07
なんとかしてこの部屋から脱出したいが、出口方向にはロベルトが立ちふさがっていて無理そうだ。
二階だから窓からも逃げられない。
(どうしたらいいの?)
刃や毒ならば怖くない。
殴られたとしても、その痛みと傷は相手に返る。
だが、かつて子供を産んだ忌み子もいたことから考えると、きっと忌み子の呪いは純潔までは守ってくれない。
油断するんじゃなかったと、今さらながらオリヴィアは本気で後悔した。
男の力で一度押さえつけられてしまえば逃げ出すことは叶わない。
ここで純潔を奪われるようなことにでもなれば、もう王族であるフェルディナンドとの未来を夢見ることすらできなくなってしまう。
前世のオリヴィアは、財産を横領していた親戚に裁判で勝利し、これで人生をやり直せると希望に満ちていた時に殺された。
そして今生では、愛する人と共に生きる幸せな未来を奪われるというのか。
(そんなの、絶対に嫌だ!)
「誰かーーーーっ! 助けてーーーーっ‼」
オリヴィアはロベルトから逃げながら、大声で叫んだ。
「叫んでも無駄だ。この離宮には誰もこない」
もう何年も放棄されたまま、警備の巡回コースからも外されているのだとロベルトがあざ笑う。
「大人しく俺のものになれ」
「お断りよ!」
欲望で目をぎらつかせたロベルトに壁際まで追い詰められ、オリヴィアは咄嗟にその場にあった椅子を両手で摑んだ。
「そんな椅子を盾にしようってのか」
「盾になんてしないわ」
前世では、向けられた刃に対する恐怖で身体が竦んで、ほとんど抵抗する間もなく殺されてしまった。
そのことを、ずっと後悔していた。
殺されるのだとしても、せめて引っ掻くなり殴るなりして、少しでも仕返しすればよかったと……。
(もう後悔なんてしない)
黙ってやられてなんかやるものか!
「私はここでフェルディナンド様と生きるの!!」
伊達に箱庭で果樹栽培や除雪をしてきたわけじゃない。
オリヴィアは椅子を軽々と振り上げると、薄笑いを浮かべながら歩み寄ってきたロベルトに向けて力一杯振りおろした。
それとほぼ同時に、部屋のドアが蹴破られる。
「オリヴィア! 無事か⁉」
フェルディナンドを先頭に、デニーや騎士達が一斉に部屋に駆け込んできた。
それを見たオリヴィアが真っ先に感じたのは、安堵ではなく、なんとも言えない気まずさだった。
(助けが来てるって気づいてたら、こんなことしなかったのに)
犯人を刺激してオリヴィアに被害が及ばないよう、気配をしのばせて室内の様子を伺っていたのかもしれないが、あまりにも救出のタイミングが悪すぎる。
オリヴィアの前には殴り倒されて気を失ったロベルトと、散らばった椅子の破片。
両手には、椅子の残りの部分が握られている。
なにが起きたかは一目瞭然。
いくらなんでも、これは気まずい。
凶暴すぎて、少なくとも一国の姫がやることじゃない。
「あ、あの……これは違うんです」
持っていた椅子の残りをぺいっと慌てて脇に投げ捨てて振り返ると同時に、オリヴィアは駆け寄ってきたフェルディナンドの腕の中にいた。
(あああああ、イケメンのハグ!)
あまりの衝撃に、焦りも気まずさもどこかに飛んでいく。
「無事で良かった」
だがフェルディナンドの声と、ぎゅううっと力強く抱き締める腕の力に、その興奮もすうっと静まっていく。
もう危険は去ったのだと、自分は安心できる場所にいるのだと実感して、ずっと緊張していた身体から自然に力が抜けていく。
「……私なら大丈夫です」
「嘘を言うな。大丈夫なわけがない。ここに来るまでにメイドの死体も見つけた。怖かっただろう? あなたをひとりにした私のせいだ」
「いいえ。油断していた私が悪いのです。……助けにきてくださってありがとうございます。……とても嬉しい」
この国にくるまで、こんな風にオリヴィアを本気で心配してくれる人はいなかった。
守られている安心感に心から安堵したオリヴィアは、そっとフェルディナンドの背中に腕を回した。
「オリヴィア……私は、あなたを……」
「フェルディナンド様?」
「姫君は、剣術の心得がおありで?」
何事かを言おうとしていたフェルディナンドを遮って、護衛騎士のデニーがふたりの前にひょこっと顔を出す。
「……おまえ……どこまで邪魔をすれば気が済むんだ」
「陛下が私に素晴らしい女性を紹介してくれるまで、ですかね?」
「お前のような多情な男に、女性を紹介できるものか!」
「……ふふ」
いつもの主従のやり取りに気が抜けて、オリヴィアは思わず笑ってしまった。
「おや、笑いましたね? 姫君、ご気分は?」
「大丈夫よ。――デニー様、私でも剣が使えるようになるかしら?」
「意外に腕力もおありのようですし、ダンスの上達具合からみて身体能力も高い。訓練次第ですが、かなり期待できるかと」
「まあ。それなら今度教えてくださらない?」
備えあれば憂い無し。
次の機会なんてもう訪れて欲しくないが、万が一の為に力をつけておくのも悪くない。
が、「駄目だ」とフェルディナンドが止める。
「やはり、はしたないですか?」
「あ、いや……そうではなく。デニーは駄目です。教わる相手は、私かモース子爵にしてください」
「わかりました。それでは、お暇な時にでも、よろしくお願いします」
「ああ。――さて、そろそろなにがあったか話してもらおうか」
気を取り直したフェルディナンドに促されるまま、オリヴィアはこれまでのことを話した。
倒れている男とは別に、別室で獲物を待っている男達もいることも告げると、慌ただしく騎士達が動き出す。
「それにしても、よくここに私がいることがわかりましたね」
「ああ、それはこれだ」
フェルディナンドが指差したのは、オリヴィアのネックレスだった。
「不快かもしれないが、万が一のことを考えて、それに居場所を知らせる魔道具を仕込んでおいた」
「不快だなんてとんでもない。私のことを心配してくださったのでしょう? 嬉しいです。本当にありがとうございます」
ちょっと気まずいタイミングの救出劇ではあったが、助かったのは事実だ。
両手を組んだオリヴィアは、大きな目でフェルディナンドを見上げて改めてお礼を言った。
フェルディナンドはそんなオリヴィアを見て一瞬ひるみ、数回まばたきをした後で、ふっと心から安堵したように微笑んだ。
「……あなたが無事で本当によかった」
そして一歩前に出ると、オリヴィアをもう一度優しく抱き締めたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字報告もありがとうございます。助かります。
5章はここまでです。
6章からは忌み子の謎が徐々に明かされていきます。
来週頭から更新していければ予定ですので、よろしくお願いします。




