03
(イケメンの憂い顔尊い。……けど、嫌)
フェルディナンドが苦しむ姿は見たくない。
クラレンス侯爵が、若くして王位に就いたフェルディナンドを侮って増長した可能性は高い。
だが、それはフェルディナンドの罪ではないはずだ。
(前王陛下が悪い)
戦後処理をまだ十代の息子に丸投げし、自分は妻の思い出と共に呑気に隠棲生活を送っているだなんて無責任だ。
多分前王は、戦時中ずっと自分を支えてくれたクラレンス侯爵が、息子をも支えてくれるはずだと信じていたのだろう。
だが七年後の現在、フェルディナンドの治世にとって、クラレンス侯爵は一番の障害となってしまっている。
(前王は知らないのかな?)
国内にいれば、王都の情報はそれなりに入りそうなものなのに……。
「オリヴィア姫、あなたにも迷惑ばかりおかけする。すまない」
「謝らないでください。私は迷惑だなどとは思っていません。フェルディナンド様のお役に立ちたいのです」
「……ありがとう」
フェルディナンドは腕に乗せられていたオリヴィアの手を取ると、手の甲にそっと唇を押し当てた。
そして顔を上げると、手を握ったまま穏やかにオリヴィアに微笑みかける。
(……ああ、やっぱり笑顔のほうが尊い)
その微笑みに、オリヴィアはほっとした。
「あなたの前では情けない姿を晒してばかりいるような気がする」
「いいえ。そんなことありません。王としてより良くあろうとして悩まれておられるだけですもの」
「ありがとう。――そうだな。私はずっと良い王にならねばと気を張って生きてきた」
まだ十代の若さで王座を委ねられ、長い戦で荒れ果てた国土と、疲れ果てた民をなんとかしようと、自分自身のことは二の次で必死に働き続けてきた。
「結婚に関しても特に望みはなかった。王族として産まれた以上、婚姻して世継ぎをもうけるのは義務だ。ずっとラヴィニアを拒絶し続けてきたのも、あれが王妃にふさわしい性質の人間ではなかったからだ。好き嫌いの問題ではない」
もしもラヴィニアがもう少し穏やかな娘だったら、国内を安定させる為に結婚していた可能性もあると、フェルディナンドは言う。
(王としての判断だもの。仕方ないよね)
とはいえ、仮定の話であってもやはり胸は痛む。
「だが、もうそんな考え方はできない。――私は、あなたがいい」
握った手を両手で包んで、フェルディナンドはまっすぐオリヴィアの目を見つめた。
「この先、なにがあろうと、この手を離さないと誓う。私の持てる力の全てであなたを守ろう。――オリヴィア、どうか私の妃になって欲しい」
(――嬉しい)
前世では、恋愛する余裕なんてなかった。
今世では、恋愛どころか、箱庭に閉じ込められずっとひとりぼっちだった。
思いがけず追い出されるようにして訪れたこの地で、こんな幸せが訪れるなんて……。
(ねえ、小さなオリヴィア。私達、ここできっと幸せになれるわ)
フェルディナンドの両手に包まれた手が温かい。
オリヴィアはもう片方の手を上げて、フェルディナンドの手に重ねた。
「私もフェルディナンド様のお側で生きていきたい」
母国で忌み子と罵られ恐れられていた自分を、温かく受け入れてくれた人々のいるこの国で生きたい。
「ありがとう、オリヴィア」
「お礼を言わねばならないのは、私のほうです。……フィローンの王族は強欲で傲慢です。私を娶れば、きっとご迷惑をおかけすることになるでしょうから……」
「気にすることはない。オリヴィアにとってのフィローンは、母国とは言いがたい場所なのだろう?」
「そうですね。むしろ、敵です」
「ならば遠慮なく叩ける」
血の繋がった家族であるはずの王族は、オリヴィアを忌み子として扱うことになんの疑問も抱かず、赤ん坊の頃から箱庭に閉じ込めてきた。
もうひとりの小さなオリヴィアが絶望と孤独の中で消えてしまったのは、間違いなく彼らのせい。
フィローンという国に未練も愛着も一切ない。
「でも、私をリラクシオンに輿入れさせてくれたことにだけは感謝しています。私への好意から、この縁組みを推し進めたわけではないのでしょうけど……」
「忌み子を遠国に追い出したかったというわけか」
「そうですね。……それともうひとつ。――昨夜の賊から、フェルディナンド様は『呪われた国王』と他国で噂されていると聞きました。本当にそういう噂があるのでしょうか?」
「……ああ、本当だ」
「では、その噂のお陰ですね。呪われた者同士、幸福な結婚にはなり得ないと考えたんでしょう」
――『呪われた国王』と『黒忌み姫』。どちらの呪いが勝つか、試してみるのも面白いのではなくて?
