01
夜会当日は身支度で一日潰れるとエリサが言っていたが本当だった。
朝食の後、さっそく熱い湯に入れられ毛穴が開いたところで全身を洗いまくられた。その後、じっくりマッサージして肌に香油を塗り込み、爪も磨き上げられる。それから昼食を食べて、夜に備えてしばしお昼寝だ。
そして、もう一度湯を使って、ガウンを羽織った状態でまず髪を結ってもらう。
「フィリダ、よく見て覚えるのよ」
「はい、カロリーナさん! いつか私も姫様の髪を結えるようになりたいです!」
今日のフィリダはカロリーナの助手役に徹している。
(平民になったら、こんなに本格的なヘアスタイルにする必要はなくなるんだけど……)
とはいえ、手に職は大事だ。
平民になった暁には、髪結いの技術をフィリダから教わろうとオリヴィアはこっそり心に誓う。
細かい編み込みでサイドの髪をまとめた後は、化粧に取りかかる。
「オリヴィア姫はお肌が綺麗ですから、白粉はうっすらとはたくぐらいで充分ですね」
「そうしていただけると……。私、本格的なお化粧ははじめてなのでお手柔らかにお願いしますね」
前世で普通に化粧はしていたが、今世では先日のお茶会でも紅を塗る程度のことしかしていない。
「まあ、お化粧もさせてもらえなかったなんて……」
「フィローンでは常に黒いベールで顔を隠していたので、必要なかったんです」
「では、フィローンの方々は、自分達の姫君がどんなにお美しいか知らないのですね。もったいないこと」
「知らなくていいんです。姫様はもうリラクシオンのものなんですから」
ふふんと、なぜかフィリダが得意気に胸を張る。
「黒い睫毛はそのままでも目がはっきりして見えるからお得ですね」
カロリーナは慣れた手つきでオリヴィアの顔に化粧を施していく。
前世のように便利な化粧道具はないけれど、女性の美にかける情熱はどこも同じだ。ここでもアイラインやアイシャドウに相当する化粧品がちゃんとあって、時間はかかるが仕上がりはオリヴィアの目から見ても前世と遜色のないレベルになっていた。
「初々しい感じに仕上げてみました。いかがですか?」
「姫様、とっても素敵です!」
カロリーナに言われて、鏡を覗き込む。
目尻にぼかすように入れられた赤のアイシャドウ。頬は健康的に見える程度に赤みを入れ、口紅は鮮やかなローズピンクだ。
「ほんのちょっと色を入れただけで、こんなに変わるなんて……」
自分の顔がいつもよりずっと明るく華やかに見える。
オリヴィアは満足して、カロリーナにお礼を言った。
「カロリーナ、ありがとう。――ところで、ドレスは間に合いそう?」
なにか手違いがあったらしく、まだ夜会用のドレスが部屋に届いていないのだ。
「夜会までには間に合うはずなのですが……。出来次第届けるとエリス様はおっしゃっておられました」
「エリス様も夜会の準備がおありでしょうに……」
不安になって外の通路に通じるドアを見つめていると、ちょうどノックの音が響いた。
「いらっしゃったみたいです」
フィリダが弾むように走って行ってドアを開けると、そこにはエリスとその侍女がいた。
二人とも抱える程に大きな箱を持っている。
「途中まで護衛騎士に運ばせてきたけど、ここの結界に弾かれてしまって……。こんなことなら台車を使えばよかったわ」
「お手伝いします」
フィリダとカロリーナも手伝って、無事に箱はオリヴィアの元に運ばれてきた。
「さあ、じゃあお披露目よ」
浮き浮きした様子のエリサが、次々に箱の蓋を開けていく。
入っていたのはパールピンクと深緑、二着のドレスだった。
「ドレスが二着?」
「ええ。オリヴィア姫にどちらを着るか、選んでいただこうと思って」
エリサの言葉に、オリヴィアは困惑して立ちすくんだ。
(……そんな……選べない)
エリサが深緑のドレスを、エリサの侍女はパールピンクのドレスを手にとって広げて見せる。
