。

 花が咲くのも楽しみだったが、収穫の喜びもまた格別だった。

 収穫したての林檎にそのままかじりついたり、お茶に入れて香りづけしたり、ジャムやドライフルーツにして売ったりと、箱庭での淋しい生活に色んな楽しみを与えてくれていた。

 オリヴィアにとって、とても有り難い存在だったのだ。


「いいかもしれないわね。後で紋章官に被りがないか確認しておくわ。侍女の増員も頼まなくてはね。でも今は、まずドレスね。私達が用意しておくから、オリヴィア姫は入浴して、磨きをかけてらっしゃい」

「え? そこまでする必要があるんですか?」

「あるのよ。まだ公にはできなくとも、あなたは我が国の王妃になる人なんですもの。友好国の使者に、とびっきり綺麗な姿で挨拶しなくてはね」

「姫様、フィリダがお手伝いします!」

「あ、ありがとう」

「さて、ドレスはどれがいいかしら」

「夜会のときに届いたパールピンクのものはどうですか?」

「ちょっと仰々しすぎるのでは? 昼の光の中ではこちらのドレスのほうが映えると思いますが」


 エリサとその侍女、そしてカロリーナの三人が楽しげに語り合うのを聞きながら、フィリダに手を取られたオリヴィアは、浴室へと連れていかれた。




 夜会の時と同じようにぴかぴかに磨き上げられ、マッサージやメイクを済ませた後で、エリサ達が選んでくれたドレスに着替える。

 淡い紫色で、ふんわりとした生地の特性を生かした優しげなデザインのドレスだ。


「もっと甘い感じになるかと思ってたけど、オリヴィア姫が着ると上品な雰囲気ね」

「お肌の色が白いから、薄い紫が良く映えます」

「姫様、お綺麗です」

「ありがとう」


 誉められたオリヴィアはにっこりだ。


(ずっと庭仕事をしてきたのにあまり日焼けしなかったのは、忌み子の呪いのせいなのかな?)


 紫外線は有害だからと勝手に弾いていたのか、それとも元から日焼けしにくい体質なのか。

 どちらにせよ、ありがたいことだ。


「そしてこれは陛下から。陛下は直接手渡したかったようだけど、その時間がないからと預かってきたのよ」


 エリサが見せてくれたのは、ピンクサファイヤのネックレスとイヤリングのセットだ。大きな宝石の周囲に、ピンクの小花をたくさん散らしたようなモチーフが愛らしい。


「まあ、素敵。フェルディナンド様にお礼を言わなくては……。というか、いただいたドレスやパリュールのお礼もまだだったわ」


 夜会の前後は色々とあって、ちゃんとしたお礼を言ってないような気がする。

 いけないと青くなったオリヴィアに、エリサが気にしなくてもいいのよと微笑む。


「贈り物を身につけた姿を見せるだけで、充分お礼になっているものよ」

「そういうものですか?」

「ええ。今日だってきっと喜ばれるに違いないわ。せいぜい、にっこりと微笑みかけてさしあげなさい。そのお返しに、きっとまた素敵な贈り物が届くに違いないから」


 賭けてもいいわよと、エリサは自信満々に胸を張った。

読んでいただきありがとうございます。

誤字報告にも感謝です。

次話は28日更新予定です。

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