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黒忌み姫のお輿入れ  作者: 黒田ちか(クロッチカ)
第5章 むしろ巻きこんで欲しいのです

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06

 王制の国に生きる者として、支配者階級の命が重んじられることは理解している。

 だが、平民だからというだけで軽んじられていいとは思えない。


(フェルディナンド様の民の命がまたひとつ、私のせいで奪われてしまった)


 毒殺されてしまった子供達も加えれば、これで四人目だ。

 オリヴィアは、悔しさにぎゅっと拳を握り締めた。


「会場に戻ります」


 礼を言う気にもなれず、そのままきびすを返した。

 ドレスは汚れたままだが仕方ない。会場についたら、ストールでも借りて隠すか、人目につかない場所で静かに過ごすことにしよう。


 そんなことを考えながら歩いていると、いきなり背後から口にぎゅっと布を巻き付けられた。


「んぅ?」


(なに? どういうこと?) 


 振り返った先にはさっきの男。

 オリヴィアは逃げる間もなく頭から大きな袋を被せられてしまう。

 すっぽりと全身を覆う大きな袋に詰め込まれ、その上からぐるぐるとロープで縛り上げられて、そのまま担ぎ上げられた。


「んーーーーーーっ!」


(ちょっと! 降ろしなさいよ!)


 じたばた暴れたが、無駄な抵抗だった。

 担がれたまま、いずこかへと運ばれていく。


(ああ、もう! これは予想外だったわ)


 毒も刃も効かないからと油断して、相手に対する警戒心を抱かずに背中を向けてしまった。

 誰かに気づいて欲しくて唸り声を上げてみたが、どうやら人気の無いところを進んでいるようで見とがめてくれる者はいないようだ。

 こうなってはもうオリヴィアに出来ることはない。


(外に連れ出されたら、さすがにまずい)


 担ぎ上げられたまま黙々と運ばれた。

 人目を避けるためか、途中何度も方向転換をしながら男は歩き続ける。体感で十分以上が過ぎた頃、やっと足が止まった。


 たぶん鍵を強引に外したのだろう。金属同士が激しくぶつかりあう音がした後に、ギギィと錆びた蝶番の音がして扉が開くのがわかった。

 屋内に入った男は靴音高く通路を進み階段を上がる。そしてドアを開いて室内に入り、意外なほどの優しさでオリヴィアをそっと床に降ろした。


 袋から出されたオリヴィアは乱れたドレスの裾を直しながら立ち上がって、急いで口の戒めを解いた。

 男はその前に片膝をつく。


「ご無礼をお許しください。私はロベルト・フレイと申します。姫君をお助けするためにも、どうしても私の話を聞いていただきたかったのです」

「拘束して無理矢理このような人気の無い場所に連れ去るのが、私を助ける為だったと言うの?」


(人を簀巻きにしておいてよく言う)


 オリヴィアは怒りに拳を握りしめた。

 どうやらここは使われていない離宮のひとつらしく、空気はほこりっぽいし灯りもついていない。

 幸いなことに、袋詰めにされている間に目が闇に慣れて、大きな窓から差し込む月明かりで充分に相対する男の姿を見ることができた。


 ロベルトと名乗る男はどちらかといえば華奢な風体で、城のウエイターの制服を着ていた。

 月明かりに映える金髪も相まって顔立ちは自体は悪くない。

 だがオリヴィアは、こちらを見上げるその表情に微かな違和感を覚えた。

 その違和感の正体を探るべく男の顔をまじまじと見つめてしまったせいで、話を聞く気があると誤解されてしまったらしい。

 ロベルトは堰を切ったように語り出した。


『報酬ははずむから、我が主に逆らう生意気な小娘に、少々痛い目を見せてやってくれ』


 王宮内で働く男達にそんな誘いをかけた者がいたのだそうだ。

 声をかけられた男達は、以前から王宮の備品や調度品をこっそり裏で流しては小遣い稼ぎをしていたグループだった。


「あのような性根が腐った男共に、気高き姫君を渡すわけにはいきません」


 話を聞いた限りでは、どうやらここにいるロベルトも、その性根が腐った男達の仲間だったらしい。

 今回の一件を持ちかけた男の差し入れた酒を飲みながら、獲物がメイドに案内されてくるのを待っている間に、その獲物がリラクシオン国に滞在している異国の姫君だと気づき、痛い目をみせるより恩を売った方が得だとでも考えて仲間を裏切ったのだろう。


「どうか私めに恩賞を賜りたく」


(この男、頭がおかしいんじゃないかしら?)