パールピンクのドレスはレースとフリルをふんだんに使った、ふんわりと優しげなドレスだ。
(注文したのはこちらだった)
ふわっと膨らんだ袖とスカートのラインが、まさにお姫さまのドレスだと嬉しくなったのを覚えている。
深緑色のドレスは、胸元と袖口には若草色のレースがあしらわれ銀糸でスターフラワーの刺繍も施されていて、落ち着いた色合いに初々しさを加えている。ウエストにもスターフラワーを摸した精緻な銀細工のベルトが巻かれ、とても上品なドレスだ。
「スターフラワーは、陛下が王太子時代に使われていた紋章の花なのよ。リラクシオンでは、平和と友愛の花だと言われているわ」
「そうなんですか……」
フェルディナンドの瞳を思わせる深緑色のドレス。
そして、フェルディナンドの髪を思わせる銀糸で施された刺繍の花は、彼のかつての紋章だという。
(こちらを選んだら、きっと誤解されてしまう)
このドレスを着てフェルディナンドとファーストダンスを踊ったりしたら、皆は間違いなくオリヴィアがフェルディナンドの正式な婚約者になったと思ってしまうだろう。
夜会では、恋人や配偶者の髪や目の色を思わせる色を互いに身につけることがあることぐらい、幽閉されて育った世間知らずのオリヴィアだって知っているのだ。
だから、選ぶとしたらパールピンクのドレスだ。
それが分かっているのに、どうしても視線は深緑のドレスに向いてしまう。
(これを着て、フェルディナンド様と踊りたい)
練習相手になってもらった時のように手を取り合って踊れたら、どんなに幸せだろう。
「決まったようね」
オリヴィアの視線が深緑色のドレスから離れないことに気づいたエリサが微笑む。
だが、オリヴィアは首を横に振った。
「駄目です。これを着てしまったら、皆に誤解されてしまうわ」
「あら、誤解ではないでしょう?」
「え?」
「だってオリヴィア姫は、リラクシオンにお輿入れするためにいらしたのですもの」
「ですが、それはなにかの行き違いがあったせいなのです。今はまだその調査中で……。このドレスを来たら、フェルディナンド様にご迷惑をかけてしまうわ」
「陛下は、むしろ喜ばれるわよ」
エリサはふふっと笑った。
「このドレス、陛下が注文なさったのよ」
「フェルディナンド様が?」
「そうよ。オリヴィア姫に自分の色を纏って欲しいから見つくろってくれと、私が依頼されていたの。――聞いてない?」
「はい。……まったく」
困惑するオリヴィアに、フィリダが「やっぱり気づかれていなかったのですね」と困った顔で言った。
「気づくって、なにを?」
「陛下のお気持ちにです。その……私のような身分の者が言うと不敬に当たるのかもしれませんが………普段の陛下は、女性に対してとても冷淡なお方なのです」
「まあ、そうなの?」
「自分からすすんで女性に話し掛けるようなことはなさらない方だと聞いています」
「あら。でも、いつも普通にお話してくださってるわ。お優しい方よ」
「姫様にだけ……なのではないでしょうか?」
フィリダは救いを求めるように、エリサを見た。
「そうね。婚約者を失って以来、人前では女性に対して常にそっけない対応をとっていらしたわ。でも、オリヴィア姫に対してだけは、どうしてもそういう風にはできなかったみたいね。――どういう意味かはわかるでしょう?」
からかうようにエリサが言う。
(わかるような気がするけど……でも、わかりたくない)
オリヴィアはすっかり困ってしまった。
読んでいただきありがとうございます。
ずいぶんと長いお休みをいただいてしまいました。
お待たせして申し訳ありませんでした。心配してくださった方、本当にありがとうございます。
ゆっくりペースですがまた更新を再開させます。
よろしくお願いします。




