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黒忌み姫のお輿入れ  作者: 黒田ちか(クロッチカ)
第4章 いつまでだって踊っていられそう

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24/62

05

「少し休憩しましょうか」


 フェルディナンドが帰った扉をぼうっと見つめていると、エリサに肩を叩かれた。


「はい」

「今日は林檎のパイを焼いてもらったの。茶色で見た目は少し悪いけど、とても美味しいのよ」

「リラクシオンのお菓子は美味しいから楽しみです」

「それならよかった」


 姉姫に無理矢理連れて行かれたパーティーで見かけたフィローンのお菓子は、食べるものではなく飾りだった。

 見た目の美しさだけを重視した、色づけされた砂糖や飴細工できらきら飾り立てられたスイーツは、前世で美味しい甘味を食べなれていたオリヴィアには、きっと甘いばかりであまり美味しいものではなかっただろう。

 それとは対称的に、リラクシオンのお菓子は前世の世界での素朴なスイーツを連想させられてとても好ましい。


「あなた方もそちらのテーブルで休憩してちょうだい」

「ありがとうございます」


 オリヴィアが椅子に座るのとほぼ同時に、エリサが楽師達に声を掛けた。

 楽師達はそれぞれ楽器を置いて、エリサの侍女に隣のテーブルに行くようにと促されている。


「美味そうだな。儂等はご相伴に預かれんのか?」

「モース子爵にはお土産を用意しておりますよ」

「それは嬉しい。ありがとう、エリサ嬢」

「エリサ様は、もう奥さまですよ。いつまでも昔の呼び方をしてはなりません。それと、お仕事中に気を抜くのは御法度です」

「おお。怖い怖い」


 カロリーナに厳しい声を掛けられ、モース子爵が首を竦める。

 おじいちゃんと呼んでもいい年代の男性の可愛らしい仕草に、オリヴィアがくすくす笑った時だ。


 隣のテーブルに移動中だった楽師のひとりが、ふらっとよろめいたように見えた。

 が、次の瞬間、楽師はオリヴィアの背後にいた。


「え?」


 楽師は一瞬で袖口からナイフを取り出すと、見失った楽師の行方を捜して目を彷徨わせたオリヴィアの喉を、背後からナイフで掻き切った。


「きゃーっ‼」

「姫様⁉」

「なんと、くせ者だったか!」


 周囲が騒然とする中、オリヴィアは内心で溜め息をついていた。


(ああ、これはもう誤魔化しが効かない)


 忌み子の体質故に、オリヴィアの身には疵一つついていない。

 だが、オリヴィアを襲った楽師は、なぜか掻き切られた自分の喉を押さえてよろめいている。


「え? ええ? どういうことなの?」

「ああ、姫様……ご無事で……」


 エリサやフィリダは狼狽えていたが、さすがモース子爵は落ち着いたものだった。


「姫君。お怪我は?」

「……ありません」


 楽師の傷口から吹き出した血しぶきを頭から被ってしまって、物凄く気持ち悪いぐらいだ。


「それはよかった。セイラン、治癒を。死なせるな」

「はっ」


 モース子爵の部下は魔道師だったようだ。魔道具らしきブローチをマントから外すと、喉を押さえたまま倒れてしまった楽師に術をかけはじめる。


「おまえ達は残りの楽師を騎士団の詰め所につれていけ」

「はっ」

「お、お待ちください。私達はなにも知りません」

「そいつとは今日はじめて会ったんです!」


 命じられた兵士達に腕を取られた残りの楽師達が、おろおろして言いつのる。


「わかっとる。事情を聞くだけだ。――あまり乱暴に扱わんようにな。特に手は傷つけるな」

「はっ」

「ありがとうございます」


 モース子爵の言葉にほっとしたようで、楽師達は大人しく連行されていった。


「どうだ? 助かりそうか?」

「傷は塞がりますが、どうやら刃に毒が塗ってあったようです。これ以上のことはここでは」

「そうか。ならば、急ぎ医療院に連れて行け。大事な証拠だ。死なせるなよ」

「はっ」


 モース子爵に命じられたセイランは、兵士達に命じて犯人をホールから連れだしていく。


「しばらくこの場にあるものは動かさないように。――さて、オリヴィア姫」

「はい」


 フィリダに汚れた髪をせっせと拭かれていたオリヴィアは、冷静なモース子爵の声に、きたかと身を引き締めた。


「先程の襲撃、儂の目には姫君の首が掻き切られたように見えていた。が、現状はこのとおりだ。その理由に心当たりは?」

「あります」


(隠していてもしかたない)


