02
「とりあえずこちらの深緑のドレスを着てみましょう? 絶対に似合うと思うの」
困惑しているオリヴィアを急かして、三人の侍女達とエリサが夜会用のドレスを着付けていく。
「本当はね、クラレンス公爵を刺激しないよう、このドレスはもっと後にプレゼントされる予定だったのよ。でもオリヴィア姫が決して怪我をしない身体だとわかったから、私の一存で勝手に予定を早めさせてもらったの」
フェルディナンドの婚約者達は、クラレンス公爵の手の者によってずっと排除されてきた。
だが、不死の身体を持つオリヴィアならばきっと大丈夫だろうとエリサは考えたのだ。
「このドレスのせいで、クラレンス侯爵からこれまで以上に目をつけられてしまうかもしれないけれど……」
「いいえ。私なら大丈夫。絶対に怪我はしませんから」
「あなたなら、きっとそう言ってくれるだろうと思っていたわ。
――私ね、オリヴィア姫に自分の色を纏ってもらいたいとおっしゃった陛下の望みを叶えて差し上げたかったの。ずっと己を律して、国のためだけに生きてこられた陛下の、はじめての我が儘だったから……」
(……そんなこと言われても……。私は平民になるつもりだったのに……)
静かに語りかけてくるエリサに、オリヴィアはどうしても言葉を返せない。
「さあ、これでいいわ。想像以上ね。――鏡を見てご覧なさい」
黙っているうちにドレスの着付けは終わり、背中を押されたオリヴィアは鏡の中の自分と向き合った。
「……素敵」
前世の自分が幼い頃に夢見たような、ふんわりスカートが広がった優しい色合いのドレスではないけれど、でもこれこそが本物のお姫さまのドレスだ。
だってこれは、本物の王様が自ら望んで作らせたドレスなのだから……。
これを着て人前に立てば、オリヴィアの前にはもう二度と平民になる道は拓けない。
そしてフィローンの二の姫として輿入れする以上、これから先もフィローンとの縁を切ることはできなくなる。
「それから、これも陛下から預かってきたの」
エリサはジュエリーのケースを取りだし蓋を開けてオリヴィアに見せた。
中に入っているのは、ホワイトピンクの真珠をあしらった清楚で品の良いパリュール。ティアラとネックレスとブレスレット、そしてイヤリングのセットだ。
「翡翠のパリュールも用意されていたけれど、この深緑のドレスに合わせると、さすがにくどくなりすぎるから次の機会にね」
アクセサリーはカロリーナが一点ずつつけてくれた。
「とても良くお似合いです」
「本当に……。黒髪には真珠が良く映えるわ」
「姫様、凄くお綺麗ですよ」
口々に誉められ、再び鏡を見たオリヴィアの口から溜め息が零れた。
フェルディナンドに送られたドレスやアクセサリーを身につけた自分が本当に美しかったからだ。
(……ああ、嬉しい)
心は迷っているのに、身体は正直だ。
誇らしさと喜びに胸が高鳴り、頬には赤みが差し、自然と口元がほころぶ。
そう。オリヴィアははじめて出会った日から、ずっとフェルディナンドのことを意識し続けてきた。
リラクシオンに到着したあの日、オリヴィアとほぼ同時に、困ったことになったと深いため息をついたフェルディナンドに共感と親しみを覚えたあの時からずっと……。
でも自分はいずれ平民になるのだから、縁のない人だと思おうとしていたのだ。
それでもフェルディナンドの姿を見かける度に、声を掛けられる度に、心は浮き立った。
いずれ簡単に会うことの叶わない、手の届かない人になるのならせめて今だけはと、差し出される手に迷わず手を乗せてきた。
(フェルディナンド様も私を望んでくださっている)
互いに同じ気持ちなのだとわかって嬉しくないわけがない。
ずっと無理に封じていた恋心が、外に出たいと心の中で叫んでいる。
(でも、本当にいいの?)
フィローンの姫として輿入れしてしまったら、オリヴィアはもうフィローンから一生逃れられなくなる。
そして、フィローンの強欲な王族は、豊かなリラクシオンに寄生虫の如く張り付いて富を吸い取ろうとするに違いない。
国同士の交流が深まれば、やがて自分が忌み子であることが国民にも広く知られてしまうかもしれない。
――我らの王は呪われた姫を娶って、国に災いを呼び寄せた。
リラクシオンの民からそんな風に言われる日が来たら、自分の存在がフェルディナンドの汚点になってしまう。
それを思うと、オリヴィアはどうしたらいいのかわからなくなってしまう。
答えが出ないまま夜会の時間が迫り、オリヴィアはフェルディナンドの待つ控え室に向かった。
そして、そこで出迎えてくれたフェルディナンドを見た瞬間、オリヴィアの心は定まった。
(――これでいいんだわ)
黒地に金糸と小粒のダイヤで刺繍を施されたジュストコールとキュロット、黄土色のジレには銀糸で刺繍が施され、タイは真珠のような光沢を放つ白。
そして、タイを留めるブローチの中央に輝くのは、大きなブラックダイヤモンド。オリヴィアの髪と瞳の色だ。
(フェルディナンド様は、クラレンス侯爵と戦う決意をなさったのね)
――お前の娘を娶るつもりはない。
クラレンス公爵に対するそんなフェルディナンドの意思表示を、はっきりと感じさせる装いだった。
一方のフェルディナンドは、オリヴィアの装いを見て目を見開いていた。
どうやら、エリサから話を聞いていなかったようだ。
「オリヴィア姫、そのドレスは……」
「似合いませんか?」
「いいや。この上もなく美しい」
「ありがとうございます。フェルディナンド様も素敵です。――クラレンス公爵と戦う決意をなさったのですね?」
オリヴィアの視線が、胸のブローチに注がれているのに気づいたのだろう。フェルディナンドはブローチに触れながら頷いた。
「その通りだ。……オリヴィア姫を巻きこむことになって申し訳ないとは思うが……」
「気にしないでください」
オリヴィアはフェルディナンドの言葉を遮った。
「はじめてお会いした日に言ったでしょう? お世話になるだけでは心苦しいので、なにかお手伝いすることはないかと」
「手伝ってくれると?」
「もちろん。喜んで」
オリヴィアは、自らフェルディナンドに向けて手を差し出して微笑んだ。
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