02
その夜、護衛騎士のデニーを伴ったフェルディナンドが部屋に訪ねてきた。
「庭を散策しながら、少しふたりだけで話をしよう」
「はい。よろこんで」
差し伸べられた腕に、そっと手を絡めて庭に出る。
「デニー、邪魔しては駄目よ」
「騎士様、お茶はいかがですか? 美味しいお菓子もありますよ」
「……いただきます」
後ろからついてこようとしたデニーは、カロリーナとフィリダが通せんぼして引き止めてくれた。
(よかった)
できればふたりきりで歩きたかったから、これで邪魔されずにすむとオリヴィアがほっとすると同時に、「助かった」とフェルディナンドも呟く。
同じことを考えていたのが、ちょっと楽しい。
「寒くはないか?」
「大丈夫です」
こんなこともあろうかと、カロリーナが厚手のストールを用意してくれていたのだ。
ゆっくりと月夜の庭を歩きながら、「昨夜の事件のことだが」とフェルディナンドが話を切り出した。
「別室にいた男達は全員捕縛した。オリヴィア姫が予想していたように、みな薬物でおかしくなっていたそうだ」
同じ部屋で、若いメイドの死体も発見されたそうだ。
オリヴィアを連れ出そうとしたメイドとは姉妹のように仲が良かった娘だった。
どうやらあのメイドは、仲良しのメイドを助けるために、オリヴィアをおびき出す役目を引き受けざるをえなかったらしい。
(これで五人目……)
失われた若い命を悼んで、オリヴィアは目を伏せた。
「……発見されたメイドは酷い有り様だったそうだ」
フェルディナンドははっきり言わなかったが、たぶん酒に仕込まれていた薬物で理性をなくし、凶暴になった男達になぶり殺されたのだろう。
(つまり、私もそうなるはずだったってことね)
忌み子の体質故に怪我も死にもしなかっただろうが、間違いなく複数の男に汚されていたはずだ。
毒や刃でただ殺すのではなく、こんな形でオリヴィアを辱めようと考える者はひとりしかいないように思える。
「男達を唆した犯人は捕まったのでしょうか?」
「捕まった。男達の口から聞き出して捕縛に向かおうとしたのだが、その前に自ら出頭してきた」
出頭してきたのは、ラヴィニアの侍従のひとりだったとフェルディナンドが教えてくれた。
主であるラヴィニアの邪魔になる存在を排除するために、自分ひとりの考えで行ったことだと侍従は言っているらしい。
「本当でしょうか?」
「もちろん嘘だ。その侍従は、牢から密かに救出するというラヴィニアの約束を信じていたようだが……」
主を守る為、侍従は罪を背負って出頭してきた。
だが主であるラヴィニアには、侍従を救出するつもりなど微塵もなかったようだ。
なぜならその侍従は、ラヴィニアに騙されて自害用の魔道具を身につけさせられていたからだ。
「毒を注入するタイミングを条件付けできる魔道具だ。侍従が身につけていたものは、日付が変わるタイミングで即死毒が注入されるようになっていた」
「え、では……」
「発動する前に解除した。以前、あなたを襲った刺客も同じような魔道具を身につけていてね。万が一のことを考えて、出頭してすぐに身体検査したんだ」
――誰よりも私を信頼している、必ず助けにいくからとおっしゃって……。その約束の証として、お嬢さまが手ずからつけてくださったものだったのに……。
侍従は、腕輪の形をしているそれが自分を死に至らしめるものだったのだと知って、呆然としていたらしい。
それでも、きっとラヴィニアも腕輪が魔道具だったと知らなかったに違いないと言い張って協力を拒み、最終的には魔道師に術をかけられて強制的に情報を引き出されることとなった。
「やはり、主犯はラヴィニアだ。その侍従だが、フィリダや刺客のことは知らなかったが、ミーロスの花毒と毒蛇の件は知っていたよ」
「そうですか……」
(では、フィリダを脅したり刺客を放ったりしていたのは、クラレンス侯爵なのね)
父親の方はただ殺害のみを企んでいて、娘はその過程をも楽しんでいるということか。
「ラヴィニア様は、今後どうなるのでしょう?」
「とりあえず本人から話を聞くために、登城を命じたのだが……。少し遅かった」
召喚状を持った使者がクラレンス侯爵邸を訪ねた時には、すでに屋敷はもぬけの空。
昨夜のうちに娘のしでかした事件を知ったクラレンス侯爵は、屋敷に残る全ての証拠を処分して、娘を連れ領地に逃げ帰ってしまったのだ。
「表向きの理由は、病の療養の為ということらしい。感染する病ゆえ、王都に病を広げないよう、領地に引きこもると……」
「まあ……。そうなると解決まで長くかかりそうですね」
「だろうな。……だが、クラレンス侯爵はただ引きこもってばかりもいないだろう」
「また刺客が放たれるのでしょうか?」
「いや、たぶんそれはない。あれが次にやりそうなことなら、容易に想像がつくが……」
「なにをなさると?」
オリヴィアが聞くと、フェルディナンドはもの凄く嫌そうに溜め息をついた。
「父上に泣きつくだろうな」
「……前王陛下ですか?」
「ああ。父上とクラレンス侯爵の絆は深い。……友人なんだ」
戦時中、クラレンス侯爵は常に財政面で前王を支えていた。
当然ながら信頼も厚い。
謂われのない罪で娘が汚名を着せられたとクラレンス侯爵が泣きつけば、友である前王も黙ってはいられないだろう。
「クラレンス侯爵は、父上にとって良い臣下だったんだ」
だが戦争が終わり、フェルディナンドが王位を継いだ頃から、徐々に変わっていった。
国や王家の為ではなく、己の地位や財力を向上させることにのみ力を使うようになった。
同時に、フェルディナンドが民の為に金を使うことに反対し、長い戦で働き手を失い困窮する民の為に税を下げることを批判した。
「戦争終結後、クラレンス侯爵への勲功はなかったのでしょうか?」
「もちろんあったさ。父上が退位なさる前に充分な報酬を与えた」
帝国が所有していた有望な鉱山をいくつかと広い領地等、将来的には放出した私財を何倍にもして補えるだけのものを、クラレンス侯爵は与えられていた。
同時に、その功績をたたえ、侯爵位も賜ったのだ。
「それまでは伯爵だったのですね」
「そうだ」
富と名誉を与えられても、クラレンス侯爵はまだ満足できなかったのだ。
更なる上を――娘を王妃にすることで、王をも自在に動かせる立場と力とを欲するようになってしまった。
「父上が王であったのなら、こんなことにはならなかったのかもしれない。すべて私の力不足が原因だ」
「フェルディナンド様……」
フェルディナンドは足を止め、夜空を見上げて溜め息をつく。
その横顔にオリヴィアの胸も痛んだ。
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