 オリヴィアは諦めて真実を口にした。


「私がフィローンで忌み子と呼ばれる存在だからでしょう」


 忌み子は、生まれながらに背負わされた罪のために髪と目が黒く染まる。

 そして、寿命以外で死ぬことはできない。


 そうしたことを、オリヴィアは説明した。


「忌み子には、毒も刃も効果がありません」


 ――忌み子の呪い。


 毒や投げナイフのようなものではなく、直接その手で忌み子に危害を加えようとすれば、その攻撃は我が身に跳ね返ってくる。

 見せしめのために虐げられ、苦しんで生き続けなければならない運命の元に生まれてきた忌み子を殺してはいけないのだ。


 だからこそ、オリヴィアは忌み嫌われながらも直接危害を加えられることなく、ただ遠巻きにされるだけで生きながらえてこられた。

 でなければ、人としての尊厳を奪われるような酷い目に遭わされていた可能性だってある。


(コーディリア姉様には、色々と酷い目に遭わされたけど……)


 サイコな姉姫は、忌み子の呪いを恐れてはいなかった。

 むしろ、呪えるものなら呪ってみろと面白がっていたふしがある。


「そのような呪いなど聞いたこともないな」

「西の地特有のものなのでしょう。なんにせよ、オリヴィア姫自身がなにかをしたことで受けた呪いではありません。むしろ、オリヴィア姫は王家の犠牲者よ。こちらが手出ししなければ害はないのですから、恐れることもないわ」

「そうだな。怪我をしないのなら、これ以上に守りやすい護衛対象はいない」

「モース子爵、オリヴィア姫にお怪我はありませんでしたが、先程の一件はあなたの不手際ですよ」

「わかっとる。ぬかったわ」

「そうね。私も楽師の選出にもっと注意を払うべきだったわ」


 カロリーナの厳しい指摘に、モース子爵とエリサはしょんぼりした。


(優しい人達……)


 フィローンにいた頃にはありえない反応に、オリヴィアは心が温かくなるのを感じていた。

 気味が悪いと顔を背けられずに済んで本当に良かった。


(ああでも、そう……これが普通よね)


 オリヴィアだって、小さなオリヴィアから忌み子の知識を譲り渡された時に同じように思った。


 小さなオリヴィアには罪はない。

 むしろフィローン王家の被害者だろうと……。


 それなのに、オリヴィアとして長く生きている間に、どんどん心が委縮していってしまった。

 忌み子だからと気持ち悪がられるのを怖いと思うようになっていた。


「オリヴィア姫、危険な目に遭わせてしまって、本当にごめんなさいね」

「いいえ。私ならこの通り大丈夫ですから――」

「大丈夫じゃありませんっ‼」


 ずっと無言でオリヴィアの髪を拭いていたフィリダが涙声で叫んだ。


「姫様は賊の血を浴びてしまわれたのですよ! 早くお清めしてさしあげなければ」

「おお、そうだな。話は後にして、さっそくお部屋までお送りしよう」


 立てますかな? と、モース子爵に手を差し伸べられた。


 忌み子に係わると呪いを受けることもあるのだと知っても、ためらわずに手を差し伸べてくれるその気持ちが嬉しい。


「ありがとうございます」


 オリヴィアは、モース子爵の手をとって、ゆっくり椅子から立ち上がった。


「エリサ様、ダンスの練習はどうしましょう?」

「それなら、もう必要ないわ。さっきの陛下とのダンスは完璧でしたもの」


 合格よと太鼓判をいただいて、オリヴィアはホッと胸を撫で下ろしたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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