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黒忌み姫のお輿入れ  作者: 黒田ちか(クロッチカ)
第4章 いつまでだって踊っていられそう

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03

 オリヴィアがリラクシオンに来て十日経った日、エリサと共に宰相補佐のビアソンが部屋に来た。


「テレントから早馬が来ました。()()な使者が四日後に到着するようです」


 ()()というところを妙に誇張しているビアソンに、オリヴィアは首を傾げる。


「こちらの予想では、まず親書を持った使者が来る予定だったのです」


 その親書には、正式な使者がリラクシオンを訪れる日程などが記されている筈だったのだとビアソンが言う。


「つまり、手順を全て飛ばされてしまったのよ。テレント側は、少しでも早くオリヴィア姫とお会いしたいと思っているようね」

「使者はエリアス・マルドネス伯爵。テレントの宰相の息子です」

「フェルディナンド様に私を招きたいと相談した方ね」

「ええ。諸悪の根源です」


 片眼鏡をキランと光らせて、ビアソンが辛辣なことを言う。


「とはいえ、友好国からの来客です。歓迎しないわけにはいかない」

「もうお兄様ったら、エリアス様とはお友達でしょう? お会いできるのは嬉しいくせに。――そう言うわけで、夜会があるのよ」

「夜会……ですか。私も参加しなくてはならないのでしょうか?」


 夜会には意地悪な姉姫に無理矢理参加させられて見世物にされた嫌な記憶しかない。

 だからオリヴィアはなるべく出席したくなかったのだが……。


「当然です」

「もちろんよ。主賓はエリアス様とオリヴィア姫なのですから」


 ビアソン兄妹に強い語気で断言されて、残念ながら逃げ場を失った。


「エリサ、オリヴィア姫の衣装は間に合いそうか?」

「ええ。こんなこともあろうかと、夜会用のドレスを急ぐように言ってあるから、二、三日中には届くと思うわ。夜会でのマナーも、基本が出来ているから大丈夫よ。問題があるとすればひとつだけ。――ねえ、オリヴィア姫」

「なんでしょうか?」

「ダンスは踊ったことがあるかしら?」

「……ありません」

「そうよねぇ。そもそも、練習相手だっていなかったでしょうから……」

「四日でなんとかなるか?」

「お兄様。三日よ。夜会当日は身支度で一日潰れてしまいますからね」

「む、無理です!」


 三日でダンスを覚えるなんて、無理に決まってる。

 オリヴィアはぶるぶると小刻みに首を振りながら、なんとかダンスから逃れようと必死で考えた。


「足を痛めているから踊れないとか……そういうことにしていただけないでしょうか?」

「駄目よ」「駄目です」


 だがビアソン兄妹にきっぱり拒否された。


「主賓として、一曲だけ踊ってちょうだい」

「一曲だけ?」

「そうよ。陛下とファーストダンスを踊って欲しいの」

「フェルディナンド様と……」


 フェルディナンドと踊れるのは嬉しい。

 オリヴィアがろくに踊れなくても、きっとフェルディナンドならば優しくリードしてくれるような気がする。

 素敵な思い出になるはずだ。


(でも、夜会でのファーストダンスは無理)


 人前で下手くそなダンスを披露したくない。


「無理です。ダンスは踊れません!」

「今は無理でも、これから踊れるようになるわ」

「その通り。努力すればなんとかなります」


 ビアソン兄妹が笑顔で迫ってくるが、ふたり共、目はまったく笑っていない。

 その迫力にオリヴィアは勝てなかった。




「一曲だけ覚えればいいの。曲もゆっくりしたものを演奏させるから安心してね」


 初心者であるオリヴィアの為にエリサが選んでくれたのは、単調でゆっくりとしたステップだ。


「基本は同じステップを繰り返すだけよ。さあ、まずは足運びからはじめましょう」


 こういうものは競う相手がいたほうが励みになるからと、やっぱりダンスを踊ったことがないというフィリダも巻きこまれて一緒に学ぶことになった。


「いちにっさん、いちにっさん。そうそう、いいわ。……足元を見ないで顔を上げて。フィリダ、顎は引いて」

「は、はいっ」


(あれ? 本当に簡単なステップ。意外になんとかなりそう)


 前世でフォークダンスみたいなものは踊っていたし、友達とアイドルのダンスを真似て踊ったりもしていた。その経験があったからか、すんなり身体でリズムを刻める。

 ただひとつ問題があるとすれば、靴だ。

 踵の高い靴は不馴れなので、どうしても爪先とふくらはぎが痛くなってしまう。


「エリサ様、足が痛いのですが。フィリダのように踵の低い靴では駄目ですか?」

「駄目です。当日もその高さの靴を履くんです。靴に慣れるためにも我慢なさって」

「……はい」


(きっとこの身体だと、靴擦れもしないんだろうなぁ)


 前世で経験したような靴擦れの痛みがないのは助かるが、それでも間違いなく筋肉痛にはなる。

 今日もお風呂に薬湯を入れてもらおうとオリヴィアは心に誓った。



     ☆ ☆ ☆



「たかが小娘ひとり、なぜ排除できない!」


 クラレンス侯爵は豪奢な執務室で苛々と机を叩いた。

 怒鳴りつけられたのは、クラレンス侯爵家の闇の部分を一手に引き受けている、表向きには一切出てこない裏の執事だ。


「はっ。どうもフィローンの二の姫は毒に詳しいらしく、ことごとく難を逃れておりまして……」


 クラレンス侯爵邸でのお茶会で用意した毒入りの菓子を確かに口にしたのに、翌日になってもオリヴィア姫に異常は見られなかった。

 たぶん、毒が体内で変異する前に全て吐き出してしまったのだろう。


(忌み子と虐げられていても、さすがに王族としての教育を受けていたか)


 どうやらオリヴィア姫は、稀少なミーロスの花毒の効能を完全に理解していたようだ。


 オリヴィア姫を毒殺すべく送り込んだ侍女は、あっさりこちらを裏切った。

 生家であるセラダ男爵家は、侍女の裏切りが判明すると同時に爵位の返上が決まったという。

 もちろん、セラダ男爵には今後の面倒を見るという約束の代償として、こちらの関与を口にしないよう約束させている。

 だが役に立つどころか足を引っ張る配下は必要ない。ほとぼりが冷めた頃に、セラダ男爵家は一族郎党始末されることになるだろう。


「おまえ達がなかなか成果をださんせいで、ラヴィニアが勝手に動いてしまったではないか。ラヴィニアに汚点を残すようなことにはならんだろうな?」

「そこはぬかりなく。ラウリーニ子爵令嬢に罪をすべて被っていただきました。その保障としてラウリーニ子爵家の事業へのてこ入れをすることになっております」

「損をしてはならんぞ?」

「もちろんでございます。最終的に侯爵様の利になるよう動いておりますので」

「ならばよい。次はどうするつもりだ?」

「毒などという迂遠な手段を取らず、影の者が直接オリヴィア姫の命を刈りとりに参ります」

「よし。もう時間がない。次の夜会で正式に婚約を発表されでもしたら厄介なことになる。それまでに確実に処分しろ」

「はっ。おまかせを」


 オリヴィア姫はなかなか外に出てこない。

 その稀少な機会を狙うとしたら、こちらの保身を考える余裕はない。


(貴重な部下をひとり、使い潰すことになるか)


 襲撃の成功率と部下の育成にかかった費用を天秤にかけて、裏の執事は判断を下した。

読んでいただきありがとうございます。

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