意地悪な姉姫、コーディリアならそう言いそうだ。
決して幸せな結婚にはならないと確信していたからこそ、彼女は笑顔でオリヴィアを送り出したのだ。
(そうでもなきゃ、妹を先に嫁がせたりしないはずだもの)
結婚適齢期だというのに、コーディリアにはまだ婚約者もいなかった。
妹に先を越されても悔しがる様子がなかったから、ずっと不思議だったのだ。
「なるほど。となると私は、クラレンス侯爵に感謝しなくてはならないのか。呪われた国王という噂を流したのは、彼だからな」
「まあ、なぜそんなことを?」
「他国との縁談を妨害する為だろう。実際、噂のせいで立ち消えになった話もある」
「それならば私も感謝しなくてはなりませんね」
呪われていると噂されている者同士、ふたりはくすくすと笑いあう。
「昨夜、賊に攫われたあなたを助けに向かった時、あなたが叫ぶ声を聞いた」
――私はここでフェルディナンド様と生きるの!!
「あ、あの時のことは忘れてください。助けが来ているとは知らずに無我夢中だったんです」
賊を椅子で殴りつけて撃退した姫君など前代未聞だろう。
オリヴィアは恥ずかしくて真っ赤になって焦ったが、フェルディナンドは穏やかに微笑んでいた。
「忘れない。あれほど嬉しい言葉を言ってもらえたのははじめてだ。……先を越されてしまって、少しばかり情けない気もするが」
あの後デニーから、自分から告白もできないヘタレと、散々弄り倒されたとフェルディナンドが苦笑する。
「私もあなたに同じ言葉を贈ろう。――オリヴィア、私はあなたと共に生きたい。その為になら、どんな障害にでも臆せず立ち向うと誓う」
「私もお誓いします」
クラレンス侯爵やフィローンの王族、どんな障害があろうと、絶対に負けない。
小さなオリヴィアがくれたこの第二の人生で、今度こそ幸せになってみせる。
「クラレンス侯爵やフィローンの王族がなにをしてきても、不死の身体を持つ私がフェルディナンド様の盾になって立ち向かいます。ずっと虐げられてきたんですもの。もう遠慮なんてしないわ」
オリヴィアは力強く宣言した。
フェルディナンドの手を握った手に、思わずぐぐっと力がこもる。
「勇ましいな」
「……はしたないと思われますか?」
笑うフェルディナンドに問いかけると、「いや」と首を横に振る。
「頼もしい。共に生きるに、あなたほど頼りになる人はいないだろう。――だが、危険な真似はしないで欲しい。私があなたを守るから」
「フェルディナンド様……」
握り合っていた手が離れて、背中に回され引き寄せられる。
(……ごめんなさい。頷けない)
だって、どうしても守りたい。
愛する人を守ることが出来るのなら、この身にかかった忌み子の呪いだって利用する。
(フェルディナンド様も、私と同じ気持なのかも……)
守りたいと思ってもらえている。
その気持が嬉しくて幸せで、なんだかくらくらする。
そっと包み込むように抱き締めてくれる優しい腕の中、オリヴィアは愛しい人の胸にそっと頬をすり寄せた。
読んでいただきありがとうございます。
誤字報告にも感謝。助かります。
次の更新は明後日、26日になる予定です。




