04
「いちにっさん、いちにっさん、はいそこでターン! 優雅に微笑んで」
エリサの指示に従って、部屋の中でくるくる踊る。
男性パートを担当してくれているのは、エリサの侍女だ。
「いいでしょう。二日でこれならなんとかなりそうね」
「姫様、さすがです! 私は全然踊れなかったのに……」
「フィリダだって地道に頑張れば、いずれ踊れるようになるわ」
祭りなどでも踊ったことがないというフィリダは、致命的にリズムがとれなくて、早々に見学に回されてしまった。
(この騒動が終わったら踊りを教えよう)
前世で踊った簡単なフォークダンスを教えるのもいいかもしれない。部屋に閉じこもっていても、ふたりで踊れたらきっと楽しい。
リラクシオンに来て以来、オリヴィアはずっと部屋に閉じこもってばかりで身体を動かさずにいた。フィローンでは毎日庭の手入れや掃除などで動き回ってばかりいたからか、ダンスの練習で身体を動かすことは、むしろストレス解消になったようだ。
「では明日は、実際に曲に合わせて踊ってみましょうね」
「曲に……。どうやって? 音を出す魔道具があるのですか?」
もしくはオルゴールのようなものがあるのだろうか?
今世ではその手の道具を見たことのないオリヴィアが興味津々で聞くと、エリサは「残念ながらそういう魔道具はないわ」と首を横に振る。
「だから、音楽家を呼びましょうね」
この部屋では狭いので、外のホールを使うとエリサは言った。
翌日、オリヴィアは護衛を伴って、指定されたホールに向かった。
今日の護衛は、いつものモース子爵とその部下のセイランだ。ふたりはやや緊張した面持ちでオリヴィアの前後を歩いてくれている。
「先日のこともある。迂闊に人に近づくような真似をしてはなりませんぞ」
「はい。充分に気をつけます」
今日はフィリダとカロリーナも茶道具を持って付き添ってくれている。オリヴィア自身はなにがあっても大丈夫だが、ふたりを巻き込まないためにも自重しようと思う。
「いらっしゃい。待ってたのよ」
ホールに到着すると、先に来ていたエリサが出迎えてくれた。
いつもの侍女と共に警備の兵もホールのあちこちにいる。
(完全に警戒してる)
きっとマティルダに毒蛇をけしかけられた一件があったせいだろう。
絶対に怪我をしないオリヴィアとしては、なんだか申し訳ない気分だ。
「音楽家は三人呼んであるわ。本番はもっと人数が多いけれど、練習だからこれで充分でしょう」
「はい。ありがとうございます」
時間もないことだし、さっそくいつものようにエリサの侍女相手に練習を開始することになった。
「儂がお相手してもいいぞ」
「なりません」
モース子爵が手をあげてくれたが、あっさりカロリーナに却下されていた。
「モース子爵は力任せにオリヴィア姫を振り回し兼ねませんからね。それに、陛下に叱られますよ」
「おお、そうだったな」
「フェルディナンド様がどうして叱るのですか?」
ふたりの会話の意味がわからずオリヴィアが聞くと、なんでもないとふたりとも苦笑する。
「さあ、時間が勿体ないわ。はじめましょう。――じゃあ、演奏をよろしくね」
音楽家が手にしている楽器は、竪琴と笛と木琴だ。曲調はゆったりとしたワルツ風。
練習時よりテンポが緩やかで踊りやすい。
小規模なパーティーに使うというホールはシンプルな大理石の床と柱に、壁には螺鈿が散りばめた精緻な彫刻が施され、天井からはきらびやかなシャンデリアが複数下がっていた。
(華やかだけど、フィローンより上品ね)
無駄に飾り立てていないところに、歴史ある大国の余裕のようなものを感じる。
オリヴィアがゆったりとした音楽に乗って楽しく踊っていると、不意に音楽が止まった。
「邪魔してしまったか?」
「陛下、こんなところでどうなさいました?」
「オリヴィア姫がこちらでダンスの練習をしているはずだとビアソンに聞いて、様子を見にきたのだが……」
フェルディナンドはそこで言葉を止め、侍女と手を取り合ったまま立ちすくんでいるオリヴィアを見た。
「練習相手に不自由しているのならば、お相手するが?」
「まあ、よろしいのですか?」
(やった! イケメンとダンス!)
凄く嬉しい。
表面上は穏やかに微笑んでは居るが、内面でオリヴィアは諸手を挙げてはしゃいでいた。
(予行演習ができてよかった)
こんな調子で舞い上がって本番を迎えたら、どんなヘマをやらかすかわかったものじゃない。ありがたい申し出だった。
「姫君、お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
心の中で安堵しながら、フェルディナンドに差し出された手を取る。
二人でホールの中央に進むと同時に、待ちかまえていたように音楽が始まった。
「よろしくお願いいたします」
カーテシーで挨拶すると、「こちらこそ」とフェルディナンドも胸に手を当てて一礼する。
そして再び手を取り合って、音楽に乗って踊り出す。
(わあ、踊りやすい)
リズムに乗ってステップを踏み、くるっとターンする。
手と腰を支えるフェルディナンドの手がしっかりとサポートしてくれるお陰で、身体が凄く軽い。
ターンする度に感じていた足裏の痛みも感じない。
下ろしたままの髪が身体の動きに合わせて、ふわりと自由に跳ねた。
(……ここでは、この黒い髪を誰も気にしない)
フィリダはこの黒髪を毎日ブラッシングしながら、艶やかで綺麗だと誉めてくれる。
長い間、フィローンで忌み子と罵り続けられて萎縮していた心が、フェルディナンドと一緒にステップを踏むごとに自由になっていくようだ。
まるで弾むようにステップを踏みながら、オリヴィアは知らず知らずのうちに微笑んでいた。
「楽しそうだな」
「はい! フェルディナンド様のエスコートのお陰です。これならいつまでだって踊っていられそう」
「そうか。私もだ」
フェルディナンドは少し照れくさそうに微笑む。
(イケメンのはにかみ笑顔! 素敵!)
口に出しては言えないけれど、それがとても可愛らしく感じられて、オリヴィアはにっこり微笑む。
フェルディナンドは、そんなオリヴィアの満面の笑みに目を細めた。
「ダンスはあまり好きではなかったのだが、あなたとなら楽しいな」
「まあ、光栄です」
うふふっとご機嫌に笑って、くるっとターン。
フェルディナンドが絶対に支えてくれるとわかっているから、怖がらずに思いっきりターンできる。
「私、もっと色々なダンスを踊ってみたいです」
「エリサに習うといい。彼女はダンスの名手だからね」
「はい! 覚えたら、また踊ってくださいますか?」
「もちろん。よろこんで」
「ありがとうございます」
(ああ、楽しい)
前世も含めた人生の中で、今が一番楽しい。
優しく微笑み返してくれるフェルディナンドを見つめながら、オリヴィアは心から幸せを感じていた。
だが、楽しい時間はいつまでも続かない。
「陛下、そろそろお戻りください」
突然乱入してきたビアソンの声に、ぴたりとふたりの動きが止まった。
「もう少し――」
「駄目です! 明日から忙しくなるんですから、今のうちに少しでも多く書類を処理しておかないと。後で困るのはあなたですよ」
「……わかった。――それではオリヴィア姫、明日の夜会で、また踊れるのを楽しみにしている」
「はい。私も」
名残惜しい気持ちで視線を合わせると、フェルディナンドはオリヴィアの手を取って指先にキスをしてから帰っていった。
「もうお兄様ったら、馬に蹴り飛ばされてしまえばいいんだわ」
ぼそっと小さな声でエリサが呟いた。
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