01
翌日、朝食を終えると同時にエリサがやって来た。
「オリヴィア姫、少し私とお話をしましょうね」
にっこりと口元は微笑んではいるが、目が怖い。
(……本気で怒ってる)
これは逃げられないと悟ったオリヴィアは、大人しくエリサの前に座って、しおしおと長いお説教を受け入れた。
昨夜、オリヴィアが姿を消したことに最初に気づいたのはエリサだった。
最初から危機感を持って夜会に挑んでいたエリサが、すぐさまフェルディナンドに連絡してくれたお陰で、早いタイミングでの救助が可能となったのだそうだ。
説教の合間にそんな話も聞かされて、オリヴィアはエリサに心から感謝した。
「――さて、今回はご無事で戻られましたから、苦言はこれぐらいにしておきましょうか。でもね、いくら怪我をしない身だからと言って、今後は過信しては駄目よ?」
「はい。昨夜のことで、避けられない危険もあると気づかされました。これからは充分気をつけます」
「お願いね。私も迂闊だったと反省してるの。――本当にごめんなさい」
エリサが深々と頭を下げる。
「どうしてエリサ様が謝られるのです?」
「オリヴィア姫は、ほぼ完璧にマナーを覚えていたでしょう? そのせいで、貴族令嬢の基本的な振る舞いに関する知識もあるものだと思い込んでしまっていたからよ」
夜会の際、未婚の貴族令嬢はひとりで会場の外に出ることはない。不名誉な噂を立てられないよう、必ず付き添いの騎士か貴婦人と共に行動するものなのだとエリサは言った。
「今回の場合は、私か、控え室に待機していたモース子爵をメイドに呼びにいかせるかのどちらかね」
「ひとりではなく、メイドも一緒だったのですけど」
「メイドでは駄目よ。万が一なにかが起きた時、その証言に力がないから……。そういう基本的なことって、子供の頃から周囲の人々を見て自然に覚えるものなの。うっかりしていたわ」
これからはそういうことも教えていくわねと言われて、オリヴィアはよろしくお願いしますと頭を下げる。
「それと、もうひとつ聞いておかなくてはいけないことがあって……。これは、兄から聞いてくるようにと頼まれたのだけど……」
「ビアソン様から? なんでしょう?」
エリサは聞きづらそうに口ごもり、軽く咳払いをした後で、意を決したように口を開いた。
「忌み子の呪いのことなのだけど、毒や刃、打撲傷なども跳ね返すのよね?」
「はい。そうです」
「では……その……破瓜の傷に関してはどうなのかしら?」
こそっと小声で聞かれて、オリヴィアは思わず顔を赤くして、やっぱり小声で答えた。
「そ、それは跳ね返さないのではないかと……。何代か前の忌み子で子供を産んだ方がいるんです」
「まあ、そうなのね」
エリサは嬉しそうに微笑んだ。
「それなら問題ないわね。……あ、でも、なおさら行動には充分気をつけないと駄目よ。護衛騎士を常に侍らせておくぐらいのほうがいいかもしれないわ」
「そこまでしていただかなくても大丈夫ですよ」
「あら、昨夜は大丈夫じゃなかったでしょ? とにかく、この件は私から兄に話しておきますからね」
「はい」
昨夜のことを言われては反論できない。
オリヴィアは大人しく頷いた。
「それから、あのドレスはどうなったのかしら?」
「それが、フィリダが染み抜きをしてくれたんですけど、やっぱり汚れが落ちなくて……」
生地についた汚れは綺麗に取れたが、銀糸の刺繍糸に染み込んだ汚れは駄目だった。
ちなみに、どんな汚れでも落とすという洗浄の魔道具は本当にあった。一刻という制限時間があるのも本当で、オリヴィアのドレスは制限時間に間に合わなかったのだ。
(せっかく、フェルディナンド様に贈っていただいたのに……)
悔しいし、申し訳ない。
しょんぼりしているオリヴィアに、「大丈夫よ」とエリサが明るく言った。
「生地は綺麗なんでしょう? それなら、刺繍を刺し直せばいいだけじゃない」
「刺繍を?」
(そのアイデアはなかった)
目から鱗が落ちるとはこのことだ。
見えてきた光明にオリヴィアは両手を組んでにっこりした。
「エリサ様、ありがとうございます。元通りになるんですね。本当によかった」
「あら、元通りにはしないわよ」
「え?」
「刺繍の柄は替えるわ」
「ええーーっ! そんな、駄目です! フェルディナンド様からはじめていただいたドレスなのに」
思わず強く反論したオリヴィアに、エリサは苦笑する。
「オリヴィア姫、これも貴族令嬢として生きる為の基本のひとつよ」
「基本?」
「ええ。貴族の女性――特に高位貴族や王族は、公式の場では同じドレスを二度は着ないものなの。これは西の地でも同じだと、商人から聞いたことがあるわ」
「そんな、勿体ない」
「ええ、そうね。だから私達は、刺繍やレースを加えたり、デザインを替えて縫製をしなおしたりするのよ」
豊かな西の地の王族や高位貴族の中には、本当に一回きりでドレスを処分する者もいるらしい。
だが、東の地は違う。
長い戦乱に明け暮れ経済的にも余裕がなかったため、一度着たドレスを何度も手直しして着る文化が発展したのだ。
(なるほど、リメイクね)
エリサの説明に、オリヴィアは感心した。
「物を大切にするリラクシオンの文化は、とても素敵だと思います」
「ありがとう。昨夜のドレスも、手直しして大切に着ていきましょうね。いずれオリヴィア姫に子供が産まれたら、その子のドレスに仕立て直すことだってできるわ」
「子供に……」
「ええ。ああ、でもあの色では幼い女の子には地味ね。男の子のジュストコールにしたほうがいいかもしれないわ」
「……素敵」
深緑色のジュストコールを着た小さな貴公子を想像して、オリヴィアは思わず両手を組んでうっとりする。
想像の中の男の子は銀髪で、フェルディナンドと良く似た凛々しい顔立ちをしていた。
(想像ぐらいしてもいいわよね?)
オリヴィアは、あのドレスを贈ってくれたフェルディナンドの真意をまだ本人からはっきり聞いていない。
それでも、未来をこっそり夢見ることぐらいは許されるはずだ。
と同時に、夢見た未来の障害となる事柄が気に掛かってくる。
「エリサ様、ビアソン様は昨夜の事件のこと、なにかおっしゃっておられませんでしたか?」
「私も気になっていたから聞いてみたのだけれど、まだはっきりしないからと教えてもらえなかったの」
「そうですか」
「オリヴィア姫は当事者ですもの。いずれきちんとした報告があるでしょう」
事態がはっきりするまで安全な結界内から出ないようにとエリサに言われて、オリヴィアは素直に頷いた。
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