 自分が王宮の備品を横流しするグループの一員だと白状しておきながら、こうして堂々と報酬を求めるとは……。


「なにを求めるというのです?」


 あきれたオリヴィアが聞くと、ロベルトは顔を輝かせて言った。


「姫君の夫の座を……。今はこのような身形をしておりますが、これでも元は高貴な生まれ。私はリラクシオンに滅ぼされた、アンブルト帝国の高位貴族だったのです」


 王族は全て失われ、もはや帝国の復興は絶望的だ。それでも、せめてなんらかの形で復讐しようとリラクシオンの王宮に潜り込んでいたのだとロベルトは言う。

 だが、オリヴィアと出会ったことで、その目的が変わった。


「あなたを娶れば、私はまた貴族に戻れる。平民共に混じってあくせく働く必要もなくなる。私はもう一度、あの華やかな生活を取り戻せるのです!」


 しゃべっているうちに興奮してきたのだろう。

 我を忘れたように妄言を垂れ流すロベルトは、うっとりと夢見るような目でオリヴィアを見上げる。

 その笑う口元から、よだれがひとすじ、つーっと零れ落ちた。


 そんなロベルトの姿に、オリヴィアはゾッとした。


(ただ酒を飲んで酔っ払ってるわけじゃない。さっきの違和感の正体はこれだったのね)


 こちらを見上げているロベルトの眼球は、よく見ると不自然に揺れていた。

 悪事を唆してきた男が差し入れた酒を仲間達と飲んだと言っていたが、その酒の中に男達が怖じ気づいてしまわないよう、気が大きくなるような薬物を仕込んでいたのかもしれない。

 迂闊に刺激して激昂させないようにしなければと思ってはいたのだが。


「このまま姫君がこの国にいれば、いずれはあの呪われた国王と娶せられかねない。それはあなたも望むところではないでしょう? 私と共に逃げたほうが得策ですよ」

「呪われた、ですって?」


 そんなロベルトの言葉に、かっと頭に血が上った。


「フェルディナンド様のことを言っているの?」

「おや、ご存じなかったのですか? 国内ではそうでもないようですがね、他国では有名な話なんですよ。婚約者が相次いで不幸に見舞われる呪われた国王だと。読み物や歌にもなっているようですよ」

「フェルディナンド様は呪われてなんていないわ‼」


 フェルディナンドの婚約者達の不幸が、面白可笑しく語られているなんて酷い。

 その不幸は、すべてクラレンス侯爵が仕組んだことだというのに……。


「あなたこそ知らないようね? 私もフィローンでは『黒忌み姫』と呼ばれて、王家の呪いを背負った忌み子だと言われているのよ。フィローンで私を娶れば、あなたも箱庭と呼ばれる狭い場所に一生幽閉されることになるわ。使用人なんてひとりもいない、掃除も洗濯も料理も、全て自分の手でやるしかない厳しい生活を送るのよ」

「嘘だっ‼」

「嘘じゃないわ。私がフィローンに戻ったところで歓迎なんてされないの。厄介者が戻ってきたと煙たがられるだけよ」

「そんなはずない! 俺は貴族に戻る! もうこんなみじめな暮らしは真っ平なんだよ!」


 ロベルトはすっくと立ち上がるとこちらに向かって手を伸ばしてきた。

 そのぎらぎらした目が気持ち悪くて、オリヴィアは咄嗟に身をかわして逃げる。


「逃げても無駄だ。あなたにはここで私の妻になってもらう」

「絶対にお断りよ!」


 オリヴィアは間髪入れずに拒否して、脱出口を求めて部屋中に視線を彷徨わせた。

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